誰もが最適な場所で働ける社会へ。日本の労働市場を変革する信念

労働人口が減少する中、真の「人的資本経営」を実現するには何が必要か。その答えをテクノロジーと人間の融合に求め、採用・人事領域の変革に挑むのが株式会社ZENKIGENです。

社名の由来は、人の持つ能力のすべてを発揮することを意味する禅の言葉「全機現(ぜんきげん)」。サイバーエージェントやソフトバンクといったメガベンチャーで起業家たちと一枚岩になり、世界放浪で多様な価値観に触れてきた代表が語る、AI時代の新しい働き方と、次世代に引き継ぐべき社会の姿とは。

野澤比日樹(のざわ・ひびき)
株式会社ZENKIGEN 代表取締役CEO。新卒でインテリジェンスに入社、翌年にサイバーエージェントに移り、創業期の急成長に貢献。その後、ソフトバンクアカデミア外部1期生を経てソフトバンク社長室へ。孫正義会長の下で電力小売事業「SB Power」を立ち上げる。2017年10月にHR領域のAIテックカンパニー株式会社ZENKIGENを創業、現在に至る。

「なぜ私を採用したのか?」に答えられるか

ある企業の内定者懇親会で、採用担当者が内定者に「自分はなぜ採用されたのか、何を期待されているのか」と質問され、その場で回答できなかった。そんな話を聞いたことがあります。この問題の本質は、従業員が「なぜここで働くのか」という意味を見出すことで、より高いパフォーマンスを発揮するためのチャンスを逃してしまった点にあります。

人材採用は、企業にとってパフォーマンスに直結する重要な判断の機会です。それにもかかわらず、中には提出された書類に基づいて短時間で実施される形式も見られ、合否の判断基準が不透明になりやすいのが実態です。結果的に、企業側と応募者側の双方にとって不利益につながってしまうケースもあります。

少子高齢化に伴う労働人口の減少、終身雇用制度の形骸化、ジョブ型雇用の増加。日本の労働市場は、大きな転換点を迎えています。こうした中、「人的資本経営」といわれるように、企業には、「人」を資本として捉え直すことが求められるようになりました。

2022年には「人的資本経営推進協会」が設立され、私自身、協会理事として活動する中で、環境の劇的な変化に対応し切れていない企業が多いと感じます。企業の戦略が、具体的な人事の業務にまで浸透していないケースもあるということかもしれません。

そうした課題をテクノロジーで解決するため、私たちは創業以来、採用領域を中心とした「harutaka(ハルタカ)」という採用DXサービスを展開しています。最適なマッチングのためには、膨大なデータ量とそれを分析する多角的な視点が必要です。これはAIが得意とする分野です。自社の企業文化との相性や業務スキルとの合致度などをAIに示してもらうことで、よりよい採用判断につながるはずです。

誰もが最適な場所で働ける社会をつくる

人材コンサルティングを手掛ける米国のギャラップ社が実施した従業員のエンゲージメント調査によると、日本の「熱意あふれる従業員」の割合は5%前後です。ほとんどの労働者が前向きに働くことができていないという現実は、組織において適材適所の人事が十分に行われていないことの証左とも言えるかもしれません。

働く本人が力を十分に発揮し、企業活動に貢献できていると実感できなければ、企業活動を向上させることは困難でしょう。働く人の充実度と幸福度を高める環境を準備することは、日本社会における喫緊の課題です。

当社の社名であるZENKIGENは、禅の用語である「全機現(ぜんきげん)」に由来しています。この言葉は、人の持つ能力のすべてを発揮することを意味しています。

私たちの最終目標は、「全機現社会」の実現です。誰もが最適な場所で働ける状態を作ることができれば、人が持つ力が最大限に発揮され、組織の生産性が大きく向上します。その結果、賃金が上がり、経済が循環し、未来に対して希望が持てるようになる。これが、本来あるべき社会の姿だと考えています。

人材は単なる労働力ではありません。組織の真の資本として従業員のパフォーマンスをいかに向上させられるかは、人事の腕の見せ所です。そこをサポートできるサービスを提供することにこそ、当社の価値はあります。

従業員自身が、その仕事をする客観的な理由を理解した上で、納得感を持って仕事に向き合えるためにどうすればいいか。人事の仕事は、オペレーション対応に費やす時間が長いと言われます。しかし本来、人事には人に向き合う業務に時間を投下することが求められているはずです。日頃から対話を通じて社員一人ひとりを深く理解しておけば、前向きな気持ちを引き出せる関係性を築けるのではないでしょうか。

AIと人間のコンビネーションが人事領域を改善する

AIの進化のスピードは止まりません。AI同士が会話をして自律的にタスクを進める「Agentic AI」の時代が本格的に到来すれば、労働市場にも大きな変革がもたらされます。かつてガラケーがスマホに置き換えられ、人の生活が大きく変わりました。企業もどのようにAIと共存して経営を進めていくかを考えなければ、テクノロジーに淘汰されてしまいます。

私たちは、コンピテンシー(成果創出の質が高い人材に共通してみられる具体的な思考方法や行動特性)のデータもAIに学習させています。そうすることで、企業が求める要件と応募者の特性を多面的に照らし合わせ、主観に頼りすぎない公平で精度の高いマッチングを支援します。

当社に限らず、採用面接のAIサービスが世の中に多く見られるようになり、それを導入する企業も着実に増えつつあります。しかし残念ながら、その中にはAIに採用の合否を決めさせるようなサービスも見られます。安易なAI利用に警鐘を鳴らすことは、最先端テクノロジーを扱う当社の重要な使命だと考えます。

また、AIがマッチング案を導き出しても、従業員が納得して受け入れられないといった問題も起きます。人間は、現状のコンフォートゾーンに留まろうとします。AIのアドバイスだけでは挑戦する意欲を引き出すことができません。

私は、AIと人間のコンビネーションこそが人事領域を大きく改善すると確信しています。たとえば人事異動は、本人にとって非常に大きな出来事です。人が真摯に向き合うことで初めて「やってみよう」という前向きな勇気が生まれるのです。

今後Agentic AIが実装されれば、広範に及ぶオペレーション業務をAIが代替することが可能になります。そうすれば、人事は本来の業務に注力できるようになる。そのような未来はすぐそこまで来ています。

また、Agentic AIが上手く企業活動に組み込まれるようになれば、働く個人の特性、スキル、志向性などを整備したデジタルデータを活用して個人の最適なキャリアポートフォリオを提案できるようになります。この提案を土台にすることで、人事は中長期的な人材育成計画やキャリアパスの設計を立てやすくなり、会社全体でも適材適所な人事に近づく好循環が生まれます。

Agentic AI時代を見据えて、当社はAIが動きやすいシステム基盤を作ってきました。加えて、これからはAIによる業務効率化だけではなく、倫理的な面もサポートできるサービスが必要とも考えています。当社がアカデミックや企業との共同研究をサービスに実装するサイクルを重視している理由はそこにあります。学術的なエビデンスに基づいた信頼できるプロダクトを世の中に送り出すことも当社の役割です。

「就職人気企業ランキング」で何がわかるのか

AI時代のいま、私たちは働く上で何を意識していけばよいでしょうか。

私がこれから社会に出る学生に向けて最も伝えたいメッセージは、「自分の人生を生きる」ことです。話していると、他人軸で人生を捉えていることに気づいていない人が多いと感じます。誰がどのように決めたのかもわからない就職人気企業ランキングなどを、疑問を抱くこともなく重要視する風潮も変わらずあります。

これからの時代、自分ができることは何かを真剣に考え、人生の目的をみつけるために、まずは今この瞬間「全機現」してほしい。それは自分のためであり、社会のためでもあります。

私自身はこれまで、全機現を体現するような生き方をしてきました。子どもの頃から、抑えつけられることが大嫌いで、型にはまらない性格ゆえに、周囲からの風当たりも時には苦労もしました。

自分が納得しない状態でルールに縛り付けられることに対して反発し続けているうちに、先生がおかしい、学校がおかしい、地域がおかしい、社会がおかしい、世の中がおかしい……というように、問題意識を向ける対象がどんどん広がり、どうにかしなければと思うようになっていました。一時は政治家になって世の中を変えようと思っていたほどです。

そうした想いから、創業期のサイバーエージェントやソフトバンクで、起業家たちと共に仕事をしていました。ビジネスにインパクトを与え、世の中に変革を起こすにはどうすればよいかを本気で考え続ける。企業のために働いていた時代も、起業家として活動する今も、その信念を持ち続けています。

社会全体が「全機現」するまで

社会に出る前に、半年間かけて世界を放浪したことがあります。感性が瑞々しいうちにどうしても世界を見ておきたかったのです。インドやイランなど、あえて日本とは価値観が異なる国々に行き、自分にとって「究極な不自由」に挑戦したいという思いもありました。

しかし海外を実際に訪れてみて心に強く残っているのは、不自由さよりも「人の心の温かさ」です。言葉も通じず文化も価値観も全く異なる国で困っている私を親切に招いてくれた優しさに触れ、「人としてどのように生きるべきか」という自身の価値観が育ったのは間違いありません。

時折、「全機現社会の実現」という壮大なテーマを前に、ゴールが果てしなく遠く感じることもあります。それでも歩みを止めないのは、今まで全機現して実現してきた経験を糧に、自分の使命を「For Our Next Generations」と定めているからです。

使命とは、自らの命をどのように使うかを決めることです。私が最も重要視しているのは、実現したい世界のために、時間というリソースを最大限に投下することです。先人が築いてきた日本を次世代に引き渡す前に、私たち責任世代が社会をよりよい形に整えるにはどうすればよいか。私の判断基準は、その一点に集約されています。

現在私たちは、事業の発展を急ぎ、サービスを日本社会の隅々まで浸透させるステージに立っています。単に導入企業の業績や従業員の幸福度が向上するだけでは、私の理想とするゴールにたどり着くことはできません。個別の企業の成功を超えて、社会全体の構造が改善されなければ、次世代が全機現できる環境は整わないからです。 まずはより多くの企業にサービスを使っていただくこと。そして、日本の人事の歴史において、「Before 全機現、After 全機現」と語られるほどの変革を目指したい。社会全体が「全機現」の状態になるまで、私たちは進化し続けます。

(撮影場所:WeWork)

取材・文:佐藤有香

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