若い世代の力で生まれたビジョン。予測不能の時代に描く「信頼(トラスト)」という価値

VISION
日本の未来に、あらたな信頼を

テクノロジーの進化が加速する一方で、国際情勢や経済は不安定さを増し、何を信じるべきか迷う時代に突入しています。そんな中、PwC Japan有限責任監査法人は「あらたな信頼を提供する」という使命を掲げました。

2023年、同法人は新たな指針として「Assurance Vision 2030」を策定。このビジョンには、予測不能な時代に対応し、柔軟かつ強かな「信頼」の在り方が明確に示されています。執行役副代表である山口氏に、新たなビジョン策定の背景やその意図についてお話を伺います。

山口健志(やまぐち・たけし)

PwC Japan有限責任監査法人執行役副代表。1999年中央監査法人に入所。2005年から2007年までPwC米国ニューヨーク事務所に駐在。帰国後、あらた監査法人(当時)にて金融機関の会計監査・内部統制構築支援に従事。2019年に資産運用アシュアランス部部長、2024年7月に執行役副代表(アシュアランスリーダー)に就任。

急速に変化する社会には「あらたな信頼」が必要

当社は、PwCグローバルのネットワーク企業として、グローバルと連携しながら日本企業へ監査、保証業務、ブローダーアシュアランスサービスと呼んでいる非監査業務を提供しています。

PwCグローバルネットワーク全体では「社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する」というパーパスを掲げています。時代を問わず社会から必要とされる存在であり続けるための、私たちの存在意義を示しています。

そのパーパスを実現するための新たなビジョンとして、2023年に「Assurance Vision 2030」を策定しました。ステートメントは「日本の未来に、あらたな信頼を」です。

重要な課題を抱えるステークホルダーやクライアントを支援するためには、プロフェッショナルファームとして彼らと社会との間に信頼関係を構築することが不可欠です。そのためには、「顧客の顧客に対する信頼」。つまり、クライアント自身が信頼を創出することを、全力でサポートすることが必要です。

ビジョンは、監査法人を中心としたアシュアランス部門として「今この瞬間に何に取り組むべきか」を明確に示す方向性を持つものです。私たちが「信頼(トラスト)」をクライアントや社会に届け続けるため、固定的なものではなく、時代や状況に応じて柔軟にアップデートしていくべきものと捉えています。

現在、私たちが直面している社会は、地政学的な要因や環境問題など多くの課題が絡み合い、不確実性と複雑性が日々高まっています。その一方で、AIなどのデジタル技術は加速度的に進化し、それを支える「信頼のインフラ」は十分に整っているとは言えない状況です。

また、環境問題や日本特有の課題である災害対応、少子高齢化、人口減少といったテーマに対する解決策もまだまだ十分に進展しているとは言えません。さらに、財務会計や経営管理といった領域においても課題は山積みです。こうした状況が、社会全体に「信頼の空白域(トラストギャップ)」を生み出しています。

信頼は人々が安心して暮らし、価値観を形成するうえで不可欠な基盤です。信頼の空白域が広がれば、人々のウェルビーイングは崩れ、不安を感じながら生活をするようになってしまう。だからこそ、私たちの使命は、クライアント、そして社会の側に立ち、信頼を提供していくことだと考えています。

ビジネスと社会課題解決の両立に関する議論がよくありますが、私たちはまずクライアントを通じて社会課題を解決することをスタート地点に置いています。社会的な価値が最初にあって、それに対して結果的な見返りをいただく工程がビジネスです。この考え方は、2015年頃にパーパスが設定されて以来、根付いてきたものです。

若手社員が中心にビジョンを策定

「Assurance Vision 2030」は4つの未来シナリオが起点になっています。このシナリオは、若い世代が主体となった「10年後創造プロジェクト」によって描かれました。

7年後、8年後、この社会がどのように変わり得るのか仮説を立て、生じるであろう課題に対して解決策を模索することが重要だと考えています。そのため、現在のマネジメント層だけではなく、将来のパワーハウスとなる若い世代に先頭を切ってもらうことにしました。

プロジェクトメンバーには、入社3年から5年目の若手社員をさまざまな部署から選出しました。また、性別を問わず多様な視点が活発に議論されるよう、ダイバーシティにも配慮しています。メンバー同士が議論を重ねた結果、未来シナリオの軸となったのが「気候変動」と「国家間の協調」です。

縦軸に「気候変動が管理可能か、不可能か」を、横軸に「国家間が協調するか、分断するか」を設定しています。右上のシナリオを最も理想的な世界として位置付け、それぞれのシナリオにおける課題に対し、どのようなサービスを提供できるのかを検討しました。この取り組みにより、未来への可能性と具体的な行動指針を示すことができたと考えています。

企業風土によっては、上層部が決めた方針がそのまま下層に流れるケースもありますが、私たちの取り組みはむしろボトムアップのアプローチでした。

この方法には2つの大きなメリットがあると考えています。1つ目は、マネジメント層では考え付かないようなアイデアや発想が生まれ、新たな気づきがあること。2つ目は、若い世代が課題を自分ごととして捉え、主体的に取り組むことができる点です。

若手が主役となり、将来を見据えて何ができるかを考え、マネジメント層からはさまざまな情報や経験を提供する。だからこそ、若い世代も納得感や熱意を持って主体的に取り組むことができるのだと考えています。

ボトムアップの力を生かして、一つの目標に向かって共に成し遂げていく。それは、このビジョン作りだけでなく、私たちの組織としての進み方、取り組み方としても大きな意義があります。

私たちの組織では、パーパスと同じくらい大切にしている言葉があります。それは、「Speak Up(スピークアップ)」と「Do the right thing(正しいことをする)」。

スピークアップは、入社年次に関わらず、誰でも、誰に対しても自由に声を上げることを推奨し、純粋に意見の正しさによって判断されるカルチャーを大事にしているからこそ、プロフェッショナルとしての品質が高められるという意味が込められています。

これらの価値観をもとに実践していくことで、私たちが価値のある貢献をすることができ、社会からの信頼を得ることにつながると考えています。

社員全員の示唆から生まれた3つの行動指針

パーパス、ビジョンに連なり、ビジョンを実現するための行動指針を定めました。

行動指針には「進化」「協働」「挑戦」の3つの要素があります。これらは社内で行ったワークショップを通じて、意見を出し合いながら決めたものです。ワークショップには、新たに加わったメンバーからマネジメント層、中間層まで幅広い層が参加しました。

ワークショップを始めた当初に挙がったのは、日常的な行動です。例えば、「朝寝坊しない」「睡眠時間をしっかり取る」「挨拶をする」「クライアントに会った時にハキハキ話す」など。それらを集約し、いくつかに分類すると9つほどの候補が残りました。その中から投票で選ばれたのが現在の3つの行動規範です。

「進化」「挑戦」「協働」には、それぞれ深い意味が込められています。これらは、メンバー一人ひとりが「これが大事だ」と考えて選んだものであり、どれも自分ごととして取り組みやすく、自然に実践できるものだと感じています。

パーパスやビジョンが社内で十分に浸透していれば、自然と「何をするべきか」が明確になり、その延長線上で生まれるべきものだと考えています。「進化」「協働」「挑戦」という3つの行動指針も、パーパスやビジョンに合わせて無理に決めたものでも、上層部から一方的に押し付けられたものでもありません。むしろ、社員たちの示唆から形成された、ビルドアップ型のものです。

行動指針を考えるプロセスでは、社員一人ひとりが日々の業務で大切にしている価値観や考え方を改めて見直しました。だからこそ、それぞれの行動指針には、一つひとつ異なる解釈やメッセージの受け取り方があっていいと考えています。私も自分なりの解釈をしています。

まず、自分自身がプロフェッショナルとして社会に対して貢献していくためには、日々成長していく必要があります。「進化」という行動指針は、それに対する努力を厭わない姿勢だと考えています。

「協働」とは、一方的に自分の意見を押し付けるのではなく、チームメンバー同士、そしてすべてのステークホルダーとの間でしっかりとした理解を築くことだと捉えています。お互いに何を考えていて、何を期待しているのか、自分に対して相手が何を求めているのかを正しく理解した上で行動することによって初めて、効果的な業務ができると思います。

そして「挑戦」は、「アウトオブコンフォートゾーン」という言葉と共通するかもしれません。同じことを繰り返し行うことのほうが精神的ストレスがかかりにくいと思うこともあるかと思います。しかし、世の中はどんどん新しく変わっていき、課題も常に変化します。

私たちに求められるものも、これまでの繰り返しではなく、変化が必要です。クライアントとのアジェンダが変わるだけでなく、自分自身も毎日少しずつでもアップデートしていくことが重要です。変化することを恐れず積極的な意識を持つことが大切です。

パーパスやビジョンを実現するには、全員が同じ方向を向いて進んでいかなければならなりません。しかし、一人ひとりに細かい指示を出すのは時間的に非効率です。逆に、メンバーが最初から同じ想い、同じ価値観で、同じ方向に向かっていれば、細かい指示を出さなくても、自らその方向に進んでいくはずです。

2023年12月に、PwCあらた有限責任監査法人とPwC京都監査法人が統合し、PwC Japan有限責任監査法人となりました。もともと同じPwCネットワークに所属していたためまったく知らない相手ということではありませんでしたが、考え方や細かいところでのやり方が違うところがあり、半年くらいかけてすり合わせを行いました。行動指針は統合前にPwCあらたで決めていたものなので、新しい組織として再設定することを検討しています。既存の決まったことを押し付けるのではなく、納得感をもって進めるべきという考え方に基づいています。

組織のカルチャー醸成に不可欠なのは、パーパスとビジョンを繰り返し伝え、コミュニケーションを取り続けることです。それにより一人ひとりがそれを言葉として理解するだけではなく、本質を正確に理解し、自分ごととして捉えられるようになる、そして、アクションを起こす時にも自然と想いが乗っかることになるのだと信じています。

関連記事

  1. 世界に感動を生み出すための創造と革新

  2. 「自分」のパーパス、「会社」のパーパス。一人ひとりが組織の未来をつくる…

  3. パーパスに込められた想いが人と企業に情熱を灯す

  4. お客さまの立場でお客さまの気づいていないニーズを捉え、形にする

  5. 『「やればできる」の記憶をつくる』のパーパスが生み出す学びとチャレンジ…