広報活動がビジネスの命運を変える。企業広報をアップデートする5つの視点


1本のプレスリリース作成から、メディアへの露出だけではなく、企業とのコラボレーション、さらには新サービス開発のきっかけをも生み出す──。「広報」という仕事は、これだけの大きな可能性を秘めています。

メディアリレーションズ、取材対応、SNS運用にオウンドメディアの立ち上げ、記者会見やイベントの実施、社内報の作成……その業務には幅広さの一方で、社内外の双方と関わるがゆえの“奥深さ”がある。時代とともに社会の様相が変化するなか、いま広報はどのようにして価値を発揮できるのでしょうか。5つの視点から探っていきます。


小野 茜(おの・あかね)

株式会社EAT UNIQUE代表取締役。1981年、千葉県生まれ。カフェ・レストラン・ホテル等の現場経験、外⾷業界向けニュースメディアでの執筆・編集経験を経て、2012年に株式会社ABC Cooking Studioに入社。広報として企業広報および商品・サービス広報全般を担当した後、新規事業開発・アライアンス担当へ。料理教室をプラットフォーム化し、「作る・食べる・触れる・知る」という体験の場として異業種とのアライアンス強化に取り組む。2017年1月、独立。現在、業界・業種を問わず幅広く企業・団体の広報支援を行う。その他、広報担当者や広報を目指す方を育成するオンラインアカデミーの講師や、現役広報担当者に向けた勉強会の主宰など、広報のスキルアップ、キャリアアップに貢献する活動も行う。著書に『ひとり広報の戦略書──認知と人気を全国レベルにする「知ってもらえる」すごい方法』。PR TIMES公認プレスリリースエバンジェリスト。

大前提:「広告」と「広報」の違いを理解する

まず企業が情報発信を考えるときに、よく「広告」と「広報」を混同して考えているケースがありますが、両者は役割や得られる成果がまったく異なります。

広告は簡単にいうと、購入してもらうための「宣伝活動」です。企業が予算を捻出して伝えたいことを発信し、短期間で商品やサービスの認知を獲得して購入につなげることが目的。一方で、広報はパブリックリレーションズ(PR)、つまり報道や記事掲載など、メディア露出を介して企業と社会との合意形成(=リレーションズ)をつくることが目的になります。

かつては、たとえば新たな人材を獲得したいときに「広告」しか手段を持たない企業が多くありました。だけどいまは国内労働人口の減少で多くの企業が採用難にあえいでおり、広告だけでの人材確保は難しくなっています。そうしたなかで企業やサービスの魅力を多面的に訴求できる「広報」が注目されています。

「CMを見て企業自体は知っていたけど、経営者のインタビュー記事を読んで何をしている企業なのか理解できた」といった経験がないでしょうか。インタビューやドキュメンタリーのような「ストーリー」をつくることで、企業の目指す世界観、組織風土、社員の人柄など、さまざまな角度から魅力を伝えられます。そうした活動が、商品の売れ行きにも間接的に影響を与えていく。広告と広報では、視点や考え方が異なります。

視点① “正直”な発信をする

メディアリレーションズ、SNS発信、オウンドメディア運営など広報の業務はさまざまあります。ただ、より良いリレーションズを実現するためにどの業務でも共通して追求したいのは、「人の心をつかむ」ことです。こうすれば人の心をつかめるという、単純な答えはありません。ただ、昨今の時代の流れのなかで感じるのは、「正直な発信」に人は好感を持つということです。

わかりやすい例に、スープストックトーキョー(Soup Stock Tokyo)さんの件があります。昨年(2023年)、店内で商品を購入した利用者へ離乳食を無料提供すると発表しました。
ところがSNS では、賛否をめぐって炎上。あまりの需要の大きさから別の利用客に迷惑がかかることなどに対して、否定的な声も多く寄せられました。しかし、同社は安易に謝罪するのではなく、自社の考えや価値観、ブランドのコンセプトについてあらためて説明したうえで、離乳食の無料提供も理念に則った取り組みであると誠実な文書を公開しました。この対応は、炎上から一転、賛辞を集めています。

“正直”とは、自社のことを何もかも晒せば良いということではありません。そこに芯の通った「理由」を持って語れるかどうかが重要です。企業としての一貫したスタンスがあるかどうか、とも言えます。炎上後のスープストックの対応はまさに好例だったと感じています。

社会に対するアクションの裏に、嘘偽りない理由があるか。そうしたスタンスがあるにもかかわらず、表明しないことで批判を受けてしまうのはもったいない。社会に正直であること。いま外部から信用され伸びているのは、そんな企業ではないでしょうか。

視点② 長期戦を前提とし、小さな成果を可視化する

広報の目的は、業界や成長フェーズなど企業によって異なります。PRのピラミッドをご存じでしょうか。消費者の行動を変えるための3ステップをピラミッド型に図示したもので、下から、パブリシティ(メディア露出)、パーセプションチェンジ(認識変容)、ビヘイビアチェンジ(行動変容)の3段階があります。

企業の多くは、パブリシティ獲得に終始してしまい、それによって人々の認識が変わったか、行動や態度に変化が起きたかなど、「露出の先」を見据えることに視線が向かないケースが多いように感じています。

山登りに1合目から10合目があるように、広報でもゴールとステップがあります。たとえばサービス訴求をするなら、何がどうなることを「ゴール」とするのか。そのゴールに向けたステップとして、何をすることが1号目、2合目なのか。さらには「いつまでに」ゴールに到達したいのか。1年後までにSNSフォロワー1万人を目指すなら、1日目で何をしなければいけないのか……と、細かな施策や業務に落としていきます。

こうすることで、いまその施策がどのような段階にあり、次に必要な打ち手は何かが見えるようになります。これを施策の設計・実行者である広報担当者が見据えておくことが重要です。

広報活動の成果は地道に取り組んだ先で徐々に顕在化するもので、すぐには効果として見えてきません。それゆえに目標やステップを細切れにすることで、小さな成果を可視化して共有することは、組織にとっても広報担当者にとってもプラスに働きます。「ゴールに行くためには2年かかるけれども、3カ月、半年でこれだけの施策を打ってきた」と、経営者やステークホルダーに経過情報を共有できると、関係者も自分自身も安心できるからです。

私がよくおすすめしているのが、どんなに小さなことでもいいので、できる限り早くメディア露出の実績をつくることです。たとえば他社とYouTubeでコラボ動画を制作するでも良い。たとえマスメディアへの働きかけがうまく行かなくても、各社が運用するオウンドメディアであれば、自分で交渉すれば露出が実現できる可能性は高いはずです。マスメディア、マイクロメディア、オウンドメディアなど、多様化するメディア背景を踏まえて露出できる場所を選ぶことが大切だと思っています。

最初の3カ月で10本の動画に出たなら、それをXに投稿すれば、拡散され、コメントがつき、投稿の閲覧数や反応も集計される。これらはすべて数値化できるものになります。コメントは実際の画面を使えば、“ユーザーの生の声”として共有できる。経営陣に定性的な反響も説明でき、ゴールまでの目処も見えてきます。

経営者であれば、長期と短期の施策で性質が異なることは理解されているはずです。経営者に広報活動の状況を説明する際は、「短期ではこんな施策を打っており、長期ではこうした取り組みを走らせています」といった視点で伝えると、理解が得られやすくなるでしょう。細かい情報でもこまめに伝えることは、経営者にも広報自身にもプラスになります。

視点③ ニュースバリューを見極める目を養う

広報は、自社をよく知る過程で自社愛が強くなります。それ自体は悪いことではありませんが、「あれもこれも伝えたい」「自社の良さをわかってもらいたい」と強い熱量を持つがゆえに、外部からの見え方がわからなくなっているケースは多い。だからこそ、外部とコミュニケーションを取ることが多い広報は、誰よりも自社をよく知る一方で、少し引いた視点が大切だと私は思っています。

たとえばプレスリリースやメディアに渡すサービス説明資料においては、初見の人が読んでもわかる文章になっていることが大前提。しかし広報をしていると、一般的にわからない業界用語や社内表記が使われていたり、説明の必要なパートが省略されていたりするケースが往々にしてあります。

プレスリリースを出すまでに何十回も読んでは書き直しているため、自分では内容が理解できてしまう。そこで一歩引いた視点から、自分のまとめた情報を冷静に見てみます。「自社の業界やサービスは一般的にどのような印象を持たれているか」「使っている言葉は一般的に意味が通るか」、こうしたことを想像できるようになれば、メディアの方が読んでくれる確率はグッと高まります。熱量を持って情報をまとめ、クールダウンして俯瞰する。こうした「冷静と情熱の間」を行き来することが、良い情報発信につながります。

そのうえで非常に重要になるのが、ニュースバリューを測る尺度を持つことです。たとえば新サービスの情報発信の際に、サービス説明をするだけでは、ただの無機質な“インフォメーション”にとどまり、読者に読みたいと思わせる“ニュース”にはなりません。発信をするなら「情報価値」を見極める目を持つ必要があります。

とはいえ、経験がものを言う場合も多く、すぐには難しい。そのため、経験則に関係なく追求できるのが「数値」情報です。サービスの利用者数、提供エリア数、価格帯など、数値によって他社との違いを示すことができます。他社に比べて劣っている場合でも、たとえば一定期間あたりのユーザー増加速度を示すといった工夫の余地はあるはずです。

こうしたファクトを踏まえた情報発信がインパクトを与え、その数値の「裏付け」が知りたいと思わせることにつながる。メディアサイドの疑問を想定して情報を整理し、伝え方まで設計しておくと、ただのサービス説明よりも圧倒的に納得を得られやすくなります。

視点④ 社外の人間とも積極的に交流する

メディアの視点を知るには、媒体の研究をすることはもちろんですが、記者や編集者と「会って話す」ことも効果的です。アポイントを取って会いに行ったり、会食をセッティングしたりしてざっくばらんに会話してみると、「あの情報、正直よくわからなかったので、もう少し詳しく教えてほしいです」などと率直な意見をもらえます。

必ずしも“会食”のように肩肘張ったものにする必要はありません。私の場合は、もう少しカジュアルに、ご飯に行ったり、飲みに行ったりすることもあります。意外な本音が聞けたり、直接的にアドバイスをいただけたりするので、視点が増えて仕事の精度UPにつながります。ただ、そういう場においては、自分が「受け取る=TAKE」するだけでなく「与える=GIVE」できる情報を持っていくことが大事だと思っています。搾取するだけでは、良いリレーションは築きにくいので配慮が大切です。

広報活動を活性化させるためには、メディア以外に、さまざまな企業の方と関わることも、必要だと思っています。私の場合、会社員時代は広報と同時に新規事業開発も担当していたため、他社との関わりが多くありました。その当時、社長が他社との打ち合わせから帰ってきた際に「あの会社とこんな取り組みがしたい」とアイデアだけを語られて「あとはお願いしてもいい?」と先方の名刺を渡される、ということがよくありました。そこで相手側の企業と連携し、どのような施策が双方にとってメリットが大きいかなど、探り合いながら具体的な企画をつくったアライアンスの経験が何度もあります。

それを元に、プレスリリース作成やメディアへの仕込み、プレスイベントの開催などを、ゼロから企画して制作ディレクションまで進めていく。決まったことを広報するだけでなく、広報できる“できごと”から生み出していたのは、とても良い経験になりました。読者やメディア、来場客を相手に、伝わりづらい部分をいかに解消するか試行錯誤するなかで、自然とメディア視点や顧客視点が身につき、視野が格段に広がりました。

視点⑤ “広報”の枠を取り払う

自ら企画立案をしていた経験から、独立したいまでもプロジェクトの企画段階から参加している仕事がたくさんあります。新たな業態を模索したいという飲食店さんでは、コンセプト策定からメニュー開発、オペレーションや採用戦略の立案などを進めつつ、並行してPR活動をしています。活動領域が広がることで、広報としての視点や視座も変わってきたと感じています。

たとえば、前職である料理教室運営会社の広報だった頃、地方創生の一環として「食」で地域をPRする取り組みに関するプレスリリースを出しました。

すると、そのリリースを見た他の県庁から「同じような企画を、私たちの県でも実施したいのでご一緒できませんか?」という問い合わせがありました。そこから県と包括連携協定を結び、記者会見や、料理インフルエンサーを活用したレッスンやツアーの開催、海外輸出支援、海外でのプロモーション活動など、非常に幅広い取り組みを実現できました。さらには、これをきっかけに外務省の外郭団体や、食と観光に関連する企業・団体などと同様の事例を展開することに成功しました。

これは、1枚のプレスリリースがある種のきっかけとなって実現したことです。ひとつ事例をつくれば、そこに共鳴する企業や団体に波及され、新たな仕事を生み出すこともできる。広報も捉え方ひとつで、メディア露出以外にも大きく可能性を広げるチャンスがあります。

その意味で、広報は「こうあるべき」といった固定した考えは持たない方がいいというのが私の考えです。時代によって価値観や慣習も変化していくなか、“べき論”で画一化してしまうと、時代にアジャストできなくなるからです。むしろ広報は、常に変化していい。その方がずっと、広報の仕事はおもしろくなります。

取材・編集・文:金藤良秀(クロスメディア・パブリッシング

ひとり広報の戦略書
認知と人気を全国レベルにする「知ってもらえる」すごい方法

著者:小野 茜
定価:1628円(本体1480+税10%)
発行日:2022/11/21
ISBN:9784295407669
ページ数:320ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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