本当の自分の価値を見つけて人生を豊かにする。アイデンティティのつくり方

SNSやインターネットによって加工された情報が溢れる現代、「本当の自分は何をしたいのか?」「自分とは何者なのか?」と考えることはないでしょうか。

アイデンティティの定義を「胸をはって自分がやっていること、もしくはこれからなろうとしている姿のこと」とし、「アイデンティティをみいだすことで、進むべき道が開け、行動や価値観が変わり、自分の居場所が見つかる」と主張するのは『アイデンティティのつくり方』の著者である森山博暢さんと各務太郎さんです。

森山さんは、外資系の投資銀行で債券のトレーディング業務に従事した生粋の定量思考。各務さんは広告代理店でコピーライターとして活躍し、米国大学院で建築学の修士号を取得後、最先端の「デザイン思考」を駆使しながら数値化が難しいクリエイティブの第一線で活躍する定性思考。

一見正反対に見える二人がこれまでの経験からみいだしたノウハウを1冊の本としてまとめました。その編集を手掛けたのは、数々のビジネス書のヒットを創出してきた小早川幸一郎です。今回は、小早川が、多くの人が模索する「アイデンティティ」について著者の二人にインタビューをします。

※この記事はクロスメディアグループが2024年5月に主催した、『アイデンティティのつくり方』出版記念イベントの内容をもとに、編集を加えたものです。

森山博暢(もりやま・ひろのぶ)

Identity Academy代表理事
東京大学大学院工学系研究科修了後、1999年ゴールド・マンサックス証券株式会社入社。2015年より金利トレーディング部長を務め、21年間に渡りトレーディング業務に従事する。2020年に大学生を対象に金融のリスクマネジメントを基に意思決定を訓練する「Identity Academy」を設立。これまでに各分野で活躍する200人弱の卒業生を輩出している。著書に『アイデンティティのつくり方』(共著)(クロスメディア・パブリッシング)がある。

各務太郎(かがみ・たろう)

(株)SEN代表/建築家/Identity Academy理事
早稲田大学理工学部建築学科卒業後、2011年株式会社電通入社。コピーライター・CMプランナーとして主にCM企画に従事。2014年、東京五輪開催決定を機に、建築家として都市の問題に向き合いたいという強い想いから同社を退社。2017年ハーバード大学デザイン大学院(都市デザイン学修士課程)修了。2018年(株)SEN創業。ホテル事業を経てヘルスケア事業を展開。著書に『デザイン思考の先を行くもの』『アイデンティティのつくり方』(共著)(以上、クロスメディア・パブリッシング)がある。

「Identity Academy」(アイデンティティ・アカデミー)
https://www.identity-academy.jp/

小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)

クロスメディアグループ(株)代表取締役
出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開中。

対照的思考が導き出したメソッド

小早川 新刊『アイデンティティのつくり方』の執筆にあたって、お二人の想いを教えて下さい。

森山 「アイデンティティをみいだすための意思決定は、訓練によって誰でもできるようになる」ということを、多くの人に伝えたいという想いがありました。

この考えに至ったきっかけをお話しします。私は新卒で外資系の投資銀行に入社し、秒単位で変化する金融市場で大きな金額を常に動かす仕事をしていました。そこでの決断には大きなプレッシャーがかかります。ですが、予測不可能な金融の世界では他人の決断に責任がとれません。なので、周りに相談をしても「自分で決めなさい」と言われるばかり。成果を出すには、失敗を恐れず日々挑戦し、決断し続ける必要がありました。当時は、いつクビといわれるのか常に考えていましたね。

トライアル&エラーを繰り返すことで、未来を論理的に構築する力がつき、起こりうるリスクを予測できるようになり、決断の精度は年々上がっていきました。すると、意思決定への不安が少なくなってきたのです。これが「意思決定は訓練できる」という考え方のルーツです。

業務に追われる日々の中で、時代が大きく変化し、近年では「終身雇用の崩壊」や「人生100年時代」といった言葉が聞こえてくるようになりました。少し前までは、「勉強して有名大学に行き、大企業に就職しなさい」などと言われ、一定の条件をクリアしたら次の道が示されていた人たちが、急に「さあ、好きなことしてください。でも未来の保証はありません」と放り出されているような状況です。これでは多くの若者が不安に陥ります。

さらに、SNSやインターネットの発展により、多様な人々の生き方がたくさん見えるようになりました。特にSNSの世界では、情報が加工されていて、どの生き方も楽しそうですし、良く見えるんですよね。そうすると、脳が消化不良を起こし、多くの人は「自分は何をしたいのか」「自分は何者なのか」というアイデンティティを見失ってしまいます。私の職場でも、この変化によって悩む後輩が増え、相談を受けるようになっていました。

そこで気付いたことは、多くの人の悩みは、未来がわからないことや意思決定して失敗することを恐れる不安からくるということです。このような悩みの解決に、私の金融業界で培ってきた経験が役に立つと感じました。たくさんの人に、このメソッドを活用してほしいという想いで執筆に取り組みました。

各務 森山さんは金融業界で培った定量的な観点から、私は定性的な観点から執筆に取り組みました。

私は、広告代理店でコピーライターとしてCMづくりに携わっていました。その後、アメリカの大学院で建築学を学び建築家としても活動しています。広告代理店での仕事をはじめた当初、「なぜクライアントは、自社の商品やサービスの広告を自社でつくらないのか、自分たちの商品は自分たちで紹介した方がいいのではないか」と思っていました。でも、自分自身に置き換えた時に、大きな気付きがありました。私は仕事上で、誰かのアイデンティティを抽出するメソッドがあるのに、なぜか自分には適用できなかったんです。人は自己紹介がとても苦手だと感じました。

広告の仕事は企業様が売り出したい製品の「ここが売り」というアイデンティティを抽出して言語化し、映像にすることです。建築の仕事も同様に、クライアントさんの想いや場所の潜在的な魅力を抽出して形にすることです。これらの経験から、広告やデザイン思考で使われるアイデンティティ抽出の手法をプログラムやルールにすることができれば、「自分とは何者か」を見失って悩む現代の人々が自分のやりたいことを見つける一つの道筋になるのではないかと考え、執筆に取り組みました。

この本は、私たちが運営している「Identity Academy」(アイデンティティ・アカデミー)で教えている内容とも関連しています。森山さんから、アイデンティティを見つけ、人生の意思決定についての道を示す学校を作りたいという話を伺ったときに感じたことがあります。

私はそれまで、金融の最先端にいる方は「客観視」「定量」のみで考えているという先入観を持っていました。でも、未来のシナリオが見えない投資の分野では、最終的な意思決定には「きっとこうなる」や「こういう未来にしたい」という主観が入ります。森山さんは客観と主観を意識して業務に取り組んでいました。

私のデザイナーとしての仕事は主観から始まりますが、最終的にはお客様の満足度やその商品が世界にどのように広がるかといった客観的視点、定量分析が必要です。金融とデザインは全く異なるように見えますが、とても近い考え方を持っていました。

小早川 定量と定性という両極端な視点から同じ目的を考えているということが、この本の他にはない魅力になっていると感じます。

好きなことで生きていくために「やりたいこと」を見つける

小早川 自分が人生で本当に挑戦したいと思える「好きなこと」「やりたいこと」を見つけるのは、皆さん迷うところかと思います。アイデンティティの見つけ方について教えてください。

各務 YouTubeのキャンペーンに用いられたスローガンに「好きなことで、生きていく」という言葉があります。この言葉は、全ての人に同じ価値を与えるものではありません。人は「好きなことをしていいよ」と言われると、自分の過去の経験を思い返します。そのため、経験の少ない人にその提案をしても、やりたいことの選択肢自体が少なかったりします。

極端な話、何もないホワイトキューブの中で、生まれてから20歳まで外の世界を見ずに過ごした人に「好きなこと何でもしていいよ」と言っても、「経験がないので、好きなことはないです」となるでしょう。やりたいことを見つけるには、まず経験を積むことが大切です。

小早川 今は情報が溢れている時代です。なんとなくやりたいことはたくさんあるけれど、どれをしたらいいのか明確ではない人は、どのようにアプローチをしたらいいのでしょうか。

各務 3つのデザイン思考的アプローチの型を本の中でもご紹介しています。

1つ目はHashtag型です。自分がこれまで何に情熱を注いできたのかを、ハッシュタグで簡単に書き出してみます。私なら「#ギター#柔道#筋トレ」などがあります。書き出した自分のハッシュタグを組み合わせることで、新しいアイデンティティが見えてくることがあります。

例えば、富士フイルムホールディングス株式会社は、かつてフイルムを作る会社でしたが、自社の強みである粒子の細かさ、ナノテクノロジーに気付き、「ASTALIFT(アスタリフト)」という化粧品を作りました。さらにその技術を医療機器の開発にも応用しています。自社の強みを組み合わせることで、大きな変革を遂げたのです。これは人生にも適用できる重要なスキルだと考えています。

2つ目はDon’ts型です。隣の芝生は青く見えるもので、友人や他人の行動を見て羨ましくなり、自分もやってみたくなることがあります。ただ、時間は有限です。やってみたいことすべてに挑戦しようとすると、すべてが中途半端になり、何も残らないということも起こりえます。やらないことを決めることも大切なプロセスです。

3つ目はNeeds型です。他人が自分に何を求めているのかを考えることです。例えば、ある友人は海外生活が長くバイリンガルでしたが、語学力を活かす仕事には興味がありませんでした。でも、海外プロジェクトのチームからグローバル・マーケティング要員として呼ばれ、その語学力を活かした仕事が高く評価された結果、自己肯定感が上がり「海外と日本の架け橋になる」という認識を持つようになりました。他者からのニーズの中から、自分のアイデンティティが見えてくることもあります。

小早川 そもそも「好きなこと」のハッシュタグがあまり思い浮かばないという人はどのように考えたらいいのでしょうか?

各務 誰でも簡単にできる「価値観のランキング」というワークをご紹介します。これはアメリカで営業のメソッドとして使われている方法で、相手の価値観の上位3つを意識してアプローチするという考え方です。価値観の定義は、この1年の間に「何にお金を使ったか」「何に時間を使ったか」「何に意識を奪われていたか」です

例えば飲みの席で、自社の営業担当者に「芥川龍之介のファンです」と伝えたとします。次に会ったとき、その担当者が芥川龍之介の本を5冊読んでいて感想を語ってくれたら好感度が上がりますよね。人は自分が大切にしている価値観に心を開きやすいということがあります。

これを自分自身に当てはめてみてください。まず、自分が普段重要視しているものをすべて書き出し、次に順位を付けます。私の場合、デザインの仕事をしているので、本来はそれが上位にくるはずですが、5位になっていたりします。健康診断で数値が悪いときは、圧倒的1位は健康でした。半年に1回くらい実践してみると自分の価値観がガラッと変わっていることもあります。

皆さんも価値観のランキングをやってみてください。きっと新しい発見がありますよ。

痛恨の一撃を避けるための盾を手に入れる

小早川 自分の好きなこと、やりたいことが見えてきて踏み出そうとしたとき「今転職したら食べていけるのかな、起業して失敗したらどうしよう」という不安が足枷になることがあります。

森山 失敗すること自体より、その失敗によって自己肯定が根本的に崩れたり、リカバリーできない状態になったりすることは誰だって避けたいですよね。対処法として、金融の仕事では「リスクマネジメント」という考え方があります。

例えば、東京のビジネスパーソンが大事なプレゼンテーションのために大阪に行くというケース。マイレージを貯めたいからという理由で飛行機を選んだ結果、朝から悪天候で飛行機が3時間遅延し、新幹線に切り替えても約束の時間に間に合わないという場合です。顧客のオフィスで時間通りにプレゼンテーションを始めることが目的であれば、これはリカバリーできない、不可逆な状態といえます。

不可逆を回避するためには、遅延率が高い空の便よりも、天候が怪しければ新幹線を選ぶといった「もし~だったら」という想定力がとても大切です。想定力をつけるには、やろうとしていることが上手くいかないパターンをいくつも想像してみることです。その中でリカバリー可能な範囲の発想があれば、すぐに挑戦してみるべきです。

私は、年齢は最大の不可逆だと思っています。時間はどうやっても戻せません。だから、どんどんチャレンジしてほしい。小さなミスを繰り返しながら進むべき道をみいだしてください。

リスクマネジメントはゲームオーバーにならないためのディフェンスのツールです。それは、完全に守りに徹することではなく、攻めに転じた時に痛恨の一撃を避けるための心強い盾になります。

所属するコミュニティによって自分の価値は変化する

各務 チャレンジすることの意志決定を阻害する要素として、私たちは社会的要因も一つの課題として考えました。正解と言われるレールが1つしかないコミュニティにいると、そこから外れることが自分の居場所の喪失と感じ、不安になります。「異なるものさしを持つ人が多く所属するコミュニティ」や「異なるものさしを持つ複数のコミュニティ」に所属することで、自分の居場所がなくなる不安は軽減されるのではないでしょうか。

森山 「異なるものさしを持つ人が多く所属するコミュニティ」というのは、つまりコミュニティ内の多様性が重要ということです。その観点から見ると「ダイバーシティ」という考え方があります。ダイバーシティは、男女比率や人種比率を合わせるだけではなく、組織のメンバーが最も効率的に働き、組織としてベストパフォーマンスを発揮するために必要な要素です。

例えば、サッカーチームでフォワードの能力が高い人を11人集めても試合には勝てません。ディフェンダーがいて、フォワードがいて、足の速いドリブルの上手い人がいることでチームは強くなります。会社や組織でも同様に、能力が分散しているからこそ、その中で自分のポジションの価値に気付くことができます。

「大学デビュー」や「社会人デビュー」という言葉は、「異なるものさしを持つ複数のコミュニティに所属すること」の大切さがわかるいい例です。高校のときのコミュニティで価値観が一軸か二軸しかなかった場合、その軸に沿わなければ「イケてない」と思われていたかもしれませんが、別のコミュニティでは意外と「イケてる」ことがあります。大学や社会人だけでなく、海外、会社、サッカーチーム、音楽のコミュニティなど、自分のポジションが変わることで、「自分が必要とされている」とか「自分は意外とイケてる」と感じるスペースがあります。

各務 ある場所では明るくて人懐っこい人が、他の場所ではロジカル思考で静かに考える人に見えることもありますよね。だからこそ、異なる物差しを持つコミュニティにたくさん所属することで、本当の自分の価値をみいだすことができると考えます。

アイデンティティはパスポートのように一人一つではなく、所属するコミュニティによって変わるものなのです。

森山 自分が所属するコミュニティは、とても重要です。例えば、私が頑張ろうと思う理由は、「昔の仲間が頑張っているから自分も頑張ろう」とか「子供たちにかっこいいところ見せたい」といったものです。コミュニティによって心が支えられることもあります。

どんなコミュニティでもいいわけではなく、自分をインスパイアし続けてくれる良質なコミュニティに身を置くことも大切です。

「自分とは何か」を見つけるプロセス自体がアイデンティティ

各務 「アイデンティティは最後まで仮説でしかない」ということを森山さんと話すことがありました。自分の理想とする未来は、株価のように常に変動していくものです。求める未来が変われば、その未来にたどり着く道筋も変わります。

人は死ぬまで「これで正しいのかな?」という問いを抱えながら、失敗と成功を積み重ねていくのではないかと思います。私の知る限り、どんなに偉大な建築家や哲学者でさえ、最後の時まで「自分の作風は何なのか」「自分とは何者なのか?」と自問自答しています。ただ、その「何か」を見つけるプロセスこそが、その人の作風であり「アイデンティティ」なのではないかと感じます。

「あなたは何者ですか?」と問われると考え込んでしまいますが、「自分のアイデンティティを完全に見つけた人は過去に存在しない」と考えると、途端に気持ちが楽になりませんか?

森山 「アイデンティティのつくり方」という本を書かせていただいた私たちでも、悶々と考えることがあります。世の中の人もみんな同じです。

皆さん、アイデンティティを見つけたら行動してみてください。そのアクションが次の挑戦の栄養になり、さらなるアクションを取ることが楽になります。アクションを取らないと運動していない筋肉のように思考が固まってしまい、意思決定に異常にストレスを感じるようになります。

私はもともと一つの会社に21年間勤めて46歳で急に学校を作ろうと行動を起こしました。他の人から見ると遅いチャレンジだと思います。もちろん、意思決定の時は悩みました。けれど、行動して良かったと感じています。年齢がハードルになるという方もいらっしゃるかもしれませんが、今は人生100年時代、あまり年齢は関係ありません。

自分の満足できる意思決定をするための材料として、そして何かアクションを取るときに大きな落とし穴にはまらないようにするために、ぜひ私たちの本を読んで活用していただければと思います。

アイデンティティ・アカデミーは今、学生を中心に活動していますが、「社会人にも必要ですよね」という声を受けて、社会人向けのイベントや講義も計画しています。

皆さん、自らのアイデンティティをみいだし、行動しましょう。自分の人生を豊かにするために。

編集・文:渡部恭子(クロスメディア・パブリッシング)

アイデンティティのつくり方

著者:森山博暢/各務太郎
定価:1,738円(1,580 +税10%)
発行日:2024年5月2日
ISBN:9784295409649
ページ数:272ページ
サイズ:148×210(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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