EC好きな仲間と、世界に日本を伝える。いつも.のブランディング戦略

今や、私たちの日常生活に欠かせなくなった「ネットでの買い物」は、新型コロナウイルスの流行をきっかけに、それまで以上に消費者が便利さを実感したことで、一層需要が高まりました。この状況を背景に、多くの企業がECを活用したインターネットビジネスに参入し、その重要性は年々増しています。

一方で、就労人口の減少という時代的背景もあり、ECや物流を含む周辺業界では人手不足が深刻化しています。特に経験豊富なECの専門家が不足しており、未経験者を採用して教育する流れがますます重要になっています。しかし、企業の文化に合った人材を見つけ、未経験者を育成するには多大な手間とコストがかかります。

そんな中で、人材採用と育成の効率化に成功し、著しい成長を遂げている企業があります。EC業界の先駆者としても知られる「株式会社いつも」です。Amazonや楽天でのインターネットを使った買い物が一般的ではなかった時代からEC事業に取り組み、今までにデジタルマーケティングの支援を1万2,000社以上に提供している会社です。

今回は、取締役副社長で『2025年、人は「買い物」をしなくなる』の著者である望月智之さんにマーケティングコンサルタント独自の感性で切り開いた、自社のブランディング戦略について語っていただきました。今回もクロスメディアグループ代表の小早川幸一郎が、編集者で経営者ならではの視点でインタビューをしていきます。

望月智之(もちづき ともゆき)

1977年生まれ。株式会社いつも取締役副社長。東証1部の経営コンサルティング会社を経て、株式会社いつもを共同創業。同社はコンサルティング会社として、現在までのべ1万2000社以上の企業にデジタルマーケティング支援を提供している。自らはデジタル先進国である米国・中国を定期的に訪れ、最前線の情報を収集。デジタル消費トレンドの第一人者として、消費財・ファッション・食品・化粧品のライフスタイル領域を中心に、ブランド企業に対するデジタルシフトやEコマース戦略などのコンサルティングを手掛ける。著書に『2025年、人は「買い物」をしなくなる ―次の10年を変えるデジタルシェルフの衝撃』『買い物ゼロ秒時代の未来地図―2025年、人は「買い物」をしなくなる〈生活者編〉』(以上、クロスメディア・パブリッシング)がある。

小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)

クロスメディアグループ(株)代表取締役。出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開中。

中小企業が世界の大企業と競える舞台をつくる

小早川 経営についてお話していただく上で、最初にいつも.の経営理念が生まれた背景を教えていただけますか?

望月 私たちの会社は「日本の未来をECでつくる」という、一業を担いでいます。

近年、消費者がインターネットやSNSを使って商品やサービスを知ることが一般的になり、デジタルマーケティングは企業にとって欠かせない戦略になりました。今の時代、ECを活用することで、中小企業も世界の大企業と同じ舞台で競えると確信しています。

小早川 望月さんは起業する以前はコンサルティング会社で経営コンサルタントをされていましたが、なぜECに着目したのでしょうか。

望月 今、みなさんインターネット上での買い物を普通にしていると思いますが、私がコンサルタントとして社会に出たとき、楽天は市場に参入して3年目で、日本の市場にAmazonはまだ存在すらしてなかったんです。いつも.を立ち上げた2007年の時点でもインターネットでの買い物はまだ一般的ではなく、当時は、ECのマーケティングが現在のように注目されるとは思っていませんでした。そんな中でECのコンサルティング事業を始めたきっかけは、創業直後にECサポートを行う企業とコンサルティング契約をしたことです。

その時の印象的なエピソードがあります。千葉郊外の魚屋さんが、突然私たちの会社のあるビルに桜鯛を積んだトラックで現れ「この魚をインターネットで売りたい」と仰ったのです。郊外の魚屋さんがECを利用するという発想自体が新鮮でした。ECサイトの立ち上げを支援して、販売を開始すると、なんと、1ヶ月ほどで利益を生むことができたんです。

当時、今のようにSNSを使っている人も少なかったので、情報の拡散はメールや口コミで地道にしていました。それでも商品はよく売れたんですよ。地方の小規模企業でも全国に向けて商品を発信できるECの可能性に感動しました。

小早川 望月さんは創業者であり、現在は副社長でいらっしゃいますね。社長との出会いについてお聞かせください。

望月 前職、船井総合研究所(以下船井総研)の同期なんです

小早川 事業の開発だけではなく、企業経営においてもコンサルタントとしての経験は役に立っていますか?

望月 はい。私は新卒で船井総研に入社しました。船井総研の強みは、業種を問わず中小企業をマーケティングで活性化させることです。その時に学んだノウハウをEC事業にも応用しています。オフラインであれデジタルであれ、マーケティングの基本原理は変わりません。

とはいっても、コンサルティングビジネスで成果を出すことは、とても難しいんです。その理由のひとつとして、市場の変動によって予期せぬ結果が生じやすく、顧客が期待する価値を継続的に提供することが困難である点が挙げられます。

また、コンサルティングビジネスは多くの企業で労働集約型のモデルが採用されています。プロジェクトの成功は担当者の知識や経験に大きく依存し、個々の能力が直接企業の成果に影響を与えます。売上を増やすためには、スタッフの教育に多くの時間を投資しなければなりません。

私たちは、ノウハウを体系的に整理し、個人に依存していた業務を型化することで効率化を図っています。これにより、教育プロセスが改善され、迅速かつ効果的に結果を出せるようになりました。業界でも革新的な取り組みだと感じています。

企業と人を成長させるには業務の「型化」が必要

小早川 いつも.の強みは人材教育のシステムということが理解できました。採用をする人材のイメージや傾向などはありますか?

望月 経験者であっても、当社でのパフォーマンスが高いとは限りません。コンサルタント業務はサービス業なんですよ。お客様に価値を提供し、その満足度が直接収入につながるビジネスなんです。サービス業の根本は頭がいいとか体力があるとかではなくて、人に優しく相手の気持ちが分かる“気づき力”だと思っています。どうしたらお客様が思っている形に近づくかを気づく力が大切なんです。そのため、採用を進めるときには、お客様に価値を感じてもらうための人間的なスキルも大切にしています。

例えば、スターバックスのスタッフは、接客スキルが評価されることが多いですよね。彼らが提供するサービスの価値はコーヒーの価格に反映されていて、その価格に見合った価値を提供できるスタッフがいなければ、現在のような成功はなかったかもしれません。この価値を理解し、実践できる人は、私たちの業界でも成功しやすい傾向にあります。

今、いつも.で働いているスタッフは買い物好きが多いんです。商品を選ぶのを楽しんでいます。それはお客様にも伝わります。お客様の商品があまりメジャーじゃなくても、その商品の良さを伝えたいとか、どうやったらお客様が楽しんで買い物をしてくれるかを、真剣に考えられるスタッフがいるからこそ、今の成功があると思っています。

小早川 業界経験者の採用だけでは人材が足りていないということもありますか?

望月 EC業界は、そもそも経験者が少ないので、採用の選択肢が限られてしまいます。ですから、会社を大きくする過程で、未経験者も積極的に採用しなければなりません。そこで必要になるのが、育てる力です。日本の人口がどんどん減っている中、この“育てる力”は企業が成長する上で重要な要素だと考えています。

当社では、先ほど触れたように、業務を型化したおかげで教育プロセスが整備されています。未経験者でも約3、4ヶ月で一人前として活躍できる体制が整っているんです。

小早川 「会社は人がつくる」とよく言われます。スタッフを育てる中で、いつも伝えていることや意識していることはありますか?

望月 ビジネスが成長すると、企業が顧客を選ぶようになることがあります。私たちは初心を忘れずに真摯な対応を心がけています。基本的なことですが、真面目にちゃんとやっている会社は成功するんです。

この姿勢は、企業風土、組織文化として深く根付いています。採用活動では、私たちの価値観に共感できるかどうかを最も重視し、教育過程でそれを徹底して浸透させることで、お客様からの信頼が得られ、会社の成長につながっていると考えています。

小早川 事業も経営も順調に成長していて、2020年に上場をされていますね。創業をされるときから上場することを考えていたのですか?

望月 上場自体は当初の目的ではありませんでした。私たちが掲げる「日本の未来をECでつくる」という目的を実現するためには、企業をさらに大きくする必要があります。この過程で、新しいビジネスラインのための倉庫建設や、大量の商品仕入れなど、さまざまな投資が必要になり、それに伴い多くの資金が必要になりました。

また、上場による財務情報の公開が企業の信用度を高め、リクルーティングにも有利に働きます。これは特に、大企業と競争できるレベルの社員を採用する上で重要な要素です。

大手企業との取引においても、上場していることが必須条件となることがあります。上場していない場合、商談の段階で選考から外されることがあります。

私たちは、常に高い目標を掲げ、「日本の未来をECでつくる」というビジョンの実現のために「手を抜かない」という設立当初からの文化を守り続けています。

出版は最高のブランディング戦略

小早川 今、企業が成長を継続するためにはブランディングが不可欠だと感じます。いつも.は競合他社との差別化・差異化を図るためにどのような取り組みをしていますか?

望月 当社はロゴや会社名が特徴的なので、それらをクリエイティブの前面に打ち出しています。例えば、メルマガや広告ではロゴや社名をはっきりと表示して、ユーザーの目に触れるように工夫しています。コンサルタントとして相談を受けるときも、第一想起になるということを重視しています。定期的に潜在顧客の目に触れることで、ユーザーが行動を起こすときに一番に思い浮かべてもらうことが重要なんです。

また、会社や事業についての情報発信は、量だけでなく質にもこだわっています。例えば、前回、クロスメディア・パブリッシングから出版した『買い物ゼロ秒時代の未来地図』の中で書いた「デジタル消費の普及による未来予想」というテーマは、他者がまだ知らない情報をいち早く取り上げたことで話題性があったと感じています。他と同じ情報を発信するのではなく、独自の情報を提供することが、ブランディングにとても効果的です。

クロスメディア・パブリッシングと一緒につくった本は、その意味でとても大きなブランディングツールとなりました。

小早川 本はベストセラーになりましたね。『2025年、人は「買い物」をしなくなる』というタイトルが衝撃的で、私のまわりでも話題になっていました。Amazonや多くの書店でベストセラー1位を獲得して、多くの人に読んでもらっています。いつも.の認知拡大の一助になったことをとてもうれしく思います。

望月 本書は“買い物”という幅広いテーマで企画したのが良かったと思っています。ECに関する本はニッチなカテゴリーに分類されがちで、書店でもITのノウハウ本と一緒に置かれることが多いです。もしECカテゴリーだけで扱われていたら、ヒットはしていなかったんじゃないかと思っています。

小早川 本の出版は、マーケティング、ブランディング、リクルーティングに効果的な試みだと思っています。本を出したことで、何か変わったことはありますか?

望月 本を出版したことで、著名なイベントやメディアから講演依頼が来るようになりました。そして、メディアへの露出が増えることで、自社ECという分野の認知が広がり、その分野の第一人者として業界を超えて認識されるようになりました。

今までメディアでECの専門家と紹介をされる人はいませんでしたが、本を出したことで初めて、ECの専門家として紹介されたんです。認知の広がりを実感したエピソードのひとつとして、大手ブランドメーカーが主催したセミナーに約80名が参加し、そのうち7割の人が私の本を読んでいたということがありました。

他に出版したことによる価値を最も感じたのは採用です。本を読んで当社を知り、就職を希望する人が大幅に増えました。特に、デジタルマーケティングの経験を持つ中途採用者からの応募が増加したんです。当社を知らない人も面接前に本を読んでくれるので、会社の方針と大きくズレた応募は減り、採用効率が大幅に上がりました。

出版によるマーケティングとブランディング、リクルーティング効果は非常に大きかったと感じています。

社名に込めた、設立当初から変わらない想い

小早川 今、3作品目の本を一緒につくらせていただいています。新しい本の内容はどのようになるのでしょうか。

望月  今回のテーマは「消費者の感覚の変化」です。単に買い物がデジタル化するという話ではなく、消費者の考え方、行動、趣味や思考がどのように変わっているかに焦点を当てています。これからの時代、企業は消費者の感覚に合わせて変化しなければ生き残ることが難しいという点を掘り下げています。

小早川 なるほど。そのことに関係して、新しく取り組んでいることはありますか?

望月  最近、当社でもいくつか新しい事業を始めました。ひとつはライブコマースです。この分野は日本ではまだ珍しいものの、アメリカや中国では注目を集めています。私たちは日本で最も大きなライブコマースアプリの企業を買収し、今、売上げを伸ばしています。

もうひとつは、インターネットを通じた国際的な取引、越境ECです。今は特に中国市場への打ち出しが成功しており、今後世界への展開を視野に入れています。

さらに、7、8年前から力を入れているのがBPO(Business Process Outsourcing)という業務プロセスの一部を専門業者に外部委託するシステムです。中小企業にとってECに精通した人材を確保することは難しく、ECの分野でのBPOは必要になってくると考えています。

会社が拡大し続ける中で、グローバルな事業や大手メーカーのサポートをすることが増えました。とはいえ、創業当時から中小企業が私たちにとって大事なお客様なのは変わりません。

小早川 設立から今まで会社が成長し続ける中でも、一貫した考えがあるんですね。今後の展望についてもお聞かせください。

望月 私たちは会社を立ち上げた当初から、ECを中心とした中小企業向けのマーケティング支援をメインに行ってきました。その中で、日本の中小企業がつくる製品が、世界に通用する素晴らしいものだと感じました。世界と日本はもっと繋がることができるはずです。私たちは、日本の製品をECを通じて世界中に広めたいと考えています。

日本の経済を支える中小企業が元気であり続けることで、日本経済、日本社会を明るく楽しくしていきたいのです。そのためには、中小企業の直面する問題に寄り添っていくことも重要だと考えています。

中小企業は人手が不足しており、マーケティングだけでなく、オフィス機器や通信設備など、さまざまな面でサポートを必要としている場合があります。このようなニーズにいつでも応えられるように“いつもそばにいる”という想いを込めて「株式会社いつも」という社名にしました。この想いを実現するために、より多くの企業をサポートできるようなスタッフを増やしていくのが、私たちの今の使命だと思っています。

そして、私たちの役割は、企業にこれから訪れるであろう未来を提示することです。EC業界はまだ成長を続けており、顧客の期待も高まる一方です。これまで以上に一生懸命に世の中のニーズに応えていきたいです。「いつもお客様のそばにいる」という想いは、今も未来も変わりません。

編集・文:渡部恭子(クロスメディア・パブリッシング)

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