人間の作業を効率化し、経済の発展と社会の変化をもたらしてきた産業革命の歴史の中で、変化のスピードが最も速いと言われる第四次産業革命の真っただ中。AIは人の思考やクリエイティブ領域にまで影響を広げつつあります。
AIが発展する激動の時代、今を生きるビジネスパーソン一人ひとりがこれからの時代に求められる能力を身につけるためのノウハウを、AI×ビジネスの最前線で活躍する鳥潟幸志さんに、ビジネス書のヒットメーカー、小早川幸一郎がインタビューしました。
鳥潟さんは次のように語ります。これまでの組織で求められていた、決定権を持つ一部の人に判断を仰ぐという役割は、近い将来AIに取って代わられるでしょう。今後、人工知能が発展する激動の時代に求められる「決める立場」の人材になるためには、「問いの設定力」「決める力」「リーダーシップ」を磨く必要があります。これらの能力を身に着けるために重要なことは「自分らしく生きること」。
前編では、AIが世界中に広がったAFTER AIの時代の中でビジネスパーソンが社会で生き残るために求められる能力とは何かを考えます。
※この記事は、2024年5月配信の、クロスメディアグループの動画コンテンツ「ビジネスブックアカデミー」を元に文章化し、加筆・編集を行ったものです。
鳥潟幸志(とりがた・こうじ)
株式会社グロービス マネジング・ディレクター/GLOBIS 学び放題 事業リーダー/グロービス経営大学院教員
埼玉大学教育学部卒業。株式会社サイバーエージェントでインターネットマーケティングのコンサルタントとして、金融・旅行・サービス業のネットマーケティングを支援。その後、デジタル・PR会社のビルコム株式会社の創業に参画。取締役COOとして、新規事業開発、海外支社マネジメント、営業、人事、オペレーション等、経営全般に10年間携わる。グロービスに参画後は、社内のEdtech推進部門にて『GLOBIS 学び放題』の事業リーダーを務める。グロービス経営大学院や企業研修において思考系、ベンチャー系等のプログラムの講師や、大手企業での新規事業立案を目的にしたコンサルティングセッションを講師としてファシリテーションを行う。著書に『AIが答えを出せない問いの設定力』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)
クロスメディアグループ(株)代表取締役
出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開中。
取締役から教員へ、人生の転機となった「問いの力」
小早川 鳥潟さんの、これまでのビジネスキャリアについて教えてもらえますか?
鳥潟 新卒で株式会社サイバーエージェントというインターネットの総合サービス企業に入社し、社会人2年目のとき、ご縁があって知り合った友人3人と一緒に、デジタル・PR会社を立ち上げました。
小早川 起業されたのは23歳。創立メンバーの中で鳥潟さんは取締役COO(chief operating officer)という立場でしたね。経営全般を見て意思決定もする、まさに経営者ですね。責任も大きく、大変だったのではないですか?
鳥潟 当時は経営のことが全くわかりませんでしたし、顧客数も顧客の規模も小さかったので、本当に大変でした。さらに、組織が大きくなると様々な課題も発生します。組織内部の統制が失われてしまい事業運営が困難になったり、黒字なのになぜかキャッシュがなくなっていたり、他にもいろいろな困難を経験しました。
小早川 起業されて10年後に株式会社グロービスに入社されていますね。グロービスの主な事業は社会人を対象とした研修、教育です。それまで経験されたことのない業界だったんですよね。
転職を決めた当時、鳥潟さんの会社は業界でも知られるようになり社員も増え、経営者として「これからだ」という時期だったと思いますが、そのタイミングでグロービスに参画されたのには、何か特別な想いがあったのですか?
鳥潟 幼少期に良い先生との出会いがあり、その頃から教師という職業に強い憧れを抱いていました。ですが、大学生のときに教育実習で訪れた中学校で、学生から「なぜ歴史の勉強をするんですか?」と質問され、答えられなかったんです。この出来事により「自分には人生経験が足りない」と感じたため、まずは人としての経験を積んでから教師になろうと考え、社会に出ることにしました。
会社経営を経験し、会社も順調に成長していく中で、心の中に持ち続けていた教育への想いが抑えきれなくなり、自分自身に問いかけたとき、答えはすでに自分の中に持っていることに気付きました。そして「このまま行動をせずに後悔するよりも、やりたいことに挑戦しよう」と覚悟を決めました。
さらに、「私には何が教えられるのだろう」という問いを繰り返すことで、自分自身の経験の価値に気付くことができました。20代の頃、何も知らずに起業し、いろんな失敗や成功を味わった経験を、これから起業したい人や会社経営をしたい人に伝えることが貢献になるのではないかと考え、グロービスに参画することを決めました。このとき、自分の人生の行く先を決めるために自問自答を繰り返したことが「問いの持つ力」に興味を持つきっかけになっています。
小早川 迷いはなかったのですか? ご家族からは反対されませんでしたか?
鳥潟 起業するときには、3つの手錠があると言われています。年収が減るという「黄金の手錠」、今まで築いてきた自分のポジションが途絶えるという「社会的地位の手錠」、そして家族に対する「責任の手錠」です。この3つは会社でキャリアを積むほど強くなると言われています。
私の場合、事業も軌道に乗り、収入も増えていましたし、取締役という社会的地位もありました。ですが、教育に携わりたいという想いの前では、お金と地位は重要ではありませんでした。
ただ、私には妻と当時1歳の子供がいたので、家族に対する責任を感じており、心は決まっていながらも一人で悩んでいました。さすがに伝えなければならない時期になり、思い切って妻に打ち明けたところ、「最低限暮らせるんだったらいいんじゃない」と言われたんです。この言葉で気持ちが吹っ切れました。
全く経験のない業界でしたので、グロービスへは一社員として入社しました。今まで持っていた3つの手錠をすべて手放して、教育の道へ踏み出したのです。
「教える」ではなく「問う」教育スタイル
小早川 グロービスではどのような取り組みをされてきたのでしょうか。
鳥潟 大きく2つあります。1つは教員としての活動です。グロービス経営大学院で「起業したい」「経営に携わりたい」という社会人の方々に、私の失敗体験も含めてお伝えしています。これは生き甲斐を持ってやらせていただいています。
もう1つは、「GLOBIS 学び放題」という動画学習サービスの事業リーダーです。経営学の大学院修士課程を修了すると授与される学位MBA(Master of Business Administration)の学びを民主化したいという想いで、2016年から始めました。
小早川 新刊『AIが答えを出せない問いの設定力』の内容はAIの活用を中心においていますね。鳥潟さんは普段、AIをどのように活用されているのですか?
鳥潟 以前からグロービスの社内でもAIの活用に注目していました。まず、OpenAIがChatGPTのAPIを公開した翌日には新サービスのプレスリリースを出し、それから数か月の間に複数のサービスをリリースしました。
「GLOBIS 学び放題」で実際に活用しているサービスを1つご紹介します。受講生が動画学習をした後にコメントを書き込むと、私たち教員のメソッドをプロンプトとして設定されている生成AIが、フィードバックを行うというものです。現在、「GLOBIS 学び放題」の受講者数は数十万を超えており、そのユーザー一人ひとりに人力でコメントをすることは不可能です。それが、AIを活用することで可能になりました。
プロダクトの開発は、私もエンジニアやデータサイエンティストと連携して取り組んでいて、今後も利用者様に価値貢献をしていきたいと思っています。
プライベートでも、昨年の夏頃から英語の学習を完全にChatGPTに切り替えました。フィードバックしてくれるようにAIを育成して、毎朝、犬の散歩をしながら30分ほどAIと会話しています。今、AIが私の英語の先生になっているわけです。
小早川 私達出版業界は知識産業で、生成AIが発達すると仕事がなくなってしまうのではないかとも言われています。ただ、ChatGPTを使っていて感じることは、AIを使いこなすには言語化力、知識、教養が必要だということです。
鳥潟 まさにその通りだと思います。人間社会において何が真・善・美なのかという判断は人がしなければならないと感じます。問いの質によってAIが導き出す選択肢は変わり、その選択肢から正しい答えを選ぶ能力も必要です。この能力は、人の経験に基づく教養や歴史観、そして何を正しいとするのかという価値観や倫理観に紐づいてきます。
小早川 鳥潟さんの教育スタイルは「教える」よりも「問う」ことが多いのでしょうか?
鳥潟 今まで会社の社員教育も含め、様々な場面で教育に携わってきました。その中で気付いたことがあります。
私が教育で向き合うのは大人の方々です。多くの方は、それまでの経験から導き出した「こうした方がいい」という「解」をすでに自分の中に持っています。ただ、それに気付いてないか、気付いていても実行できないバリアがあるのか、何かしらの課題があるんです。私の役割は教えることよりも、皆さん自身が自分と向き合う手助けをすることです。未来を決めるのは他人でもAIでもなく、自分自身です。
AIにはない「問いの設定力」「決める力」「リーダーシップ」
小早川 『AIが答えを出せない問いの設定力』は大好評で、増刷も決まりました。クロスメディア・パブリッシングから本を出版すると決めたきっかけを教えてください。
鳥潟 AIを日常的に活用する中で、私の中にAIに対する問題意識が生まれていました。それを言語化し、アウトプットしたいと思っていたところに、本の出版のお声がけをいただきました。
本にするとなると力が入ります。そこで、初めに担当編集者の方に「外部の情報をまとめるという書き方と自分自身の想いを整理して伝える書き方、どれくらいのバランスで執筆したらいいでしょうか」という質問をしたんです。すると「鳥潟さんは、今までの経験や今考えていることを、ただ出してもらったらいいんです。編集は任せて下さい」と言われ、肩の荷が下りました。それで、クロスメディア・パブリッシングで本を書かせてもらおうと決めました。
小早川 実際、本を書かれてみて感じたことはありますか?
鳥潟 とてもいい経験をさせていただきました。もちろん、一人では書けなかったと思います。AIに対する問題意識は、本の執筆に取り組む時点ではまだぼんやりしていました。担当の編集者の方と何度もディスカッションを重ねることで、どんどん言語化することができました。
小早川 鳥潟さんの感じているAIに対する問題意識とはどのようなことでしょうか?
鳥潟 私の中で3つの問題意識が生まれています。
1つ目は、AIに入力する問いの質によって得られるアウトプットに大きな差が出るということです。「問いの設定力」に関するノウハウはプロンプト・エンジニアリングと呼ばれ、研究が進んでおり、これからも進化し続けるでしょう。
2つ目は「決める力」が必要になってくるということです。AIが出した回答に対して、最終的にどうするのかを決めるのは人間です。決める力は、これからますます求められるようになります。
3つ目は、今後生成AIが発達して素晴らしい提案をしてきたときに、「人はそれに従いたいのか」ということです。私は人を動かすのは人だと思っています。「リーダーシップ」がより必要になってくると感じています。
激動の時代を生き抜く能力を身につける
小早川 鳥潟さんのお話や本の内容からは、これからの時代にAIではなく人として求められる能力や大切なことが説得力を持って伝わってきます。それは、今までの経験があるからこそなのだと感じました。
鳥潟 私自身、ずっと悩みながら生きてきました。経験がないのに起業したり、一度キャリアをリセットして教育の道に進んだりと、激動の経験をさせていただいている人生です。本当に何度も自分に問いかけ、悩み続けてきました。この経験が全て私を形作っていると感じます。
小早川 今回の本のタイトルにある「AIが答えを出せない」とはどのようなことですか?
鳥潟 今、AIの発達により時代の変化が早くなっています。また、デジタル技術を活用して生活やビジネスを変革するDX(デジタル・トランスフォーメーション)や消費者を誤認させる「グリーンウォッシュ」などの問題も起こり、世の中全体で情報が錯綜しています。これでは、どうしても外に意識が向きがちになってしまいます。ですが、時には立ち止まって自分の内面と向き合ってみてください。AIに聞けば、次々に提案をくれるでしょう。でも、大切なのは自分自身がどうしたいかです。その答えは自分の内面にあります。
自分の想いを大切にしながら、今の激動の社会を生き抜くノウハウを、今回クロスメディア・パブリッシングと一緒に作った本、『AIが答えを出せない問いの設定力』に詰め込みました。この本を皆さんにとっての一つの武器にしていただけたらと思います。
編集・文:渡部恭子(クロスメディア・パブリッシング)
AIが答えを出せない 問いの設定力
著者:鳥潟幸志
定価:1,848円(1,680+税10%)
発行日:2024年4月2日
ISBN:9784295409472
ページ数:272ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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