「社会の基盤をつくる」計量の誇り。地域に根差し、ものづくりの魅力をひろめたい。

水道、ガス、電気、ガソリン。私たちが享受する当たり前の日常は、すべて正確な「計量」という見えないインフラの上に成り立っています。この社会の根幹の1つである圧力計測の圧力計を117年にわたり守り続けてきたのが、株式会社木幡計器製作所です。独力で道を切り拓いた創業者の「ベンチャーマインド」は、時代を超え、現代表・木幡巌氏に受け継がれています。

かつて会社を守り抜いた祖母と母の背中を見て、計量の仕事が持つ「社会の基盤」としての責任の大きさを実感してきた木幡氏。時代の変化に伴うさまざまな課題に直面しながらも、製造の枠を超える独自のイノベーションに挑戦してきました。

その根底にあるのは「人」と「社会」へ貢献したいという強い気持ち。自分たちを育ててくれた地域と、大切な家族への「報恩」を経営の軸に据え、社会を支え続けてきました。

かつて「技術もお金も人もない」と嘆いた日々を越え、100年の伝統を守りながら、次の100年の安心を創造するに至るまでのプロセスに迫ります。

株式会社木幡計器製作所 本社外観

明治時代から引き継がれる「ベンチャーマインド」

1909年(明治42年)創業の創業から2026年で117年。私たち木幡計器製作所は、目に見えない“圧力”を計測する「ブルドン管圧力計」の専業メーカーとして、一貫してその歩みを続けてきました。実は、機械式圧力計の基本構造はフランス人のウジューヌ・ブルドンが1849年にブルドン管圧力計を発明して以来177年以上経った今もほとんど変わりません。その不変の技術を日本でいち早く形にしたのが、私の曽祖父である創業者・木幡久右衛門でした。

木幡製作所創業者・木幡久右衛門氏

当時、精密な計器は舶来品に頼らざるを得ない状況でした。家業の金物製造で研鑽を積んでいた久右衛門は、海外製の圧力計をバラバラに分解し、その構造を徹底的に研究しました。そこで目にした独特な形状の金属パイプ(ブルドン管)に、自らの技術の転用を見出したのです。「これからはこのメーターが必要になる時代が来る」。その直感と、金物鍛冶の技術を精密機器へと昇華させた情熱は、まさに時代を先駆ける「ベンチャーマインド」だと思います。

安定と信頼の象徴。
80年前の歴史ある自社制圧力計
後付けIoTセンサユニット「Salta®」

独力で製品化に成功して以来、私たちは「錨印(いかりじるし)」ブランドの旗を掲げ、造船、ボイラ、化学装置、油圧機器といったあらゆる産業分野へ製品を納入してきました。過酷な現場で「安定して信頼のおける計測標準」を提供し続けること。その誠実な積み重ねこそが、私たちの誇りです。この100年変わらない信頼を受け継ぎ、現代の技術で進化させたのが、後付けIoTセンサユニット「Salta®」です。これは、長年愛されてきたアナログメーターの良さを活かしつつ、設備を買い替えることなく、後付けでDX化を実現する画期的なレトロフィットDX製品です。

仕組みは、熟練の知恵と最新技術の融合です。メーターの針の中心軸に磁石を貼り付け、専用のガラス板に交換する。これだけで、内蔵された磁気センサーが針の回転角度を読み取り、15秒に1回(最短4秒から1分など、工場出荷時点で間隔は変更可能)などという一定間隔でデータをBluetooth送信します。創業者が心血を注いだアナログな計器が、今、デジタルデータとして世界とつながり始めたのです。

駆動源はコンビニでも手に入るリチウムコイン電池ひとつ。配線工事も一切不要です。これまで現場担当者が目視で確認し、手書きで記録していた点検作業を、後付けするだけで一気に自動化・デジタル化する。それが「Salta」というイノベーションです。

なぜ、100年続くアナログな計器を、わざわざ今デジタル化するのか。それは、圧力計が現場の「命を守る」という極めて重い役割を担っているからです。

例えば、高層ビルの建設現場。巨大な鉄骨を吊り上げるクレーンは、すべて油圧で動いています。もし点検を怠り、圧力が急落すれば、鉄骨は落下し甚大な事故を招きかねません。圧力計は、現場の異常をいち早く察知するための「安全確認の目」そのものなのです。また、弊社はただ圧力を測るだけでなく「計量技術で新しい価値を創る」ことにも挑戦してきました。そのひとつが、単体で計測可能な専用計測器としては国内で弊社だけが、製造している、呼吸筋力を測定できる専門機器です。

呼吸筋力を測定できる、国内唯一の専門機器

実は、開発を始めるとき、専門のアドバイザーからは「小規模な会社が医療機器に手を出すのはリスクが大きすぎる」と反対されました。それでも私が諦めなかったのは、肺腺癌(肺の悪性新生物)で亡くなった先代社長でもあった母との約束があったからです。

「私が最初の実験台やな」そう言って開発を応援してくれていた母は、残念ながら製品化を待たずに旅立ちました。呼吸器系の疾患は自覚症状が出にくく、気づいた時には手遅れになるケースも少なくありません。「もっと早く筋力の衰えを察知できていれば、母のような境遇の人を救えるかもしれない」。その一念が、私を突き動かしました。母の応援がなければ、この製品が世に出ることはなかったでしょう。これは、技術者として、そして息子として捧げる、一生をかけた「親孝行」なのです。

仕事への「義務感」が「誇り」に変わるまで

私は長男として生まれ、2人の妹がいます。「後を継げ」と言われたことは一度もありません。ただ、幼い頃から工場の職人さんたちに可愛がっていただくうちに、いつしか「将来はこの仕事をするんだろうな」と思うようになっていました。

その後、大きな転機が訪れます。婿養子として家業を支えていた父が、母との離婚を機に家を離れたのです。そこから会社を支え抜いたのは、祖母と母でした。約40年前、男社会の工業界で女性が経営の舵を取る苦労は、想像を絶するものだったはずです。二人の背中を間近に見ていた私は、「一日も早く一人前になり、二人を楽にさせてあげたい」という一心で、学生時代から製造ラインに立ち、計器を作り続けました。

当初、私を突き動かしていたのは「自分が継がねばならない」という半ば義務のような感情だったかもしれません。しかし、業界で研鑽を積み、計量器の安定供給がいかに社会の命運を握っているかを知るにつれ、仕事への向き合い方は「義務」から「誇りある責任」へと昇華していきました。

木幡家が代々、家訓のように大切にしてきた言葉があります。それが「誠意」です。 「誠意は通じる。どんな逆境にあっても、誠意を持って仕事に向き合え」。幼少期から繰り返し聞かされてきたこの教えは、ごまかしの利かない「計量」という仕事において、何よりも揺るぎない土台となりました。

現在、私は大阪府計量器工業会の副会長を務めていますが、表彰式などの場で必ずお伝えするのが「計量法第1条」の一節です。そこには、適正な計量を行う目的として「経済の発展」とともに「文化の向上に寄与する」と記されています。 なぜ、計量に「文化」という言葉が添えられているのか。それは、正確な物差し(基準)がなければ、人と人との信頼関係は成立せず、高度な文明を築くことはできないからです。計量とは、人間社会の信頼の形そのもの。だからこそ、その担い手には、数値の裏側にある「誠実さ」が絶対的な条件として求められるのです。

誠実なものづくりが結実した、信頼の証

壊れたまま5年間放置されていたメーターから見出した製造業の再定義

現在、製造業は深刻な人材不足に直面しています。中でも若者の「製造業離れ」は深刻です。いまだに古い「3K(きつい、汚い、危険)」のイメージが根強く残っていると感じます。ましてや、弊社がつくる「圧力計」のような工業製品は、一般の方には馴染みが薄く、どこで何に使われているか想像しにくいものです。
だからこそ、工場見学に来られた方には、「計る(計量)」ということが、どれほど私たちの生活に密接に関わっているかをお話ししています。

例えば、ご家庭の水道、ガス、電気はすべてメーターで計った使用量に基づいて料金を払っていますよね。もしメーターが狂えば、それは不正取引と同じです。正しい計量があるからこそ、日常の安心・安全が守られているということをお伝えするようにしているのです。

また、計量行政の世界には「計量2次標準」という考え方があります。例えば、ガソリンを給油する際は「1リットル〇円」という表示を見て、何の疑いもなく対価を支払いますよね。
スーパーでお肉を買う時も同じです。もしメーターが狂っていれば、社会の経済秩序は一瞬で混乱に陥ってしまうでしょう。

正しい計量が日常を支えているからこそ、安心して生活し、取引をすることができるのです。「見えないところで社会を支える価値」を、時代に合わせて啓蒙し続けることも私たちの大切な使命です。

日々の緻密な作業の積み重ねが、社会を支えている

人材不足は、設備保全の現場においても深刻な状況です。そのことを実感したのは、ある地下駐車場で壊れた2つの圧力計を見たときです。
ひとつは針が取れて下に落ち、もうひとつは振り切れて真下を指していました。
私たちにとって、製品は社会に嫁いだ子どものような存在。その子どもが役割を果たせず、無惨な姿で放置されているのを見て、悲しくて仕方ありませんでした。

それでも見守り続けましたが、新しいものに交換されるまで、なんと5年間も放置されていました。設備の現場における人手不足によって、安全管理が形骸化しているのでしょう。

今、ビルの管理や清掃をされているのは、70代の方々が中心です。若い人が入ってくる機会は少なく、業務の引き継ぎもままなりません。そんな状況では、どんなに新しいメーターを供給しても、適切に管理・点検し続けることは難しい。

良い製品を作って売ることは大切な仕事です。でも、それだけでは世の中の課題を解決できないと気づきました。私たちは、メーターを作った先の点検や安全管理をいかに楽にするかを考えるべきだ。そう発想が転換された瞬間でした。

イノベーションのキーワードは「なぜ」と「そもそも」

100年以上も基本構造が変わらず、差別化が極めて難しいこの業界において、私たちが新しい価値を生み出し続けられた背景には、「なぜ」と「そもそも」という二つの問いがあります。

例えば「そもそも、なぜメーターは黒やシルバーばかりなのか?」という疑問です。現場では、配管の中身を識別するために「蒸気は赤」「水は青」と色分けされた配管識別テープを巻く習慣があります。ならば、メーター自体を色分けすれば、遠くからでも一目で用途が判別でき、誤操作も防げるはずです。 単に色を塗るだけでは特許には至りませんが、私たちはケースに後付けできる「識別カラーリング」や、用途を明記できる標識型デザインを考案することで、既存の製品に新たな利便性を付加しました。

また、RFID(無線ICタグ)搭載型メーターの開発でも「そもそも」を深く考えさせられる出来事がありました。当初、私たちは「専用リーダーをチップにかざせば、点検者の名前と点検日と時間が記録される」という管理システムを開発し、画期的な製品だと自負していました。 しかし、展示会での反応は意外なものでした。「かざすだけで、針が指している『数値データ』まで読み取れるのか?」と多くの来場者に問われたのです。私が「いえ、数値はあくまで目視して、手入力が必要です」と答えると、ガッカリされてしまいました。

「記録が残る」ことよりも、「読み取る手間をなくす」ことこそが現場の本質的なニーズだったのです。このショックと、あの5年間放置されていた地下駐車場のメーターの光景が、私の中で一つに繋がりました。どれほど管理記録を残せても、点検そのものが負担であれば、結局は現場で見捨てられてしまう。 「そもそも、点検という行為そのものを自動化しなければ意味がない」。この気づきが、既存のアナログ技術に磁気センサーと無線通信を掛け合わせ、目視すら不要にした「Salta®」の誕生へと結びつきました。

「なぜ」と「そもそも」を泥臭く深掘りし、現場の痛みに寄り添い続ける。この試行錯誤の繰り返しこそが、100年の伝統の上に、次の100年の安心を積み上げる唯一の道だと確信しています。

「なぜ?」の深掘りが、次世代の安心をつくる

かつての私は「技術も金も人もない」と自社を卑下していました。しかし、ある小規模な家族経営の会社が「小回りこそが武器。急ぎなら徹夜で仕上げる」と断言する姿に、衝撃を受けたのです。 巨大な「ゾウ(大企業)」と小さな「アリ(中小企業)」では、力比べをすれば勝負になりません。しかし、アリは自分の体重の数十倍を運び、体格比の移動速度では人類を凌駕します。視点を変えれば、アリは最強の存在になれる。企業も同じです。一見弱点と思える「小ささ」も、発想を転換すれば、他には真似できない唯一無二の強みに変わるのです。

発想を転換すれば、弱点は最強の「武器」に

ものづくりの面白さを次世代へ伝えたい

私たちの拠点、大阪市大正区は人口減少と高齢化という深刻な課題に直面しています。かつての「ものづくりの街」から工場が消え、跡地にマンションが建つと、騒音問題などで隣接する工場まで操業しづらくなる。このままでは産業が空洞化してしまう――。そんな危機感から当時の大正区では、「ものづくりの街・大正」という言葉のもと、町工場や製造業の技術を地域資源として捉え直す動きが生まれていました。

負の連鎖を止めるには、地域全体で「ものづくりこそがこの町の誇り」だという意識を育まなければなりません。私自身、2015年から8年間にわたり「大正ものづくりフェスタ」の実行委員長を務めてきました。地元の子供たちに、ものづくりの楽しさと職人の技を体験してもらい、町工場の凄さを肌で感じてもらう。一見、自社の利益には直結しない活動ですが、私は強い信念を持って向き合っています。

地域と一体となったワークショップ

ある時、年配の男性が工場に来て、先代たちが切り盛りしていた頃を懐かしそうに振り返リナがら、「僕は子どもの頃、お宅の工場の中で遊ばせてもらっていたんです。あの時のワクワクした原体験があったからこそ、定年までものづくりの現場で働き抜くことができました」と話してくださったのです。

かつて私たちの工場が蒔いた「ものづくりの種」が、数十年の時を経て、一人の人生を支える糧となっていたことに気付かされました。直接うちの社員にならなくても構いません。この町で触れた技術への感動が、どこかで日本の産業基盤を支える人材を育むきっかけになれば、それだけで十分です。

街全体で「ものづくり」をブランド化し、次世代へバトンを渡していく。117年の歴史を背負う企業として、この誇り高き文化を繋ぎ続けることこそが、私の生涯をかけた使命です。

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