「みんなで“いただきます”しようね」「トイレに行っておかなくていい?」
たくさんの保育園で日常的にかけられるこんな言葉が、子どもの主体性を奪っているとしたら……?
東京・横浜で3つの施設を展開する保育園「マフィス」。保育方針の根本は、「子ども主体の保育」です。子どもの「自分で考え、自分で判断する力」を尊重し、保育者は先回りしないように見守ります。
一方で、マフィスの事業は「子どものため」だけではありません。最大の特徴は、保育園と隣接したシェアオフィス(※1)です。親は子どもの様子を感じながら、安心して仕事に集中できます。
「子ども主体」と「親の利便性」。この二つの軸は、「主体性を持った子どもを育てることが、親の幸せにつながる」という確信によって結ばれています。
幸せになるために家族を持ち、子どもを産んだ。それなのに小さながまんを続け、「キャリアと子育てを両立できない」と悩んでしまう。新しい保育の原点は、経営者自身の体験にありました。
※1:3園のうち2園がシェアオフィスの隣接する企業主導型保育園。もう1園はシェアオフィスを隣接しない認可保育園

髙田麻衣子(たかた まいこ)
オクシイ株式会社 代表取締役。
1977年富山県生まれ。父も両祖父も起業家という家庭で育つ。大阪市立大学生活科学部卒業後、国内の不動産デベロッパー数社に勤務。仕入れ、企画、マンション販売、リーシングから、人事、教育、広報・IR、営業支援システム開発、教育プログラム開発など、フロントからバックまで全般的な業務に従事。プライベートでは1男1女の母。自分らしい生き方を求めて、2014年にオクシイ株式会社を設立。同年12月に、保育サービス付シェアオフィス「マフィス馬事公苑」を開業。現在は「マフィス北参道シェアオフィス道」「マフィス横濱元町」「マフィス白楽ナーサリー」の3園を運営している。
マフィスウェブサイト https://www.maffice.com/
「みんなでいただきます」が奪うもの
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当社では、「マフィス」という保育園を3つ運営しています。そのうち1園は、認可保育園。ほかの2園は企業主導型保育園として、シェアオフィスと一体になっています。
シェアオフィスでは、自分の子どもを預けた保育園の隣で仕事ができます。お客様からは、「子どもの声がBGM代わりになって安心」「子どもを預ける罪悪感が減った」といった声をいただいています。
それに、利用者同士のつながりが魅力だという方もいます。仕事や育児の悩みを共有しながら同僚と一緒に子育てをするような感覚で、ご利用いただいているのかなと思います。
こうした特徴から、当社の事業は「保育付きのシェアオフィス」として注目されがちですが、その軸はあくまで保育です。しっかりとした保育理念を打ち立てて、現場に反映させていく。それが未来の子どもたちにとっての、最善の利益になると考えています。
マフィスのコンセプトは、「子ども主体の保育」。言い換えれば、「大人の都合を優先させない」ということです。
たとえば、多くの保育園では、1日のスケジュールの中にトイレの時間を組み込んでいます。オムツからトイレへのトレーニング期間では、子どもはよく失敗してしまいます。それを防ぐため、尿意を感じる前から「トイレに行きましょう」と習慣的にトイレへ誘導する。この背景には、「子どもにお漏らしをされると大変」といった大人側の思いが影響している場合があります。
それに、昼食の時間も決まっている保育園のほうが多いですよね。時間になったら、毎日同じ歌を歌って、みんなで「いただきます」。これも、「同じタイミングで食べさせたほうが対応しやすい」という大人の都合です。
マフィスでは、一定の幅の中ではありますが、子どもたちが自分の好きなタイミングで食事をとることができます。美味しそうな匂いがしてきたらすぐに「食べたい」とテーブルに向かう子もいますし、「このお絵描きが終わってから」と遊びを続ける子もいます。
子どもは、ちゃんと自分で考えて、自分で判断する力を持っています。おしっこがしたい、けれど遊びたい。ご飯を食べたいけれど、遊びもやめられない。尿意や食欲という生理的欲求と、いま集中している遊びへの知的欲求を戦わせているわけです。どちらを選ぶかの葛藤のさなかに大人が先回りしてしまえば、主体性の芽を摘んでしまいます。子どもが自分で答えを見つけられるように、導くことが大切です。
ただし、ご家庭でも保育園と同じことをしてほしいと思っているわけではありません。家事に育児にとバタバタする時間にお子さんのやりたいことを優先していては、親御さんの寝る時間がなくなってしまいます。まずは長い時間を過ごす保育園の中で、自分で考えるように促す。そうして子どもたちの中に判断軸ができていけば、きっとお家の中でも同じようにできるはずです。
| マフィスの「子どもへの接し方」6つの指針 ①子どもの気持ちを「全面的に尊重」 子どもの行動に対して、すぐに「よかった」「駄目だった」と評価をしない。まずは事実を受け止めて、ありのままを認める。 ②子どもの邪魔をしない「考えた見守り」 子どもが想像力を膨らませて遊んだり何かに取り組んだりしているときは、邪魔をしない。接するタイミングや距離感を考えて、子どもたちの安全を見守る。 ③子どもが求める「ていねいすぎない援助」 子どもがどんなことにチャレンジしているのかを理解する。できないときにただ手を貸すのではなく、子どもが自分で考えて答えを見つけられるように促す。 ④どんな場面でも「肯定的な表現」 子どもがいけないことをしたときに、「ダメ!」「やめて!」と否定的な言葉で伝えない。肯定的に声をかけ続けることで、子どもたちを前向きに導く。 ⑤子どもの行動や発見の「過程と結果に共感」 「できた」「できなかった」といった結果だけではなく、過程にも共感する。うまくいかなくても、その過程での努力や工夫に着目する。 ⑥子どもの感情のコントロールを「客観的に認知」 子どもたちは感情をコントロールする力を持っている。無理やりわからせようとするのではなく、一つひとつ子どもの納得を促していく。 |
| マフィスの「大人のふるまい」4つのポイント ①きっかけ 指示や号令ではなく、導入や援助を心がけて接する。子どもの様子をしっかりと観察して、やる気を引き出すきっかけをつくる。 ②しかけ 子どもの発育状況や興味関心を観察して、理解する。職員同士で対話し、さまざまな面で最適な保育環境を整えていく。 ③お手本 「子は親の鏡」と言うように、「園児は保育士の鏡」。あいさつや所作、協調性など、子どものお手本になるように行動する。 ④憧れ 子どもは、自然と大人に憧れを持つ。保護者に次いで身近な大人として、多くの子どもたちの憧れになるようなふるまいをする。 |
自分の人生にエネルギーを注げるように

先ほど、子どもにとっての最善の利益とお話ししましたが、私が起業したのはママにとっての最善の利益を尊重するためです。保育園の「Maffice」という名前は、“Mam and family’s office”が由来で、「ママと家族のシェアオフィス」という意味を込めています。子どもにとっての利益を追求することが、大人にとっての利益にもなると考えています。
マフィスでは、シェアオフィスのほかにも親御さんのためのさまざまなサービスを用意しています。
例えば、「手ぶらで登園」です。子どもを保育園に預ければ、お昼寝用のシーツや着替えなど、たくさんの荷物が必要になります。それを持ち帰って、週末に洗濯してまた持っていくのは想像以上の重労働です。
マフィスでは、園でお昼寝用のシーツやお洋服の洗濯に対応します。オプションサービスではありますが、オムツも用意しています(※2)。親御さんは、自分の荷物だけを持ち、お子さんと手を繋いで家を出ることができます。
それに、食事にもこだわりがあります。昼食とおやつを合わせて1日25品目、安心・安全な食材を使用しています。もちろん子どもの発達のためではありますが、発想は「親のため」です。お家では少し楽をしてもいいように、保育園でバランスの取れた食事を摂れるようにしています。
また、一般的な保育園の場合、一度お迎えに行くと、その日は預け直すことができません。子どもが小さな頃は、熱が出たり耳が痛くなったりと、頻繁に病院にかかるものです。働く親御さんは夕方まで仕事をしてから子どもを迎えに行って、混雑した小児科に連れていく、といったことが多くなります。
こうした課題に対して、マフィスでは一度親御さんがお子さんを引き取っても、感染症や高熱ではない限り再度預けることができるようにしています。リモートワークを活用しつつ、昼間のアイドルタイムや休憩時間を調整して、お子さんを病院に連れて行く。その後は保育園に預け直して、隣接のシェアオフィスで仕事に戻ることができます。
このように、子育ての負担を軽減するための方法をいろいろと考えています。ただ、こうしたサービスも大切ですが、先ほどお話しした子どもの主体性を育てるための保育が、何よりも親のためになると考えています。
子どもが受動的なままに育てば、何歳になっても親が手をかけ続けなければいけません。子どもの将来を代わりに考えて、失敗しないようにと学費にお金を費やして、何とか人生を整えようとする。そうして共依存の状態が何年も、何十年も続くことになります。これでは、親はいつまで経っても自分自身の人生にエネルギーを注ぐことができません。
いずれにしろ、子どもが育てば保護者が介入できないことも増えていきます。家を出る、成人する。そのときに、たくましく自分の人生を進んでいけるようになっていてほしい。これはどんな親御さんにも共通の想いですよね。「この子は自分で人生を切り拓いていけるな」と思えれば、そこからは要所だけ関わればいい。親にとっても子どもにとっても、これがいちばん幸せな関わり方ではないでしょうか。
※2:認可保育園ではオプションサービス、企業主導型の2園は標準サービス
胸を張って子どもに「ごめん」と言える仕事

私の父は、30代で独立しています。祖父も実業家として製造業の経営をしていました。そんな環境で育ったこともあり、もともと起業に対しての心理的なハードルはあまり高くありませんでした。
とはいえ、「絶対に独立するぞ」と思っていたわけでもありません。たまたまキャリアを重ねる中でもっと飛躍したいと感じるタイミングと子育てがぶつかってしまったのが、現在の事業を考えるようになったきっかけです。
私には2人の子どもがいて、約7年間、会社勤めをしながら子育てをしていました。子育て中、親は毎日少しずつのがまんを続けています。会社のルールの中で働き、同時に保育園や社会のルールもある。納得いかないことに目を瞑って、やりたくないこともしながらバランスを取っていくわけです。
子育てをしていると、どうしてもキャリアアップのスピードは落ちます。責任のある仕事から外されたり、サポート的なポジションに回ることになったりします。管理職になっても、「残業もせずに、部下のことを管理できていない」といった雑音も聞こえてきます。
そんな中で、「自分はこんな仕事がしたい」「自分の強みはここにある」、もっと言うなら、「無駄に残業している人よりも、私のほうが絶対に成果を出している」と思うこともありました。
子育てを理由に仕事にコミットし切れないもどかしさを感じるのと同時に、子どもの気持ちから目を背けて働いていることへの葛藤もあります。子どもが病み上がりで辛そうなのに、無理やり保育園に預けなければいけない。「ごめんね」と自分の気持ちを押し殺して預けても、仕事中に保育園から「熱が上がりました」と連絡が来てがっかりする。いろんなジレンマがあったんです。
子どもに寂しい想いをさせてまで働いているからこそ、仕事にやりがいを持ちたい。大好きだと言える仕事をしたい。「ごめん、あまり一緒にいてあげられないけど、ママは社会にこんな貢献をしたいから頑張っているんだよ」と胸を張って言いたい。そう思って独立を決めました。
ただ、がむしゃらに働くことだけが大切だとも思いません。周囲を見ていると、お母さんが明るい家庭では家族関係がうまくいっているように思います。でも、いつも仕事を頑張って、家族のために尽くしていたら、「なんで私ばかり」と考えてしまいますよね。
ネガティブにならない方法は、シンプルですが、無理をし過ぎないことだと思います。以前、マフィスで出会ったお母さんに、こんなことを言われました。
「高田さんはスケジュールが空いていると不安になるタイプでしょ。女性が結果を出したいなら、男性と同じように考えてはダメ」
女性はどうしても仕事が体調に左右されやすい。予定をガチガチに詰め込むのではなく、仕事の繁閑や自分の体調を理解して、その流れに自分を上手に乗せていくことが大事。その言葉に深く納得しました。
子育てに追われている最中は、「いまのキャリアを手放したら、もう二度と自分にチャンスは巡ってこない」と思ってしまうものです。私もそうでした。でも、子どもはいずれ大きくなります。子育ての苦労や悩みがなくなるわけではありませんが、手はかからなくなっていきます。
無理をせずに、この期間だけは子育てのプライオリティを上げて、仕事をゆるゆるとやっていく。そんな数年間があっても、実力とやる気があれば絶対に挽回できます。私と同じように悩む人には、「心配しなくていいよ」と言いたいです。
「美しく生きる人」が連なる未来をつくる

現在、私の子どもは高校生と中学生になりました。どちらも公立の学校に通い、長男は大学受験に向けて勉強を頑張っています。一方で、特に都心では、中学校や小学校から受験をして私立に通う人も多いですよね。
子育てをしていると、「自分と子ども」ではなく、「自分とほかの親」「自分の子どもと他人の子ども」を比較してしまいがちです。優秀そうな他人の子どもを見て、その生き方や親の育て方が正解なのではないかと思ってしまう。子どもが有名な学校に入っても納得できず、「このままだと良い成績を取れないよ!」と言い続ける親御さんもいます。
良い学校に入るために頑張ることが、悪いと言いたいわけではありません。大学付属の学校に入れば、そこから受験にとらわれることがなくなります。子どもの好きなことに没頭させてあげられる環境を早い段階でつくるという考え方も、素晴らしいと思います。
どんな環境を選べばいいのか、その基準は子どもの適性や性格によって異なります。選んだ先の幸せも、比べられるものではありません。本人が納得できるかどうかです。
それは親も同じです。私は起業家として生きる中で、少なからず子どもとの時間を制限してきました。対照的に、専業主婦で子どもとの時間を大切に過ごす人もいます。それがうらやましいと思うわけではありません。専業主婦を選んだ人も、本当は仕事をしたかったのかもしれない。
誰もが、何かを諦めて生きてきたはずです。すべては手に入らない中で、自分の人生で何を優先するのかを選択していく。そこに納得感さえあればいいのではないかと思います。
納得感のある選択ができない理由が「時間がないから」というのであれば、解決したい。子育て中は、自分のために使える時間が圧倒的に少なくなります。子どもが小さいうちは、パパに預けて美容院に行くことすら難しい。自由な時間があったらやっていたはずのことは、誰にでもあるのではないでしょうか。マフィスのようなサービスを通して、自分のやりたいことに使う時間を、少しでも保ち続けてほしいと思います。
当社の社名は、「オクシイ」といいます。私の地元である富山の方言で、「きれい」という意味です。これは外見の美しさだけではなく、内面も表しています。
年を重ねていくと、生き方が人相に現れてきます。誠実さや芯の強さ、思いやり、他人に感謝する心、やりたいことを諦めずに挑戦する姿勢、失敗しても立ち上がる強さ。そうしたものを持ち、自分自身のやりたいことを大事にしながら、周りの人も尊重する生き方をする人が美しいと感じます。
お母さんやお父さんが“おくし”ければ、子どもはそれを自分のロールモデルにするでしょう。大人も子どもも、美しくあり続けてほしい。そうすれば、日本の未来はもっと明るくなっていくはずです。
編集・取材・文:久保木勇耶(クロスメディア・パブリッシング)













