Amazon、楽天市場などの大手通販モールの拡大により、販路として定着したEC。多くの企業が自社の商品やサービスを売るチャネルを増やすため、自社ECサイトへの展開を検討しています。
自社ECサイトを構築するシステム「ecforce」を提供するSUPER STUDIOの飯尾元氏は、「たった一人の心をつかんで離さない商売をすることが大切」と説きます。
EC業界の最先端を駆ける同氏に、D2Cの本質とは何か、ECに向く商品やサービスとはどんなものなのか。売り上げを上げ、ビジネスを拡大させるために必要なことを伺いました。
飯尾 元(いいお・げん)
大学卒業後、楽天株式会社に入社。その後外資コンサルファームにて、新規事業開発やビジネスモデル変革等のプロジェクトに従事。 2019年にSUPER STUDIOに入社し、2021年に執行役員に就任。現在はCMOとしてecforceのセールス&マーケティング部門と自社EC部門を管掌。
良いものがきちんと売れる世界を創る
今の時代、インターネットで商品やサービスを売る企業はたくさんあります。私たちはそうしたメーカーに向けて、「ecforce」というSaaS(Software as a Service:必要な機能を必要な分だけサービスとして利用できるようにしたソフトウェア)を提供しています。
「EC」と聞くとAmazonや楽天市場をイメージされる方も多いと思いますが、ecforceは自社でECサイトを構築できるプラットフォームです。同様のサービスは他にもありますが、ecforceの特徴は、自社D2CブランドのEC運営で培った知見やノウハウに裏付けられた機能・プロダクト開発を行っているというところです。そのため、事業者が本当に必要とする機能やプロダクトが揃っており、しっかりと売り上げを伸ばしていくことができます。
企業が新しいシステムを導入する際、コスト面での議論が先行しがちですが、大切なのはきちんと売り上げに繋げることです。ECではCVR(コンバージョン率:サイトを訪れた人が購入に至った割合)やLTV(顧客生涯価値:一人の顧客にどれだけ商品やサービスを利用してもらえたかの目安となる数値)といった指標がとても大事です。ecforceはこれらを改善する機能が充実しています。
また、売り上げの規模が拡大してもEC運営における業務負担が変わらないよう、例えば出荷や受注処理の部分では自動化の仕組みを整えるなど、業務効率の改善に貢献しています。IT人材の確保が年々難しくなっていく中、専門的な知識がなくともEC運営ができるようECをシンプルにすることを目指し、ecforceの機能やアプリケーション群を充実させていきます。
ecforceを通して私たちが目指しているのは、「売り方の上手な商品やサービスだけが売れる時代を変える」ことです。良いものなのに、見せ方や売り方を知らないだけで埋もれてしまう商品やサービスが世の中にはたくさんあります。事業者のECやD2Cにおける知識やノウハウの格差を埋め、良いものがきちんと売れていく世界を創りたいと考えています。
Amazonは「最強の自動販売機」
「EC」イコール「Amazonや楽天市場などの大手通販モール」という認識の人もまだまだ多いと思います。間違ってはいませんが、ECをD2Cの手段だと捉えると両者は明確に異なります。
私たちはD2Cを、販売方法や商品・サービスによって「オンライン⇔オフライン」「有形物⇔無形物」の4象限で考えています。顧客にモノやサービスをダイレクトに届けることがD2Cの本質であり、大手通販モールだけで考えるものではありません。
例えば美容品メーカーが自社で美容クリニックを運営し、ロイヤルカスタマーに対してより価値のあるサービスを提供するとしたら、これもD2Cです。オフラインでもオンラインでも、何度もその店を訪れたり、サービスやモノを購入したりしたくなる動機をつくることがD2Cの本質です。
自社の商品やサービスをオンライン上で販売したいと思った際、Amazonや楽天市場などの大手通販モールに出店する方法と、自社サイトをつくる方法があります。多くのメーカーは、自社サイトを育てて地道に販路を確立するより、既に出来上がっている大手通販モールを利用するほうが確実で早く成果に繋がるだろうと考えます。
ECの黎明期であれば、大手通販モールに出店することが売り上げを上げる近道でした。しかし今、Amazonの中で競合に勝つには「世界最高」であることが求められます。似たような商品・サービス、似たような機能、似たような価格が並ぶ中で自社の商品・サービスを見つけてもらうためには、検索結果の上位に表示されなければいけません。特に扱う商品やサービスが生活必需品であれば、競合メーカーが星の数ほどあります。
このような状況で、お客様がわざわざ自社の商品やサービスを選んでくれる理由をつくることは極めて困難です。レッドオーシャンでわずかな利益を目指すことが得策だとは言えません。
これまでの商売は、オンラインでもオフラインでもお客様は店舗に依存していました。メーカーは、自分たちでお店を出さない限りリテール(一般小売)の顧客や、大手通販モールの顧客というように、それぞれの商圏を借りるしかありませんでした。
当然、メーカー側の意思で商品のディスプレイができるわけでもありません。毎月の定期購入や宅配など、サービスを付加することもできません。商品やサービスを、自分たちが売りたいように売ることができませんでした。
お客様からすれば、他社の商品やサービスと何が違うのかがわかりません。それゆえにどれを買っても同じだと判断し、より安いものを選ぶことになる。こうして競争はより激化していきました。
大手通販モールというチャネルにおいて、Amazonは「最強の自動販売機」です。世界中に向けて売ることができますが、商品やサービスのオリジナリティを伝えることは難しいです。
「たった一人の心をつかんで離さない商売をする」
D2Cに挑戦するメリットは、ライバルがいないところでお客様をリピーターにする仕組みをつくれることです。私たちがメーカーの業績アップを図る際に指標として大事にしているのは、冒頭にお話しした通り、CVRやLTVです。
CVR向上のためには、お客様が商品やサービスを見たときに「これが欲しい!」と思っていただくことが大事です。自社ECサイトの場合はネットの特性を生かした商品やサービスの見せ方で、オリジナリティを打ち出すことができます。
LTVの観点では、自社ECサイトであれば、他の店ではなく「ここで買う理由」をつくりやすいと言えます。一度来訪してもらったお客様の購買行動を分析することで、リピートに繋げることもできます。
これまでの商売では、お客様の情報はリテールや大手通販モールの資産でした。自分たちで売らない限り、どんなお客様が来るのか、どんな商品やサービスを買ってくださるのかは、メーカーに伝わりませんでした。これが自社ECサイトを運営することにより、お客様がどのように流入し、どのように買い物をしたかがわかります。お客様の情報が全てメーカーの資産になるということです。
では、どんな商品やサービスをどのように売ればいいのでしょうか。まず、取り扱う「モノ」の観点についてです。
D2C向きの商品・サービスは、希少性の高いものや特定の人の課題解決に繋がるものです。例えば「極小ロットでしか生産されない幻の日本酒」は、味と希少性で購買欲に訴えることができます。あるいは「劇的に薄毛を改善できる自社開発の育毛剤」は、特定の人の課題を解決することができます。定期的な購入が見込めるため、LTVも伸びやすいというメリットもあります。
いずれも「ここで買う理由」をつくりやすい商品・サービスです。このように商品やサービスとニーズをマッチさせることができれば、それだけで売れていくでしょう。
他にも、写真や動画といったインターネットの特徴を活かしやすい商品やサービスもD2C向きです。例えば、いわゆる「シズル感」の演出です。瓶に入ったはちみつは、スーパーの陳列棚やAmazonや楽天市場などに並んでいる限り、どれだけ容器のデザインを変えても「食べたい!」という欲求に訴えることは難しいでしょう。それがメーカーの自社ECサイトで、木匙ですくい上げた黄金色のはちみつがとろりと流れる動画が目に入れば、「美味しそう」だと感じてもらえます。ネットの特性を最大限生かすノウハウを知ることで、お客様の欲求にダイレクトに訴求できます。
このようにD2Cの販売戦略は、従来のように「多くの人に向けて、広く商売する」のではなく、自分たちの持つ「世界観」を伝え、一人のお客様との間に強い繋がりをつくることが大切です。「たった一人の心をつかんで離さない商売をする」ことが、結果的にビジネスを加速させることになります。
「モノ」だけでなく「コト」をセットにして商品価値を高める
D2C向きの商品やサービスについてお話ししましたが、「モノ」だけでお客様の欲求に刺さるような設計ができない場合、「コト」を組み合わせて考えます。
例えば、初めてプロテインを購入する人にとって、1kgの大袋を味見もせずに買うのはかなりハードルが高いです。これを少量ずつ、複数の種類の味を組み合わせて買えるようにしたとします。いろんな味を楽しめるし、「味が合わなかった」という失敗を避けることもできる。量当たりの単価が多少高額になっても、試してみようと思うのではないでしょうか。
あるいは、コンビニで売られているお菓子も、一定のファンはいながらも差別化が難しく、飛躍的に売り上げを上げることは難しいでしょう。
そこで、例えば「100円のお菓子を毎月まとめて10個買うと、有名なYouTuberがおススメする秘密の激ウマお菓子が届く」と謳えば、「1000円払ってでも買いたい」と思う人は必ずいるはずです。「来月はどんなお菓子が届くのだろうか?」という期待から、LTVを向上させる効果も見込めます。
従来、このような売り方はバイヤーやリテールの手間を増やすことになるため、嫌がられていました。しかし、ECならメーカーが思い描いた通りの売り方を実現できます。こうしてメーカーとお客様の絆が強まり、支持される商品やサービスが長くリピート購入されるようになります。
最速で最大の業績を上げるために
私たちがD2Cでの事業戦略を策定するとき、一つはアスピレーションのフレームを用いて考えます。ビジョンやミッションといった目標を上位概念として置き、それを成し遂げるためにどうすればいいのかを考える方法です。
これからD2Cを始める場合、「Why」の部分を社内で共有して欲しいと思います。自社の商品やサービスの魅力をきちんと把握し、なぜそれを買ってほしいのか、お客様にどのようなメリットをもたらすことができるのかを明確にする。「この商品やサービスを提供することで、お客様にどうなってほしいのか」というビジョンが大切です。
また、自社が最も得意とする分野から考えるアプローチもあります。どこの市場で勝負するのかを選定し、その市場の中でどう戦うのかという戦略を立てる考え方です。
ただ、この場合も打ち出すイメージに一貫性がないと崩れやすくなります。「商品・サービスがあるから、とりあえずD2Cを立ち上げてみよう」と始めるのは危険です。いずれの方法にしても、お客様にただ機能的な価値を伝えるのではなく、その商品やサービスが自分に合っている、共感できると思っていただけるような世界観をしっかりと確立することが大事です。
私たちのビジネスは、「いいもの」を売るためのお手伝いです。ecforceを開発した背景には、メーカーのEC運営におけるスキルの格差をなくし、良い商品や思いのこもったサービスが残り続ける世の中にしたいという想いがあります。クライアントの方々には、自社の商品やサービスの世界観を打ち立てて、良いものをどんどん生み出してほしいと思っています。
D2C THE MODEL
著者:花岡宏明/飯尾元
定価:2178円(1980+税10%)
発行日:2023年10月1日
ISBN:9784295408840
ページ数:256ページ
サイズ:188×148(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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