「マニュアル」ではなく「スタイル」を作る。幸せを届ける接客で実現する、理想のブランディング。(前編) 


AI革命と言われる今、働き方改革や業務効率化と並んで、DX化やAIの活用が注目されています。特に接客においては、人が行う業務が近い将来AIに置き換えられる可能性が指摘されています。しかし、AIの精度と効率性が人間を上回ったとしても、それが本当に人々の求める接客の形なのでしょうか。

商品が溢れる現代社会で、ウェブ上のブランディングだけでは、似た商品やサービスを扱う競合との差別化は難しいと言えます。良質な接客は顧客に特別な感覚を与え、その場所にふさわしい自分になりたいという願望を喚起します。スタッフ一人ひとりが生み出す店の雰囲気が、単なる購買を超えた価値を生み出す。これからの時代の接客スキルは、強力なブランディングツールとなり得るのです。 前編では、顧客と商品の間に人が介在する意義を掘り下げ、人を幸せにする接客を通じて実現する「理想のブランディング」について考えます。


齋藤孝太(さいとう・こうた)

大手メーカーの小売支援の企画立案・店頭活動マニュアルの作成、販売現場の売上アップ支援の経験を活かし、2004年独立。企業の持続的な成長のために、「ファンを育ててLTV(生涯顧客価値)を高めること」が欠かせないという考えから、ファン育成/LTV向上の戦略立案、仕組み/組織作り、接客/営業の改善提案、人材教育(講演、研修など)を行い、ブランド・企業、販売員・営業社員のファンづくりを支える。「ファン=生涯に渡ってお付き合いする顧客」と捉え、企業の現場に馴染み、日々の実践が進化し続けることを大切にしている。

 業界3位だった企業(Kawasaki)にファン育成/LTV向上の仕組みを構築することに尽力。その後大型バイクで5年連続業界シェアNo.1、オリコン顧客満足度調査も業界第1位に。業界第2位の化粧品メーカー(花王/Kanebo)、大手釣具メーカー(シマノ)、業界No.1のプライベートスポーツジム(RIZAP)、大手ショッピングセンター(ららぽーと)、九州No.1のメガネチェーン(ヨネザワ)、エステサロン、飲食チェーンなどでコンサルティング・教育の実績がある。

著作に『いる接客、いらない接客』『お客は自分が欲しいものをわかっていない』『衝動買いしてもらう21の法則』(クロスメディアパブリッシング)、『One Team×顧客戦略~なかなか現場に根付かないCRM・CXを、7つのSTEPで定着させる~』(同友館)、『10年顧客の育て方』(同文館)、『なぜCRMは、現場の心に根付かないのか』『見える化して仕組み化する、優良顧客を育てる高品質サービス』『店長の気持ちスイッチ33』『店長のための売上アップのお店改善』(日刊工業新聞社)、『お金をかけずに繁盛店に変わりはじめる31の仕掛け』(明日香出版)等がある。

溢れる情報とブランディング

私は、大学生の頃から「人の手助けをしたい」という思いがあり、コンサルタントに憧れを持っていました。今の仕事に繋がったのは、2社目に就職した企画会社で、大手化粧品ブランドの接客マニュアルの作成に携わったことがきっかけです。これまで、たくさんのファン育成や企業の持続的成長のサポートしてきた経験から、今回は「接客」についてお話していきます。

現代では、さまざまな情報が溢れています。インターネット上やSNSで魅力的なブランディングをしていても、似ているサイトや商品がどんどん量産されているため、差別化が難しく、お客様の意識の中からこぼれ落ちてしまいます。 例えば、最近、YouTubeで成功しているネット通販の専門家が、新しいサイト立ち上げの際の方法について「業界で最も優れたサイトのポイントを抽出して、同じようなWEBサイトを、まず作ります」と語っていました。優れた類似サイトが量産されているということです。製品やサービスについても、一時的にトレンドを抑えたとしても、簡単に他社に模倣されてしまうのが現状です。この環境の中で、企業が生き残るためには、自社や商品・サービスの独自性を伝えるブランディングが不可欠です。そして、ブランドの思いに共感する熱心なファンを増やしていくことが重要です。

お客様の“感”情を“動”かす接客(=感動の接客)で、幸福を届ける

接客には三つの役割があります。「情報の提供」「ご案内・会計」「幸福感を届ける」です。この中で、正確な情報提供やご案内、お会計については、まさにロボットやAIの得意とすることです。一方で「幸福感を届ける」ことは、人が得意なことで、ブランドの独自性を見出しやすい部分です。接客によってブランドそれぞれの「幸福感」を届けることで、お客様を惹きこみファンをつくることができます。

ここでいう幸福とは、「心理的幸福」です。最近の研究で、幅広く、頻度が多く、感情が動いている人ほど、人は幸せを感じることが分かっています。その一例として、ハーバード大学の研究者ジョルディ・クウォードバックの研究によると、ポジティブなものもネガティブなものも含め、幅広い感情の経験をすることが、心の満足感や幸福につながることが分かっています。

「お客様の“感”情を“動”かす接客(=感動の接客)」ができれば、それはお客様に幸福を届けている接客といえます。

購入する商品・場所によって必要?不要?幸福感を届ける接客

日常必需品は、コンビニエンスストアやスーパーマーケット、量販店で購買行動が行われることが多く、接客は「ご案内・会計」でこと足ります。実際、ホームセンターの接客の8割は「この商品はどこにありますか?」と尋ねられたことに答える案内の接客です。会計はセルフレジが進んでいます。日常必需品に関して、幸福感を届ける接客は、それ程必要とされていないでしょう。

一方で、人の人生を豊かにする商品を提供する場では、幸福感を届ける接客は必要とされます。例えば、高級化粧品、高級文具・家具・ジュエリー・自動車・バイク・ガーデニング・楽器・美容室・エステ・スポーツクラブ・ホテル・旅館・割烹・フレンチレストランなどです。

このような場所で、お客様に「幸福感」を届けるためには、「共感」「共振」「共有」という3つの視点で接客をリニューアルしていくことが大切だと考えています。これによって、「お客様の“感”情を“動”かす接客(感動の接客)」に繋がり、多くの企業でファンが増え、中長期的な売上アップの成果が出ているからです。

「共感」「共振」「共有」で幸福感を届ける

では、具体的に「共感」「共振」「共有」について、ジュエリー店での接客を想定してお伝えしたいと思います。

まず、「共感」は、お客様の話に耳を傾け、その要望や不安に対して「そうなんですか」「なるほど」と感じ入ることです。ジュエリーショップで働くスタッフが、ネックレスを見ているお客様から「これ素敵ですね」と話しかけられたとします。そのとき、心から「本当に素敵ですよね」と返答することができれば、お客様の承認欲求を満たすことができます。さらに、お客様との会話から「こんなドレスと合わせたい」「この色のストーンが好き」という気持ちを引き出すことができれば、それに合ったジュエリーを提案することができます。このようなコミュニケーションを繰り返すことで、お客様が言葉にできない曖昧な思いを感じ取り、その思いに対してぴったりの商品をご提案することで、お客様に「わかってくれた」と感じてもらうことができます。

次に、「共振」はスタッフが心を込めて何かを伝えた時に、お客様の心が動くことです。ジュエリーショップでいえば、スタッフがただジュエリーの付け方を説明するのではなく、「このジュエリーは、お客様の〇〇な生活のシーンを素敵に演出してくれます」と熱心に伝えることができれば、お客様はより強く心を動かされるでしょう。

そして、「共有」は、お客様が商品を手に入れた喜びをスタッフと共に味わう事です。ジュエリーを身に着けていることで友人から褒められたというように、商品を通した喜びをお客様から聞き、一緒に喜び合うことです。

幸福感を届ける接客は、「共感」「共有」「共振」の量が多い接客です。

接客が「ブランド・商品との新しい出会い」のきっかけを創造する

企業は、インターネットやSNSを通じて、お客様の心に刺さる情報を届けるため、商品情報をできるだけ多く公開しています。しかし、お客様が実際に求めている情報は、公開されている情報のほんの一部です。膨大な情報の中から、自分にとって本当に必要な部分を見つけることは、とても困難ですし、多くの人に向けて発信された情報は、自分には無関係に感じられることがあります。

買い物をするとき、自分の欲しいモノが明確でない場合もあります。しかし、インターネットやSNSでは、具体的な検索キーワードを思いつかなければ、望むものを探し出すことができません。

例えばソファが欲しいとして、どんな柔らかさのものが欲しいのかを明確に言語化できれば、目当ての商品をネット上で見つけることができます。ですが、その微妙な感覚は簡単に検索できるものではありません。

ソファを探している人が店舗で試している時にスタッフが「どうですか?」と問いかけることで、「もう少し柔らかいものがいいんだよな」というニーズを聞き取れたとします。するとスタッフが「そうですよね、私もそう思います。こちらのソファはいかがでしょう?」と共感を示しながら、お客様に真摯に向き合い、別のソファを提案することできます。 スタッフが自分のために熱心に考えてくれたという思いが届けば共振が成り立ち、「自分のことを理解してくれて、ぴったりな商品を提案してもらえた」という喜びが生まれます。人による接客は、お客様とブランド・商品との特別な出会いを生み出します。

お客様だけが感じる「独自の価値」を見出す

今、多くのブランドが、モノに対する付加価値として心理的なメリットを届けることを目指しています。市場での差別化のために、特に高価な商品には高い独自性が求められています。しかし、商品がいくら付加価値を持っていても、それがお客様の心に響かなければ意味がありません。心の価値は人それぞれ違います。

例えば、万年筆を買う時に、持ち手の色や素材を重視する人、書き味を重視する人、単純に万年筆を持つこと自体を楽しむ人など、様々です。そのため、お客様一人ひとりとのヒアリングを通じて共感し、それぞれの「心の価値」を見つけ出し、それに応じた提案をすることが大切です。共感・共振のアプローチにより、お客様自身が何を価値と感じるのかを理解することで、値が張る万年筆を購入する場面が生まれます。購入後、再びお店に来てくれて、購入の喜びを共有することで、万年筆ブランドとお客様の間に強い関わりが生まれます。お客様はこの体験によって、今後、何年もこの万年筆ブランドを愛用してくれるかもしれません。接客はブランドとお客様を結び付けます。

例えば、高級住宅街にあるガーデニングショップで、30万円の植物が販売されていたとします。一見、値段に見合う価値がどこにあるのかがお客様にはわからないでしょう。このとき、接客によって、お客様の話を深く聞くことができれば、「お客様の価値観」と「植物の価値」を繋げることで、お客様が30万円以上の価値を感じてくれる可能性があります。

もし、お客様が「フランスに憧れがある」と聞き出せたら、「この植物は南フランスで芽生えて、育てられたものです」と紹介できます。そのお客様が旅行好きなら、「水やりは1か月に1回で十分なので旅行中も安心です」と伝えられます。また、会話の中からお客様の年代が30代と聞き出せたら、「この植物は樹齢35年で、お客様と同じ年代です。ご自身だと思って(笑)お育てください♪」と提案できます。

このような接客を通じて、お客様と植物の間に3つの価値や繋がりが生まれます。「値が張る植物」を「私と特別な縁がある植物」として価値を感じるようになります。このように、コミュニケーションを重ねることで、お客様が値段以上の価値を見出してくだされば、購入に至ります。

お客様の第一想起ブランドになるために

お客様が、何かを欲しいと思った時、頭に初めに思い浮かぶ商品やサービスを「第一想起ブランド」といいます。多くのお客様にとっての第一想起ブランドになることができれば、企業の売り上げは上がるでしょう。しかし、お客様がそのブランドを思い浮かべる理由が「よく値引きしているから」や「単に、便利だから」であれば、より大きく値引きしている商品や、さらに便利な商品にブランドスイッチされてしまいます。お客様の感情を動かして(=感動してもらい)、心を奪われている状態を作ることが、理想のブランディングです。

多くのお客様は、たまたま、街やショッピングモール、百貨店などで出会ったブランドや商品、サービスに対して、「このブランドの本当の思いは何だろう」とは考えません。ブランドの魅力を伝えたいという思いを持った接客スタッフが、お客様とブランドの間に入り、お客様一人ひとりとブランドを繋げることができれば、ブランドのファンが新たに生まれます。

企業の成功には、ファンの数を増やすことが命題です。元々ブランドと高い親和性を持つファンは、インターネットや広告を通じて商品を見つけることができます。ただし、このようなファンだけでは、その数は一定数で留まります。ファンを増やしていくには、購入や来店には至らないものの、ブランドや商品に関心を持つお客様をリアルな場に誘い、幸福感を届ける接客で、お客様一人ひとりとブランドを繋ぎ、ファンを増やしていくことが必要です。アップルストアの接客を思い浮かべるとイメージしやすいかもしれません。「Appleというブランドをこのお客様と繋げたい」という強い思いを感じます。 ブランドといえば、インターネットや広告、商品そのものをイメージするかもしれませんが、人による接客も含めて整えることこそが、企業の独自性が世の中に広がるブランディングの核心です。

後編はこちら

いる接客、いらない接客

著者:齋藤孝太
定価:1738円(本体1580+税10%)
発行日:2022/1/1
ISBN:9784295406358
ページ数:272ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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