ビジョン、パーパス、ミッション、バリュー。「経営する上での軸」を定めることが必要だといわれるが、曖昧なものに捉えられがちだ。概念として理解はできても、日々の事業活動にどう落とし込めばいいのかがわからない。
企業として目指すべきは、自分たちが大切にしたいものを大切にした上で、継続的に社会に価値を提供することだ。そのための基準となるのが、「カルチャー」。「言葉」を「行動」に書き換えてみる。「頑張り方」を「進み方」に置き換えてみる。イノベーティブな変化は、そこから生み出される。

岸 昌史(きし・まさふみ)
兵庫県西宮市生まれ。関西学院大学商学部、北京大学Executive MBA、桑沢デザイン研究所戦略経営デザインコース卒。学生時代はアメリカンフットボール部に所属。高校・大学で日本代表や日本一を経験。大学4年生のときには、チームの年間MVPに選ばれる。
2005年三井物産へ入社し、人事や営業など五つの業務全てでトップパフォーマンスを示した後、インドネシアへ単身駐在。新会社4社の立ち上げをリード。
2016年ボストン コンサルティング グループに移り、国内外さまざまなクライアントの経営変革支援を行う。入社2年目に年間MVPを受賞。その後スタートアップのTABILABO(現:NEW STANDARD)へ転職し、事業統括責任者として経営全般に関与。
2019年「人の持つ可能性を爆発させ、未来の憧れとなる人や組織を生み出す」ことを目的に、経営コンサルティングとコーチングサービスを提供するAxia Strategic Partnersを起業。著書に『熱狂のデザイン 楽しく結果を出すチームのつくり方』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
すべての有形のアセットは無形のものから生まれる
マザー・テレサは、「愛は行動である」と語りました。愛とは言葉として存在しているのではなく、誰かに寄り添っているその姿であり、何とか助けてあげたいと思って向き合うその行動だといいます。
組織における「カルチャー」の定義はさまざまありますが、私は「その組織で称賛される行動の集合体」と考えています。
例えば、私たちはディズニーのカルチャーを映画やアトラクション、グッズを通して受け取ります。あるいは、スターバックスのカルチャーを店舗やドリンク、接客から感じます。それらの商品やサービスは、すべて行動の結果生まれるものです。
カルチャーというものを、「空気感」や「雰囲気」といったように、つかみどころのないものと捉えてしまれば、測ることはできませんし、変えることもできません。「自分のことだけ考えて協力しない」「短期的な目標しか考えない」というところから、お互いに連携するようになることや、中長期での新しい価値を生むために活動するようになる。カルチャーの変化を行動の変化と捉えることで、実践できるようになるのです。
企業において「カルチャー」に注目すべき最大の理由は、すべての「有形」のアセットは、「無形」なものからつくられるからです。

新しい価値をつくり出すということは、自分の内側を掘り下げていくプロセスの中で生まれる創造性を、形にしていくことです。新規事業や新商品といった目に見えるものは、まず頭の中でアイデアや実現方法を考えなければ生まれません。
そのとき、その人の中に深い思いや考えがなければ、時代を動かすような新しいものは生まれてこない。「真似」や「改良」はいくらでもできますが、いま求められている変化は「improvement(改善)」ではなく「innovation(革新)」です。
環境変化の激しい時代。これまでと連続した価値を生み出すのではなく、革新による非連続の成長が必要だといわれます。そのためには、「目に見えるもの」の差別化を図るよりも、無形なものに対して意識を向けることが大事になっています。「人間にとって本当に必要なものってなんだろう」「そもそも人間の幸せってなんだろう」といった想いや考えがあって初めて、どう形にしていくのかを考えることできる。カルチャーとは、企業のそうした想いを体現するものです。
企業にとってカルチャーが重要な理由がもうひとつ。仕事の満足度の大半は、「何をやるか」よりも「誰とやるか」が決めるからです。
どれだけ社会に影響力のある仕事をしていても、周囲との人間関係が悪ければ、満足できる仕事とは感じないでしょう。一緒に仕事をする人たちとの関係性が、満足度の大きな部分を占めることになります。
しかし、例えば社内プロジェクトのメンバーを決める際に、1人ひとり面談して選べるわけではないですよね。そこでカルチャーが大事になります。
この会社では「どんな人に活躍してほしいのか」「どんな人に長くいてほしいのか」「どんな行動が称賛されるのか」「どんな行動に対して感謝するのか」。そうした会社のカルチャーと自分の大事にする価値観がフィットしていれば、どんなプロジェクトにアサインされても素敵な人と出会う確率が高くなります。そうして仕事の満足度は高まり、パフォーマンスも高くなります。
このように、カルチャーは企業の非連続な成長を生み出し、人同士の関係性を強くすることで、企業の競争優位性を高めるためのものです。そう考えると、いま重要視すべき理由を感じていただけるのではないでしょうか。
「カルチャー=ポジティブなこと」だとは限らない
カルチャーというと、多くの場面で「働きやすい職場」「やりがいのある仕事」といった文脈で語られますが、カルチャーそれ自体をポジティブなものだと捉えるのは間違いです。
まず、事業を行っていく上では、「この会社ではどんな行動が優先されるのか」をクリアにしておく必要があります。そこがはっきりしていなければ社員それぞれがどのように動いていいのかわからず、事業に一貫性が生まれません。
ただ、優先すべき行動が社会的に大事だとされることであるかどうかは別です。例えば、「顧客を騙してでも短期の売り上げを上げる」ということを是とする会社にとっては、それがカルチャーです。一方で、「目の前のお客様に感動を与えたい」という想いを大事にするのも、また一つのカルチャーです。
極論すれば、カルチャーの良し悪しを決めるのは、その企業が中長期で成長しているかどうか、社会に対して継続的に価値を届けているかどうかです。会社の経済活動がガタガタの状態でいくら「お客様のため」と謳っていても、いいカルチャーとは言えないでしょう。価値を提供し続ける企業として世間に評価された結果、その会社が持つカルチャーが「正しいカルチャー」になるわけです。

また、社員が必ずしもカルチャーにフィットしなければいけないとも限りません。
カルチャーフィットしているけれどパフォーマンスの出ない人と、カルチャーフィットしてはいないけれどパフォーマンスを出す人の、どちらが会社にとって大事なのか。
後者を上の立場に置くと、組織に混乱や対立が生まれ、そのケアも大変になります。そのため、多くの経営者は前者が大事だと言います。
一方で、「カルチャーフィットする人よりも、パフォーマンスを出す人を上に置く」という経営者もいます。「会社の目標実現に最短かどうか」というクライテリア(基準)で見れば、たとえカルチャーフィットしていなくても、パフォーマンスを出す人を評価したほうが推進力が生まれるという考えもあるわけです。その会社で、そのとき何を大事にするかはそれぞれに異なる。カルチャーに綺麗な答えはありません。
ただし、たくさんの企業と関わる中で、成長している企業のカルチャーにはある程度の共通点はあると思えます。さまざまな側面がありますが、特に大きいのは「自由とプロフェッショナリズムのバランス」です。
自由に働くことができて、上からも厳しく言われない。働きやすい職場に思えますが、生ぬるいだけの環境になってしまう危険もあります。一方で、プロフェッショナルの意識が強過ぎて成果ばかりが求められる企業であれば、やりがいは生まれづらくなるでしょう。
この絶妙なバランスを取るためには、わかりやすい評価制度も必要です。「どんな人が上の立場に立つのか」が属人的に決められる企業では、社内政治のようなことばかりが大事にされてしまいます。しかし、「こういう行動をする人が評価される」と明確に定義されていれば、みんなその基準で行動しようとします。結果、それが企業のカルチャーになっていきます。
自社においてどんな行動が評価されるかを決める
人間の本質的な欲求として、「成長したい」「貢献したい」という願いがあります。働く上では、自分が成長を実感できる、あるいはより大きく貢献できる機会を獲得できるかがとても大切です。
一方で、企業側は何かしらの指標を持って社員のパフォーマンスを測っています。その指標の中で卓越した成果を出していると認められれば、立場も上がり、より多くの成長と貢献の機会も与えられます。
例えば、大谷翔平という世界トップレベルの評価を受ける野球選手がいます。しかし、彼がサッカー選手だったとすれば、野球ほどのレベルには到達できなかったでしょう。野球とサッカーでは、必要なスキルはまったく異なり、当然、別の評価基準になるからです。

何が言いたいかというと、会社の指標が変わればその人の評価が変わるということです。
どの会社でも、社員を評価する上では「どれだけの売り上げをつくったか」という定量的な指標があります。一方で、一人でつくることのできる売り上げは限られています。そのため、売り上げをつくるための行動プロセスとして、「こういう行動をしていれば、中長期の売り上げに繋がる」という定性的な指標もあります。定量、定性の両方で評価されるわけです。
その人が大事だと思って実践している行動が会社に評価されれば、満足度も高く、長期的に活躍します。一方で、自分が大事にしているものと違う指標で評価されるのであれば、去っていく人も出てきます。カルチャーを明確にすることでミスマッチングは減り、より主体的に働く人が集まるようになることで、企業の競争優位性が高まります。
ではどのようにカルチャーを変化、あるいは生み出せばいいのか。冒頭にカルチャーとは行動の集合体だと話しました。新しい行動パターンをつくっていくためには、ルールを決めるよりも、望ましい行動の「賞賛」や、改善必要な行動を適切に伝える「フィードバック」が大事です。
例えば、お客様の満足度を大切にしている会社では、お客様1人ひとりに時間をかけて丁寧に向き合う行動が称賛されるでしょう。一方、生産性を大切にする会社であれば、お客様の気持ちの部分はあまり重要視されず、1日に何人のお客様との対応を処理したのかといった効率性が評価の対象になります。
組織において何をよしとするかはトップが決めることですが、それが定着するには周囲のフィードバックが必要です。ある行動に対する周囲の反応が、カルチャーを形づくるのです。
カルチャーはビジョンを実現するための具体論
人間は「快」と「不快」という二つの感情で生きています。不快なものを避けるということと、快を追い求めるということは別物です。マイナスをゼロにしようとするのと、ゼロをプラスにしようとするのでは、生まれてくるエネルギーに大きな差が生まれます。
職場でいえば、「言われたことをやろう」というのは、「怒られないようにしよう」というマインドです。これでは、怒られるという「不快」を避けることはできても、それ以上にポジティブなものは生まれません。
一方、人間がより強いエネルギーを持って頑張ることができるのは、誰かに褒められる、あるいは期待されるときです。そうした反応に嬉しさを感じることで、より多くの「快」を得ようとするわけです。
上からの圧力で組織を動かすということは、上の考えが絶対的に正しいという文脈においては、ある程度機能するかもしれません。しかし、いまは不確実性が高く、誰も正解がわからない時代です。全員が変化に対して敏感でなければならず、その場その場での判断が必要です。そうした主体性が求められる状況で、数字だけの目標を与えられて「怒られたくないから」と数字に向き合っているのでは、結果は出づらいでしょう。

企業が目指すべきは、ビジョンやパーパスといわれるものを実現し、社会に長期的な価値を提供することです。一方で、社員が会社の目的達成のための道具になってしまえば、結果は出ません。そこで企業のビジョンと個人のビジョンの両方が大事だといわれますが、その実現のためにも、カルチャーの視点が大切になります。
どんなことでも、変革が必要なときにはまずトップがコミットする必要があります。カルチャーをつくるのは、やはり創業メンバーや経営者です。周囲の人たちがいくらカルチャーを説いても、上の立場の人たちの言動に一貫性がなければ、変わっていきません。
また、人間は惰性に引っ張られがちで、本質的に変化を好みません。組織変革やチェンジマネジメントと言われるステップは、少なからず「変わらないといけない」という危機感のようなものが全体的に広がっていかなければ実現しないと思います。
そのためには、数名でビジョンを共有しているのではなく、全体として理解できなければいけません。上から順番に変えていくアプローチと同時に、その会社の中でみんなから一目置かれているような人、周囲に影響力のある存在を巻き込んでいくことが必要です。そこから、全体に意識が広がっていきます。
この一連の過程を辿るためには、ビジョン達成のプロセスをみんなで共有することが欠かせません。単に「エベレストに登ろう」というのではなく、「どのように登っていけば楽しいのか」「どんなルートを通れば成長できるのか」「どこで踏ん張れば、登頂したときの喜びを感じることができるのか」をみんなで考える。その会社としての「山の登り方」に独自性が生まれ、それがカルチャーになるのです。


熱狂のデザイン
楽しく結果を出すチームのつくり方
著者:岸昌史
定価:1848円(1680+税10%)
発行日:2023年2月11日
ISBN:9784295407928
ページ数:288ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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