文章を書くことは、読者とのコミュニケーション。なぜ、AIの記事には心が動かされないのか。


SNSやインターネットを通して、私たちには膨大な量の情報が届けられます。その中には、事実ではないもの、面白くないもの、得ることのないものもあります。さらに、近年ではAIによる文章作成も進み、「価値のない文章」は、より大量に生み出されるようになりました。
新聞記者として11年間の経験を重ねた後、広報コンサルタントとして数々のメディアを成功に導いた坂本宗之祐氏は、人の心を動かす文章には「体験」が必要だと語ります。文章の中に込められた、人としての想いや価値観。それらが直接表現されていなくても、読む人の心に届く。情報が氾濫する社会の中でどんな情報が求められているのかを考えていくと、人それぞれが持つ自分だけの価値が見えてきました。


坂本宗之祐(さかもと・そうのすけ)

株式会社メディア戦略 代表取締役。メディアコンサルタント。慶應義塾大学経済学部卒。読売新聞に入社し、駆け出しの九州で「玄海原発プルサーマルに佐賀県同意へ」「福岡市子ども病院、人工島へ移転」などをスクープ。東京本社社会部では国会議員の政治資金問題など取材。「全国13都道府県庁で不正経理」を一面トップでスクープし編集局長賞を受賞。2010年に独立後、Yahoo!ニュースの記事を累計300本超執筆(月間最大1800万PV)。2015年頃、電通PR(現・電通PRコンサルティング)に一時籍を置きグローバル企業や公的機関の広報支援を担当する。2016年に株式会社メディア戦略を設立。日本広報協会、埼玉県庁、NTT東日本、セイコーHDなど全国で講演・研修を行っている。

文章を書くことが苦手な私が新聞記者になった理由

私は学生時代、文章を書くことが苦手だったのですが、人生は不思議なもので、社会に出てからずっと文章を書く仕事に就いています。振り返れば、文章が苦手だったからこそ、文章で自分を表現することの大切さに気付くことができたと感じています。
大学卒業後、読売新聞へ入社し、記者として11年間勤務しました。新聞記者を志したのは、高校時代に聞いた卒業生の講演がきっかけです。日経新聞で働いていた人で、新聞記者という仕事について「様々な人に会って話を聞くことができるのが面白さだ」と語ってくださいました。文章を書くことへの興味よりも、いろいろな場所を訪れ、多くの人々と出会うことへの憧れが、私を新聞記者の道へと導きました。

入社してから1か月ほど経った頃、私が担当していた地域で強盗殺人事件が起こり、犯人が1か月捕まらないことがありました。犯人が見つかるまでの間、私は事件現場周辺で毎日聞き込み調査を行っていました。警察を含む多くの人から話を聞くことで、徐々に情報のピースが揃ってくると、被害者の方の生活ぶりや事件当時の状況が目に浮かぶように見えてきました。
そのうちに、私はある人物を「犯人かもしれない」と疑い、本人に取材をしたのですが、当然ながら「事件については知らない」という回答でした。ところが翌日、その人物が逮捕され、私が行った取材の内容は新聞記事になりました。この体験は、新人だった私にとって大きな自信となりました。

私が現役の新聞記者だった頃は、このような話題性のある記事や特集記事を書くことが、記者の評価として重要視されていました。人と話すときは常に「新しいネタをくれ!」という気持ちで頭がいっぱいでした。

「いい記事」の基準を変えた2つの体験

新聞記者としての経験が浅い頃、私は自分の評価を上げることばかり考え、自己中心的な振る舞いをしていたと思います。そんな考え方を変えた、2つの体験があります。

ひとつは、記者として3年目に「温泉紀行」というコーナーを担当したことです。温泉地や旅館に宿泊して現地の人の話を聞きながら、自分の感じた事を記事にするという経験でした。

現地の人から聞くことができたのは、地域や旅館を活性化させたいという熱意です。単に情報を収集するだけではなく、人々の話や思いを読者に届け、読者と取材先双方にとって有益な記事を書きたいという感情が沸き上がってきました。
当時の私は先輩方に笑われるほど文章が下手でしたが、下手なら下手なりに読者に届けようという気持ちを込めて文章を書こうと思いました。この時初めて、上司から「お前の文章は面白い」と褒められたことが、とても嬉しかったのを覚えています。

文章が上手くなくても、特集記事ではなくても、読者に伝えたいという情熱が人の心を動かす力を持っていると感じました。新聞の記事は、自分の感情を直接表現する機会は少ないかもしれませんが、自分のためではなく、人のために記事にしたいという気持ちを持つことで取材が上手くいくようになりました。

もうひとつの体験は、予断を持つことの怖さを感じた出来事です。

新聞の記事は、何よりも客観性が重要視されます。取材や記事作成にあたっては公平で偏見のない姿勢を持つことが重要です。その大原則がわかっていながら「これは絶対悪だ」「この人は許せない」という思いで取材をしていたときもあります。

記者1年目のとき、県と市、国交省が絡む事案を担当しました。警察が発表した道路事故が発端でした。警察の発表だけ聞くと、「○○が原因だな」と思ったのですが、実際に県、市、国それぞれに取材に行って担当者からじっくり話を聞くと、そんな簡単な話ではなかったのです。3者それぞれに言い分があり、深く考えさせられました。この経験から、「一つの事象でも、情報は多方面から慎重に判断しないと真実を見誤る」と痛感しました。

偏見や先入観に基づいて書かれた報道は、人々の人生を大きく変えてしまうほどの力を持つことがあります。文章を発信するときにはそれぞれ責任を持つ必要があると感じます。

現代、SNSやインターネットを通じて誰もが簡単に意見を発信できるようになりました。「この人が悪い」「メディアが問題だ」「政治家に責任がある」といった意見を、よく目にしますが、こうした発言が事実の本質を見失わせてしまうことにもなりかねません。

読まれる文章には「信頼」が必要

ひと昔前は、流通する情報の量や媒体が限られており、多くの人が新聞を主な情報源として読んでいました。それが現在、インターネット上の記事から情報を得ることが一般的になっています。
SNSやインターネットでニュースを検索すると、大量の情報がすぐに表示されます。その中で読者が読む文章を選ぶ基準は、以前と大きく変わっています。新聞社や有名メディアのブランド力よりも、個人によって書かれ、読者の関心を引く内容や感動を与える記事が好まれるようになっています。

新聞記者を辞めた後、私はウェブ記事の執筆を始めました。新聞記者としての11年間の経験を通じて磨いた文章力と物事の見方をウェブ上の記事作成に活かせると自信を持っていましたが、実際はそう簡単ではありませんでした。
新聞記事とウェブ記事の間には大きな違いがあります。まず、ウェブ記事は新聞記事に比べ、割くことのできる時間が限られます。また、新聞ではどれだけの人に読まれているかは部数単位でしかわかりませんでしたが、ウェブの場合は記事ごとに閲覧数を詳細に把握できます。
例えば、Yahoo!ニュースで芸能人の話題は、一般的な政治や社会のニュースに比べて約10倍ものアクセスがあります。芸能人の名前がタイトルに含まれていれば、アクセス数はさらに増えます。私は、政治や社会に関する記事が多くの人に読まれ、影響を与えていると思っていましたが、実際にはスポーツや芸能関連の記事の方が遥かに読まれていることを知り、衝撃を受けました。
この傾向はSNSで悪用されることがあります。例えば芸能人の噂話や悪口をSNSに投稿すると多くの「いいね」が付きフォロワーも増えます。しかし、内容が信頼性に欠けるものだと、フォロワーはやがて離れていきます。
芸能情報に限らず、インターネット上には、「こたつ記事」と言われる、自分で取材を行わずにインターネット上の情報を元に作成される記事が多く存在します。それでは、本当に事実かどうかはわかりません。目先の注目を集めることはできても、長期的な信頼を築くことは難しいでしょう。
私は、文章を書くことは読者とのコミュニケーションだと思っています。仕事でも私生活でも、信頼できない人と深く関わろうとは思わないでしょう。信頼を得るためには、信憑性のある情報を提供することが必要です。

自分自身の「体験」が文章の価値を高める

近年は、AIによる文章作成の技術も向上しています。正しい事実をデータとして読み込ませれば、AIでも記事は書けるのかもしれません。しかし、そのような記事が読者にとって面白いものになるでしょうか。
AIによって生成された文章や画像は、一見整って美しく見えるかもしれませんが、リアリティに欠けます。人間同士のコミュニケーションに変わることはできません。AIは人間のように何かを体験し五感で感じることはできないからです。AIが生み出すコンテンツには人間の感情や価値観といった生々しさが欠けており、書き手と読者の間に共感は生まれません。

たくさんの人に文章を読んでもらうには、具体的で信頼できる内容を提供することが重要です。抽象的な表現や一般論ではなく、個人の実体験に基づいた記事は、説得力があり、読者に強い印象を与えます。
例えば、「世界を平和に」という抽象的な呼びかけよりも「19歳のときに海外ボランティアで紛争を目の当たりにし、小さな子供が戦う姿を見て涙が止まらなかった。その経験から世界平和を願うSNSコミュニティを作った」というような記事のほうが、心が動くでしょう。書き手の実際の体験を含む具体的な文章が、読者の感動や共感を生みます。この例で言えば、紛争問題に取り組むコミュニティに加わるなど、実際に人が行動するきっかけにもなり得ます。

私は、人が書く文章の中に、主観や個人的な見解が一切影響していない、全くの客観性を持ったものは存在しないと考えています。事実を正確に伝えることが求められる新聞記事や、誰かの話を文章にするインタビュー記事であっても、記者がどの情報を選び出し、どんな感情を込めて書くかは個々によって異なります。
私たちは、それぞれに自分だけの体験を重ね、自分だけの感情を持っています。AIには不可能な体験をし、五感で感じたことを文章に表現できます。これこそが、人間としての発信の真の価値ではないでしょうか。

人に届く文章を書くために、体験が必要。そういうと、スポーツの大会で優勝したとか、海外の絶景を見たとか、大きなことを想像するかもしれません。しかし、私たちの人生は、もっと小さなものが積み重なってできていくものです。
暖かな日曜の昼間に近所を散歩したという体験が、安らぎの感情をつくっていく。美味しい夜ごはんを食べたという体験が、喜びの記憶を生みだす。それらが自分だけの言葉となり、読む人の心を動かす文章になる。どんな人でも、自分だけの価値を持った文章を生み出すことができるのです。

ロジカルな文章、情緒的な文章

著者:坂本宗之祐
定価:1628円(本体1480+税10%)
発行日:2022/7/1
ISBN:9784295406969
ページ数:264ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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