【コラム】〈エイプリルフール特集〉世界を変えた嘘。壮大なビジョンを掲げ、ほら吹きと言われた偉人たち vol.4 織田信長


4月1日はエイプリルフールです、私たちはみんな「嘘はいけない」と教えられて育ちますが、この日だけは世界中の人や企業がいたずらを楽しみます。

「嘘」はときに、大きな原動力になります。歴史上でさまざまに成し遂げられてきた、世界を変えるような偉業。その多くは、周囲から見れば絶対に達成不可能だと思われるものでした。「あいつは、ほら吹きだ」と笑われるほどに壮大なビジョンを原動力に、困難に打ち勝つ。このシリーズでは、そんな偉人たちを紹介していきます。


日本の歴史の中でも最も激動の時だったと言われる、戦国時代。織田信長は、日本を戦争のない、一つの大きな国家にするという、天下統一への足掛かりをつくりました。

彼は最初から影響力を持った人ではなく、桶狭間の戦いや革新的な城下町づくりで着々と力をつけていったのです。数々の偉業を成し遂げ、戦国時代という混沌の時代をおさめた彼のストーリーを、このコラムでは紹介します。

圧倒的劣勢の状況で勝利した桶狭間の戦い

1560年、織田信長と今川義元の軍勢が激突しました。義元は尾張侵攻の先鋒として、布陣していました。一方、信長は義元の本陣を急襲する作戦を立てました。

当時、義元の軍勢は信長軍の数倍の兵力を誇っていました。通常の戦闘では勝ち目がないと判断した信長は、あえて相手の虚を突く奇襲作戦を選択したのです。

信長軍は、事前に密かに桶狭間の地形を探っていました。当日は濃霧に包まれ、視界が悪い状況でした。信長はこれを好機と捉え、わずか3000ほどの兵を率いて義元の本陣に迫ったのです。

不意を突かれた義元軍は混乱に陥りました。信長自らが馬を駆り、義元の首を討ち取ったと伝えられています。この一戦で、義元は戦死し、今川軍は総崩れとなりました。

桶狭間の戦いは、信長の卓越した戦略眼と果断な行動力が如何なく発揮された戦いでした。敵の虚を突く奇襲作戦は、当時としては革新的な戦法だったのです。

この勝利により、信長は尾張の覇権を確立し、一気に注目を集める存在となりました。桶狭間の戦いは、信長の野望への第一歩となった歴史的な出来事だったのです。

また、市の方は、政治的にも信長を支えました。

天下統一へ向けた重要な改革

織田信長は、1570年に起こった長島一向一揆の鎮圧に乗り出します。一向一揆とは、浄土真宗の門徒たちが起こした反乱のことで、当時の権力者にとって大きな脅威となっていました。

長島一向一揆は、加賀国の長島城を拠点に、一向宗の門徒たちが蜂起したものです。彼らは、信長の支配に反発し、自治権の獲得を目指して戦いを挑みました。

彼は大軍を率いて伊勢長島の一向一揆を水陸から完全に包囲し、一揆勢力を攻め立てます。しかし、長島城は堅固な要塞であり、一揆勢力も頑強に抵抗しました。攻城戦は難航し、長期化する様相を呈します。

そこで彼は、長島城の周囲に堀を巡らせ、城を孤立させる作戦に出ます。これにより、長島城への補給路が断たれ、一揆勢力は次第に弱体化していきました。

最終的に、一揆勢力は降伏を余儀なくされ、長島一向一揆は鎮圧されました。この戦いにより、加賀地方を支配下に置くことに成功したのです。

手腕を向一揆の鎮圧は、彼の武力と政治手腕を示す出来事であり、その後の天下統一への道を開く重要な一歩となりました。

安土城の建設と革新的な城下町づくり

織田信長は、1576年に安土城の建設を開始しました。安土城は、琵琶湖の東岸に位置する安土山の山上に築かれた日本初の本格的な石垣を用いた城郭です。この革新的な城郭構造は、当時の城づくりの常識を覆すものでした。

彼は、安土城の建設と同時に、城下町の整備にも着手しました。城下町は、碁盤目状の区画に整然と区切られ、武家屋敷や町人地が配置されました。これは、日本初の都市計画に基づく城下町づくりの先駆けとなりました。

また、彼は、安土城の天主に、当時としては珍しい瓦葺きの屋根を採用しました。天主は、七層の層塔型の建物で、黄金で装飾された豪華絢爛な外観を誇っていました。この天主は、信長の権力と威信を象徴する建物として、訪れる人々を圧倒したといいます。

安土城および城下町の建設には、大勢の人夫と職人が動員されました。彼は、労働力を確保するために、近隣の農民を強制的に動員したり、流浪人を雇用したりしました。また、優秀な職人を各地から招聘し、その技術を活用して城郭や城下町の建設を進めました。

安土城の完成は、1581年のことでした。わずか5年という短期間で、当時としては画期的な城郭と城下町が建設されたのです。彼の革新的な発想と強力なリーダーシップがなければ、実現しなかったでしょう。

安土城は、1582年の本能寺の変で信長が死去した後、原因不明の火災などで焼失していまいます。現在は、石垣や堀の一部が残るのみですが、往時の面影を偲ぶことができます。安土城跡は、現在、国の特別史跡に指定されており、多くの観光客が訪れる人気スポットとなっています。

エイプリルフールに信長から学ぶリーダーシップと革新性

織田信長の生涯は、現代のリーダーにも多くの示唆を与えてくれます。特に、彼のリーダーシップと革新性は、学ぶべき点が多いと言えるでしょう。

まず、彼のリーダーシップの特徴は、強いカリスマ性と決断力にあります。常に先頭に立って部下を引っ張っていくタイプのリーダーでした。桶狭間の戦いでの今川義元討ち取りや、比叡山焼き討ちなど、彼の行動力は、部下たちを勇気づけたのです。

革新性という点では、彼は戦国時代の常識を次々と覆していきました。経済の活性化を目指した楽市・楽座の制度、革新的な城下町づくり、信長の発想は、当時としては革命的なものだったのです。

リーダーには、強いビジョンと、それを実現するための行動力が求められます。また、常に革新的な発想を持ち、時代の先を読む力も必要不可欠です。

彼の生涯は、まさにそのようなリーダーの姿を体現していると言えるでしょう。現代のリーダーも、彼の生き方から多くを学び、自らのリーダーシップと革新性を磨いていくことが大切なのです。

時代は変われど、リーダーに求められる資質は普遍的なもの。彼という戦国時代のリーダーの生涯から、現代のリーダーもヒントを得ることができるはずです。

周りから「嘘」だと思われるような壮大なビジョンを原動力にし、織田信長は多くの偉業を達成してきました。エイプリルフールを機に彼の偉業を振り返り、未来を切り拓く方法を考えましょう。

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