〈シリーズ〉PRの歴史を紐解くvol.3 近代のPRの変遷とメディアの進化


PRという言葉を聞いて、どのようなイメージを抱くでしょうか。テレビCMや新聞広告、SNSを活用したキャンペーンなど、現代社会におけるPR活動は多岐にわたります。しかし、PRの歴史をたどると、その起源は古代ローマにまで遡ることができます。

このシリーズでは全4回に渡って、古代ローマにおけるPRの萌芽から現代のPR活動に通じる戦略まで、時代を超えて受け継がれてきたPRの本質を探ります。


vol.1 様々な方法で権力をアピールした古代ローマの有力者たち
vol.2 印刷技術誕生の時代・中世ヨーロッパにおけるPR


本シリーズ「PRの歴史を紐解く」の第3回目では、近代のPRの変遷に焦点を当て、特にラジオやテレビといった新しいメディアがPR手法や戦略に与えた影響を探ります。また、戦後の復興や経済成長、そしてグローバル化の進展が、どのようにPR活動の形成に寄与したかを振り返ります。近代におけるPRの進化を通じて、私たちが今日目にするPRの姿を理解するための鍵を見つけていきましょう。

ラジオ放送の普及とPRの新たな可能性

1900年、カナダ生まれの電気技術者レジナルド・フェッセンデンによって無線を用いた音声送信が成功したことが、ラジオの始まりといわれています。彼の業績の中で最も有名なのは、1906年に世界初の音声と音楽の無線送信を行ったことです。その後、1920年にアメリカのピッツバーグでKDKAというラジオ局が世界で初めての公共放送を行い、ラジオ放送が次第に普及していきました。ラジオは放送専門会社の設立に伴い、番組中にCMを流して広告費を得るビジネスモデルが確立されていきました。音声による情報伝達は、聴覚に訴求することで印象に残りやすいという特長があり、ラジオはPRの新たな可能性を切り開きました。

ラジオ放送では、スポンサー付き番組が一般的になりました。民放ラジオ局は、スポンサーからの広告料金を重要な資金として番組を制作しており、企業は自社の商品やサービスを番組内やCMで紹介してもらうことで、PR効果を得ることができます。リスナーは番組を楽しみながら自然に商品情報を耳にすることになり、これがラジオ広告の効果を高める要因となっています。

番組スポンサーによるラジオCMは、短時間で印象的なメッセージを伝えることができるため、PRの手段として注目されました。日本で初めてのラジオCMは、1951年に中部日本放送で午前7時に流れた精工舎(現セイコー)の時報とされています。その後も、多くの企業が印象的なキャッチコピーを使用し、リスナーの記憶に残るCMを制作しました。

ラジオ放送の特徴は、そのリアルタイム性です。生放送によって速報性が求められる場面で威力を発揮しました。また、テレビCMと異なり映像制作が必要ないため、制作期間を大幅に短縮できるというメリットもあります。

一方で、ラジオ放送は視覚情報を伝えることができないため、商品の詳細な説明や視覚的なイメージを伝えるのが難しいというデメリットがあります。このため、ラジオでのPRは他のメディア(印刷物やテレビなど)と組み合わせて行われることが一般的です。

世界恐慌期のPRとその役割

1929年に始まった世界恐慌は、世界中の経済に大きな打撃を与えました。消費者の購買力が低下し、多くの企業は苦境に立たされ、広告費の削減を余儀なくされました。しかし、そのような厳しい状況下でも、成功を収めた企業がいくつかあります。

代表的な例として挙げられるのが、アメリカのP&G社です。同社は世界恐慌が始まった後も広告費を大幅に削減することなく、むしろ積極的に広告を出し続けました。特に、ラジオ広告を活用し、消費者にリーチし続けたことが同社の成功に寄与しました。例えば、P&Gは1930年代にラジオ番組のスポンサーとして「ソープオペラ(主に家庭をテーマにした感情豊かな連続ドラマ)」と呼ばれる番組形式を作り出し、家庭用製品の販売促進に成功しました。

P&Gは、広告を削減した他の多くの企業とは異なり、消費者との接点を維持するための投資を続けました。その結果、同社の売上は1933年までに一時的に低下したものの、徐々に回復し、1940年代には世界的な企業へと成長しました。

不況時には広告費を削減することが一般的に安全だと考えられますが、P&Gのように、経済的な困難に直面しても広告を継続することで、長期的な成功を収める企業もあります。世界恐慌期におけるPRの重要性は、困難な時期においても消費者との信頼関係を維持し、長期的なブランド価値を構築することにあったのです。

戦後のPR業界の変化と発展

第二次世界大戦後、PR業界は大きな転換期を迎えました。戦時中、各国では広報活動がプロパガンダ的な目的に利用され、国民の士気を高めたり、戦争の正当性を訴えるためにポスターやラジオ放送が活用されました。しかし、戦後になると、こうしたプロパガンダ要素が薄れ、平和的な社会に適したPR活動が重視されるようになりました。

戦後の復興と経済成長を背景に、企業は積極的に広報活動を展開し始めました。特に、アメリカや日本をはじめとする多くの国々では、自由市場経済が再建される中、企業のPR活動は単なる広告の枠を超え、企業の社会的信頼を築くための重要な戦略となっていきます。企業のイメージを向上させ、社会との長期的な関係を築くことが、ブランドの成長と信頼構築に不可欠であると認識されました。

戦後、PRはより正式な職業領域として発展しました。アメリカでは、1947年にアメリカPR協会(PRSA)が設立され、PR業界の専門性が高まるきっかけとなりました。PRSAの設立に続いて、イギリスやヨーロッパ諸国、オーストラリアでも同様の団体が設立され、PRはグローバルな分野として確立されました。これにより、戦時中のプロパガンダから離れ、PRが持つ本来の意義が再定義され、その重要性が強固なものへと成長しました。

日本においても、PRの概念が戦後急速に広まりました。1947年には、アメリカ連合軍総司令部(GHQ)の指導のもと、日本の民主化政策の一環として「パブリックリレーションズ・オフィス」が地方自治体に設置されました。この政策の導入により、アメリカからのPR概念が日本にも流入し、企業や政府機関が広報活動を強化する契機となりました。これをきっかけに、日本企業も戦後の復興期に広報活動の重要性を理解し、PRの手法が本格的に導入されました。

戦後のPR業界の成長と変革は、現代のPR活動の基盤を築き上げました。専門的な知識を持った人材の育成や、メディアを駆使した多様な手法の導入は、PR業界に新たな可能性を開きました。今日では、PRは企業や政府が社会とのつながりを強化し、信頼を築くために不可欠なツールとなっています。

テレビ放送の開始とPRの変容

1950年代に入ると、テレビ放送が本格的に開始され、PR活動に大きな変革をもたらしました。映像と音声を組み合わせたテレビという新しいメディアは、それまで主流だったラジオや新聞と異なり、視聴者に視覚的なインパクトとリアルタイム性を同時に提供することが可能でした。日本では、1953年に日本でNHKが本格的なテレビ放送を開始し、同年に日本初の民間放送局、日本テレビ(NTV)が開局したことで、テレビは急速に普及していきました。

企業はテレビCMの可能性に早くから注目し、商品やサービスのPRに活用し始めました。映像と音声を組み合わせることで、ラジオだけでは得られなかった視覚的な訴求力が加わり、視聴者に商品イメージを強く印象付けることが可能となったのです。特にキャッチーな音楽やフレーズを用いたCMは、視聴者の記憶に残りやすく、ブランドの認知度向上に大きく貢献しました。

テレビのもう一つの大きな利点は、リアルタイムでの情報伝達が可能な点でした。記者会見、新商品の発表、スポーツイベントの生中継など、視聴者は「その瞬間に起きていること」をテレビを通して目撃することができるようになりました。特に、1953年にイギリスでエリザベス2世の戴冠式がテレビで生中継された際、多くの人々がテレビ画面を通じてその瞬間を見届けたことが、テレビ放送の威力を象徴する出来事として知られています。

1950年代のテレビの登場は、PR活動に大きな転換点をもたらしました。映像と音声を融合させたこのメディアは、企業が視聴者に対してリアルタイムで強いメッセージを届ける手段を提供し、PR戦略の中心的なツールとしての地位を確立しました。現在に至るまで、テレビはPR活動において重要な役割を果たし続けており、その影響力はインターネットやソーシャルメディアの台頭とともに変化しながらも、依然として大きなものです。

近代から現代までのPRの変遷

近代のPRの進化は、メディアの発展とともに進行し、企業や政府が社会との関係を築くための重要な手段としての地位を確立しました。

ラジオやテレビの登場により、情報の伝達方法は劇的に変わり、PR活動はより視覚的で即時性の高いものとなりました。さらに、戦後の経済成長とグローバル化が進む中で、PRは専門的な職業としての基盤を築き、国際的な活動へと広がっていきました。

このような変遷を経て、PRは今日、企業やブランドが信頼を構築し、消費者とつながるための不可欠なツールとなっています。近代のPRの歴史を振り返ることは、未来のPRのあり方を考える上での貴重な視点を提供してくれるでしょう。

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