残業はできない。しかし仕事が増えるなか、成果を挙げなければならない。矛盾するようなこの要求に、どう応えていけばいいのでしょうか。
仕事の時間と成果を左右する鍵は「休日」の過ごし方にある。元マイクロソフト業務執行役員、クロスリバー代表の越川慎司氏は、書籍『世界の一流は「休日」に何をしているのか』のなかでそう語ります。
「限界まで残業しても仕事が終わらない」、「休日も仕事ばかりしている」、そうした状況から抜け出し、成果を挙げながら自由な時間を得るにはどうすればいいのか。クロスメディアグループ代表・小早川幸一郎のインタビューで、同書を刊行した背景、越川さん自身の体験を踏まえ、休日を上手に過ごすコツを聞きました。

越川 慎司(こしかわ・しんじ)
クロスリバー代表取締役、働き方デザイナー
国内外の通信会社に勤務したのち、2005年にマイクロソフト米国本社に入社し、業務執行役員としてPowerPointやExcel、Microsoft Teamsなどの事業責任者を歴任。2017年、クロスリバー創業。行動経済学専門家として、800社17万人の働き方改革と業務効率化を支援。年間400件のオンライン講演・講座を提供し、受講者の満足度は96%。働き方支援をするクロスリバーでは、メンバー全員が週休3日、週30時間で働く。Voicy「トップ5%社員の習慣ラジオ」を配信中。メディア出演多数。著書累計31冊。『AI分析でわかったトップ5%社員の読書術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『仕事は初速が9割』(クロスメディア・パブリッシング)など。

小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)
クロスメディアグループ(株)代表取締役
出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開。
マイクロソフトで学んだ“More with Less”の精神
小早川 早速ですが、越川さんが代表をしている「クロスリバー」という社名は何が由来なんですか?
越川 実は私の叔父がルー大柴で、クロスリバーは「越川」を“ルー語”にしたものなんです。正しい英語を使わないのがルー語ですが、意外と「固定観念を超える」とか「限界を超える」といった意味も込められているのが、「クロスリバー」という社名です。
小早川 ルー大柴さんが関係していたんですね。クロスリバーを立ち上げる前は、どのようなキャリアだったんですか?
越川 NTTやいくつかの外資系企業を経て、マイクロソフトで11年半にわたり働いていました。当時、仕事は楽しかったものの、とにかく激務で睡眠時間も短く、休日らしい休日を過ごしていませんでした。忙しすぎて、大きく身体を壊すことも何度もありました。
そんななか、私の人生が大きく変わった瞬間がありました。ある土曜日のことです。日本人の友人もいない私は、シアトルで住んでいたアパートに籠りきって、お笑いのDVDを見ていました。すると、当時の副社長に「ふさぎ込んでないで外へ出て来い」と、カフェに呼び出されたんです。
渋々カフェへ行くとサングラスに革ジャンの副社長がいて、ランチをした後、「後ろに乗れ」と言われ、ハーレーダビッドソンの後ろに乗せてもらいました。
小早川 ハリウッド映画のようでかっこいいですね。
越川 ただ冬のシアトルはかなり寒く、正直めちゃくちゃ嫌でした。何なんだよと思いながら、ヘルメットを被って後ろに乗ったのですが、当時の鼓動は、いまでも忘れられません。
公園の横を勢いよく駆け抜けながら、アクセルと風の音のなかで副社長が私に言ったんです。
「俺はこのバイクに乗るために仕事をしている。お前は、仕事のために仕事をしている」、「慎司、野球はスリーアウトで交代だ。だが、お前はファイブアウトまで仕事をしているんだ。それではいい仕事はできない。スリーアウトまでで成果を出せ。“More with Less”(より少ない資源や時間で、より多くのことに取り組めるようにすること)をしろ」と。

小早川 休日の過ごし方で、仕事の姿勢を教えてくれたんですね。
越川 激しく衝撃を受け、目から鱗が落ちました。この日から私は、長時間にわたり働くことも、休日に仕事をすることも、一切やめたんです。
私が副社長から「More with Less」という言葉を聞いた後、CEOのサティア・ナデラも全社員に向けて「Do more with less」と語っていました。残業はダサい。限られた時間、限られたリソースで、売り上げと利益を伸ばしていこうという風潮に変わり、日本よりも2~3年早く働き方改革が始まりました。
今回出版した書籍『世界の一流は「休日」に何をしているのか』は、一流の人間たちの休日の過ごし方から、私が見て学んできたことをまとめたものです。
全世界の会社を「週休3日」にする
小早川 いまでは東京にいることが減って、日本中、世界中を回っているそうですね。
越川 そうなんです。2017年に起業し、これまでの経験を活かして「働き方」の支援をしているなか、自分たちの働き方も改革する必要があります。そこでオフィスをなくしリモートワーク化、全メンバー週休3日、週30時間勤務にしました。それにより北海道でもアメリカでも、どこでもリモートワークで仕事が可能になったんです。
機動力が高まり世界のお客様の対応が可能になったことで、売り上げ、利益は伸び続けています。創業から約8年間で、顧客数は815社にまで広がってきました。
他にも、完全リモートワークで複業しなければ入社できないようにしてみたり、睡眠時間7時間ルールを設けてみたりなど、さまざまな実験をしています。
小早川 おもしろいですね。入社したい人は多いんじゃないですか?
越川 ありがたいことに多くの応募があります。ただ、世のなかの働き方改革を実現したい人というより、「週休3日」で楽して働きたいといった目的で応募する人が大半のため、いまは採用を減らしています。
週休3日にするということは、短い稼働日で十分な売り上げ・利益を出さなければなりません。いまは無駄をなくし、どれだけ業績を伸ばし続けられるか試しているところです。
小早川 「週休3日」といっても簡単ではありませんね。
越川 それでも実現すれば、社員も会社も社会も幸せになる。その確信があるからこそ、週休3日を世界中に広めたいと考えています。
マイクロソフトを辞めるときには、周囲の99%から「どうして辞めるんだ」と反対され、「週休3日を当たり前とする会社をつくり、全世界の会社を週休3日にするんだ」と言うと、ほぼ全員に笑われました。
しかし週休3日で売り上げも利益も下がらないモデルをつくることができれば、従業員にとっては実質的に給料が上がっていることになります。そして給料が上がった人々には、複業をしてほしい。
企業に勤める優秀な人材が得意な領域で複業をすれば、その領域を発展させることにつながります。さらに複業できる程度に仕事に余裕ができれば、育児や介護をしている人々も、自分のペースでやりたい仕事に参画できるようになる。
すると社員も、会社も、社会も全員がハッピーになります。それを実現するため、全世界のすべての会社に「週休3日」を導入することを目指し、働き方支援に取り組んでいます。
書籍は偶然を必然に変えるツール
小早川 働き方を支援してきた越川さんが、今回の書籍出版に至ったきっかけは何だったのでしょうか。
越川 2つあります。ひとつは、そもそも書籍が自分の視点を増やすツールになるからです。
私のもとには毎月3本程度の出版企画が来ており、これまで31冊の書籍を刊行してきました。そのなかで実感してきたのは、出版社も読者も、自分がまだ持っていない気づきを与えてくれるということです。その気づきがなければ、生まれなかった思考や行動もあったかもしれません。私にとって出版は、偶然を必然に変えるツールだと思っているんです。

今回の本を出版したもうひとつの理由は、まさに出版社とのやり取りで大きな気づきを得たからです。以前、『仕事は初速が9割』という本を一緒につくった編集者に、私がどんな仕事をしているかについて話していました。すると彼が「越川さんがしているのは、“休み方”改革ですね」と言ってくれたんです。
確かに私が提唱してきたのは、休みをいかに有効活用して平日の生産性を上げるかということでした。「休日」をテーマにした理由は、そんな大きな気づきを得たからです。
小早川 出版社の人間として、本の価値を感じていただけているのは非常に嬉しいことです。越川さんは普段どのくらいの本を読みますか?
越川 いまは年間300~400冊ほど読んでいます。ただマイクロソフトの役員時代は、忙しすぎて年に1冊くらいしか読むことができていなかったので、ものすごく後悔しています。
小早川 なぜそれほど本を読むようになったんですか?
越川 この理由も2つあります。ひとつは、世界の一流たちが多くの本を読んでいるからです。ウォーレン・バフェット、ビル・ゲイツ、マーク・ザッカーバーグのような超一流はもちろんのこと、グローバル企業の役員たちは世界中の事業を管掌しながら膨大な本を読んでいます。彼らから大きな刺激を受けて、読書を実践してきました。
もうひとつは、日本の一流たちから本の読み方を教わったからです。クロスリバーのAI分析では、企業で高い成果を出すトップ5%の社員は平均で年間43.2冊の本を読んでいることがわかりました。彼らの読み方を学んで実践すると、徐々に週1冊、月10冊と読めるようになり、気づくと年間300~400冊読めるようになりました。
世界の一流から読書量の刺激を受け、日本の一流から読み方を教わり、その両方を実践したことが、いまの読書習慣につながっています。
小早川 一般社員の95%が年間読書数平均2.4冊というデータがあります。一流はその約18倍の本を読んでいることになります。
越川 すぐに読めるようになったわけではありませんが、休日を有効活用して徐々に読めるようになると自己効力感(目標達成のための能力を自分が持っていると信じられる力)が高まっていきました。

いま大人の勉強や学び直しが必要だと言われます。学びにはさまざまな方法がありますが、読書が最もコスパが高い。たとえば著者が詰め込んだ30年分の知識と経験も、2000円程度で、3時間も読めば獲得できてしまいます。
ネット上の情報は信憑性が低いものも多く、何より、誰もがアプローチできる情報で他者と差をつけることなんてできません。その意味でも、読書は最良の学習ツールだと思っています。
小早川 一方で書籍も玉石混交です。越川さんは、どのように本を選んでいますか?
越川 本の選び方も一流の方法を実践しています。彼らは一度に7冊買う人が多く、「5対2の法則」で本を選んでいます。
5冊は読む必要のある本や読みたい本を選ぶ。たとえば顧客の経営者が出している本や、自分の仕事に関係する本、勉強したい資格や法律の本などです。これは店舗でも、ネット書店でもどちらでもいいでしょう。
残り2冊は、偶然の出会いに任せるという選び方です。書棚を眺めながら目に留まった本や、書店員さんに勧められた本など、買う予定のなかった本を買う。偶然の出会いに任せるため、この2冊はなるべく店舗に足を運んで選ぶようにしています。
重要なのはこの2冊です。偶然の出会いで手に取った本が、人生を変えることがあるからです。私にとってそのひとつが、『エッセンシャル思考』(グレッグ・マキューン、かんき出版)でした。書店でたまたま通路沿いに置いてあり、何となく興味があったので手に取っただけの本です。しかしこれを読んで、私は週休3日の会社をつくろうと決めました。そんな「偶然のチャンス」をくれるのが書店だと思っています。
一流の休日は週2.5日以上
小早川 休日には書店に行くことも多いんですか?
越川 よく行きます。日本に週休2日を浸透させた松下幸之助さんは「休養と教養」と言いました。体を休めながらも、本や芸術に触れる時間は、教養を得るとともにリフレッシュの時間にもなります。

小早川 私の休日の過ごし方についてアドバイスをいただいてもいいですか。私はたいてい、金曜の仕事終わりの夜は茶道に通い、土曜の午後はフットサルをして、日曜は読書をしたり、美術館に行ったり、映画を見たりしているんです。この休日の過ごし方は、どう思いますか?
越川 休日の専門家として忖度なしに申し上げて、一流だと思います。ただ100点満点なら95点ですね。
小早川 毎週のルーティンなので自分ではわからないのですが、何が良いのでしょうか?
越川 素晴らしい点が3つあります。まずひとつは、ちゃんと「休んでいる」ことです。経営者はとにかく忙しくて休む時間をなかなかつくれません。そうしたなかで休むことができているし、「休んでいます」と社内外にきちんと言える経営者は、かっこいいと思います。
2つ目は、土曜にアクティブな活動をしている点です。スポーツやアウトドアなどは他者との立体的なコミュニケーションを生み出します。これをきっかけにイノベーションが生まれることもあり、世界の一流もアクティブな活動は土曜日に入れています。
3つ目は、日曜をリフレッシュに充てている点です。まさに読書や美術館でもいいし、マッサージに行くのも良いでしょう。土曜に発散したエネルギーを日曜に回復させ、休養と教養を得る時間にしているのは素晴らしいと思いました。

小早川 ありがとうございます。5点分は何が足りないのでしょう?
越川 金曜の「夜」から休日の準備をしている点です。実は世界の一流は、金曜日の「夕方」から、休日を始めてしまうんです。
金曜の夕方15~16時頃からやってほしいのが、1週間の仕事の振り返りです。「できたこと」、「できなかったこと」を整理すると、無駄な時間が見えてきます。それを「月曜からやめよう」と考えると、週明けからの仕事が軽くなります。
仕事を整理した後で、土日の楽しみなことを考え始めます。たとえば「次はフットサルで1点取ってやるぞ」でもいいでしょう。そこからもう休日が始まります。すると実質的に休日が2.5日に増えるようなものです。
金曜の夕方は週の仕事を整理して無駄を洗い出し、休日の妄想を始める。これを取り入れたら100点です。
小早川 体は会社にいても、心と頭は休日モードに切り替えるのが大事なんですね。
越川 私は休日もなく働きすぎた結果、何度も精神と身体を壊してきました。だからこそ読者に伝えたいのは、あなたはすでに頑張っているから大丈夫、ということです。私の本を読むような人は、自分を高めようとしているのですから、それだけで仕事のできる人たちです。だから、どうか頑張りすぎないでほしい。
本書に書いている「1日7分」の瞑想など、休日の24時間のうちたった0.5%からちょっと変えるだけで、その頑張りがもっと報われるようになります。本を読んだ人は、休日に“挑戦”ではなく、小さな行動の“実験”をしてみてほしいと思っています。
編集・文:金藤 良秀(クロスメディア・パブリッシング)


世界の一流は「休日」に何をしているのか
著者:越川慎司
定価:1,738円(1,580円+税10%)
発行日:2024年11月11日
ISBN:9784295410300
ページ数:208ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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