プロボディデザイナーとして活躍する松尾伊津香氏は、食欲に悩む幼少期を過ごしました。
大学時代にヨガと出会い、ヨガには心の健康を整える効果があることを知ります。アメリカ留学でヨガを学び、インストラクターの道へ進みます「身体についてもっと知りたい」とダイエットトレーナーへの転身後に目の当たりにしたのは、過去の自分と同じく食欲の悩みを持つ人たち。適切な食事量で満足感を得るための「食事瞑想」の開発のきっかけとなったのは、妹が残した1本のソーセージでした。心が満たされる感覚を味わえると、誰もが生きやすくなる。松尾氏が考える「ゼロをプラスにする」メソッドとは。

松尾伊津香(まつお・いつか)
プロボディデザイナー、疲労回復専用ジムZERO GYMプログラムディレクター、一般社団法人ライフメディテーション協会代表理事。関西学院大学文学部総合心理科学科卒業。大学で心理学・精神医学を学ぶ中でヨガに出会い、在学中からヨガインストラクターとして働く。ダイエット指導で食事制限に苦しむ女性たちを目の当たりにし、食欲は制限するものではなく鎮静するものだという考えから、「食事瞑想®」のメソッドを確立。ストレッチとマインドフルネスを掛け合わせた疲労回復プログラムを開発し、2017年に日本初の疲労回復専用ジムZERO GYMを立ち上げる。瞑想を日常に取り入れる活動を行い、2018年には一般社団法人ライフメディテーション協会を設立。著書に『一生太らない魔法の食欲鎮静術』(クロスメディア・パブリッシング)がある。
ヨガは「心」の健康につながる

「何でこんなに食べてしまうんだろう」と自分で不思議に思うほど、幼少期は食欲の強さに悩まされていました。人目につかない場所でジャンクフードを食べては、後悔を繰り返していたんです。大人になって、ヨガインストラクターとして活動する中で、過去の私と同じ悩みを持つ方とたくさん出会うようになります。食欲に悩む人を1人でも減らしたいという想いが、いまの仕事につながっています。
私は4人きょうだいの中で、自分には特別な価値がないと感じながら育ちました。両親は私を尊重してくれましたが、その愛情を素直に受け取れず、自分勝手な解釈をしていたのだと思います。自分で自分の心を、満たせない状態にしていた。その頃から、心を整える方法が知りたかったのかもしれません。
人の健康と心に関心を持つようになり、大学では心理学科を専攻しました。さまざまな事柄を学ぶ中で強く興味を引かれたのが、心を整える方法にヨガや瞑想があるということです。ちょうどその頃ホットヨガが流行り始めていて、私も体験してみました。身体を整えるためでしたが、体験してみると心が整う感覚になったことが驚きでした。
「医療としてのヨガ」を知るためにアメリカ留学

大学3年生で就職活動を始め、いろいろな業界の説明会や面接を受けました。ただ、どの会社もしっくりきません。入社後のことを想像しても、頭に浮かぶのは数カ月後に退職する自分の姿です。
根底にあったのは、もっとヨガを学びたいという気持ちです。初めてヨガを体験した際のときめきが、私の中には強く残っていました。日本だけではなく、海外のヨガ文化を学んでみたいと感じて、大学3年生の夏にアメリカ留学を決意しました。
ヨガといえば、インドのイメージを持つ方も多いのではないでしょうか。私が実現させたかったのは、ヨガを通じて健康を伝えることです。インドも留学先の選択肢に入れていましたが、医療分野で用いられているアメリカに行くほうが、自分が実現したいことに近づけると考えました。また、ヨガを美容として考える日本との違いを知りたかったということもあります。
アメリカでは、ヨガを医療現場で利用する場所に出向いたり、ヨガスタジオを巡ったりしました。帰国後、進路にはいろいろな選択肢がありましたが、最終的に決めたのはヨガの道です。在学中にホットヨガスタジオで働き始めましたが、教える立場はまったくの未経験です。とにかく現場での経験を優先して、掃除でも受付でも、任された仕事は何でもする心意気で働いていました。
食べてしまうのは意志が弱いから?

大学卒業後もそのまま同じスタジオでヨガインストラクターとして働き、だんだんと身体についての理解が深まっていきました。もっと深く知りたいと考え、26歳で女性専用ダイエットジムのトレーナーに転身しました。
ダイエットの指導をすると、みなさん効果が出て、中には2カ月で10〜15キロ痩せる人もいました。一方で、ダイエットの効果が続かないお客様もいます。急激にリバウンドしてしまう方も珍しくありませんでした。
そうしたお客様に共通するのは、食べてはいけないとわかっていても食べてしまうことです。一般的には、「食べてしまうのは意思が弱いから」だと片付けられるかもしれません。でも、私はどうしても納得できなかった。
私も幼い頃から「食べたい」という欲に悩まされてきました。だからこそ、その悩みが他人事には思えませんでした。食べてはいけないのに食べてしまうという現象を解決しなければ、目の前のお客様はリバウンドしてしまうのではないか。そう考え始めると、食事指導をすることが怖く感じるようになってしまいました。
どうしたらいいのかと悩んでいたある日、妹と朝ごはんを食べていたときのことです。妹はソーセージを1本残してラップをかけて、冷蔵庫に入れたんです。目の前の食べ物を残すことができなかった私にはありえないことです。
「なぜ残せるの?」と聞くと、妹は「そういえば私、いつもお腹いっぱいは食べてないかも」と言ったんです。
この一件がきっかけで、食事と瞑想を掛け合わせた「食事瞑想」の開発を始めました。食事瞑想は、簡単に言うと、一口ずつ舌先で味を感じながら食べる方法です。舌先で味わおうと意識し、自分の身体との対話を繰り返すことで、適切な食事量もわかるようになります。
「一緒にジムやろうよ」から始まったZERO GYM

食事瞑想を形にする過程では、食事制限に悩む方を何人も見てきました。早く届けないと、食欲コントロールを失う方がどんどん増えていく。地道に伝えるだけでは難しいと思い、本を書きたいと考え始めました。
とはいえ、当時の私は目立った実績のないヨガインストラクターです。すぐに本を出せるわけではありません。そこで、出版について学ぶ講座を受けることにしました。講座の中で、自分の企画を編集者にプレゼンできる機会があり、私は「食事瞑想に関する本を書きたい」とアピールしました。
そこで審査員をされていたのが、クロスメディア・パブリッシングの代表である小早川さんです。当時小早川さんは新規事業を始めようと考えられていて、その一つが健康に関する分野でした。身体を鍛えるだけではなく、心を整えるジムをつくりたいというものです。世の中にマインドフルネスに関する書籍が出ていた時期でもあり、瞑想やマインドフルネスを使ったジムを作りたいと考えられていたようです。
プレゼンを終えた後、小早川さんから「一緒にジムをやろうよ」と声をかけられました。本を出すつもりだった私は、言葉の意味をうまく理解できませんでした。でもどういった形であれ、出版社に入社することでいつか本を書けるかもしれません。この機会を逃すわけにはいかないと思い、「本を書けるなら何でもします」と入社しました。その後、無事出版することになります。世の中、どういった出会いがあるのかわかりませんね。
新規事業の立ち上げは非常に大変で、苦労も少なくはありませんでした。それでも、食事瞑想を形にしたいという思いを支えに、2017年6月に疲労回復専用ジムの”ZERO GYM”を立ち上げました。
心が満たされれば回復力が高まる

ZERO GYMではプログラムディレクターとして、経営者などのお客様を中心にプログラムを提供しています。食事瞑想は主に女性をターゲットとしていたので、その違いに戸惑う期間もありました。ただ、私が大切にしているのは健康を伝えることです。どちらの活動においてもベースの考え方は共通していて、戸惑いも徐々になくなりました。
私が目指しているのは、病気の治療のようにマイナスをゼロにするのではなく、「プラスの状態に変える「アクティブヘルス」という状態です。これがZERO GYMのコンセプトにもなっています。
例えば、病気と診断されなくても、慢性的な肩こりや腰痛、睡眠の質の低下による倦怠感などを抱えている方はたくさんいます。そんな方の不調を取り除いて、ベストと言える状態に導く、これが「体」の面でのアクティブヘルスです。そのために、ZEROGYMでは休息の方法や質を見直すプログラムを導入しています。
一方で、食事瞑想では主に「心」を扱います。心がプラスの状態とは「満たされている」ということです。現代はモノや情報に溢れていて、物質的には満たされている環境なのに、それに見合う「満たされた感覚」が得られない方も少なくありません。そんな方に、食事を通して心が満たされた感覚を取り戻していただくことが、食事瞑想のゴールです。
例えば、食欲コントロールでは食事を「腹八分」で終えることを目指しますが、それに十分な満足感が伴っていないと、虚無感や満ち足りない感覚が残ります。食事瞑想では、「幸せな腹八分」として、お腹は腹八分でも心は「腹十二分」に満たされている感覚を養います。この状態になれたら、あらゆる側面で「もう十分」という感覚をつかみ、自分に不必要なモノや情報の量を見定めることができます。
最近は、「ウェルビーイング」という言葉が定着してきました。これも翻訳すると「幸福」や「満たされた感覚」です。心がプラスの状態は、そんな満たされた感覚によってつくられると私は思います。
そして、アクティブヘルスの状態でいられれば「回復力」が高まります。生きていればいろいろなことが起こります。身体的に辛いときもあれば、ネガティブな感情が生まれる場面もある。そういったときに、自分をプラスに変える方法を知っていれば、乗り越えることができる。プラスの状態を常に維持できれば、いつでも自分のベストパフォーマンスを出すことができる。そのための方法を、みなさんに知っていただきたいと思います。
健康課題にヨガや瞑想が役立つ未来を

私が成し遂げたいのは健康を伝えること。そして、生きる上で発生する健康課題の解決方法として、ヨガや瞑想を使っていただくことです。少しでも効果を実感していただけるよう、私はお客様自身が、自分の状態を自分に問うプロセスを採り入れています。
例えばZERO GYMの場合、「今日のお体の調子はどうですか」といったように、自分に矢印を向けていただきます。情報過多と言われる現代では、自分の外側に矢印を向けがちです。しかし、自分に矢印を向けて、自分がいまどういった状態にあるのか見つめ直すことも大切なステップです。
食事瞑想でも同様で、自分の心に意識を向けていただくようにしています。その時間があることで、自分の理想と現実のギャップに気付き、何をするべきか明確になります。
今後は、食事瞑想をアメリカで展開することも考えています。アメリカ留学で、日本とはあまりにも異なる食文化に驚きました。もしアメリカに食事瞑想を持ち込めたら、肥満で悩む人も減るかもしれません。
その一環として、アメリカでの出版を構想中です。簡単な道のりではないと思いますが、実現するかどうかを試してみたい。「思考は現実化する」が本当なのか、チャレンジしていきたいです。
また、2児の母親として、育児と仕事の両立も私のテーマです。これも楽なことではありませんが、子育てを理由にキャリアを止めたくありません。仕事も重要なパートだからこそ、両立できるように最適なバランスを探している途中です。
生きる上での健康課題に、ヨガや瞑想が役立つ未来をつくりたい。何事も全力で取り組めば、自ずと視界が開けていくと信じています。
取材・文:西本友












