まずは相手の心を前向きにする。治療家が気づいた「治療」と「社員教育」の共通点

尾林功二(おばやし・こうじ)

あおばグループ代表。順天堂大学卒業後、一般企業へ就職するも、鍼灸整骨院業界を志し、鍼灸マッサージ師と柔道整復師の資格を取得する。2000年あおば鍼灸整骨院を開業。自分の施術で、人の身体の痛みや辛さを取り除くことができること、人に感謝されることに喜びとやりがいを感じ、自らのスキルを向上させることに没頭する。開業後はスタッフが増えて、一緒に業界全体をより良くしようと決心し、組織づくりに邁進する。「教育こそが未来を創る」と信じて、社員教育に力を入れる。現在は、400人以上のスタッフと共に学び続け、鍼灸整骨院を通じて、地域社会の人々の健康づくりのお手伝いをしている。著書に『社会人1年目の心の教科書』(クロスメディア・パブリッシング)がある。


これまでビジネス環境では、「効率化」や「合理性」が重要でした。しかし、近年はウェルビーイングや組織的安全性といった概念もあるように、個々人の「心」と「感情」の理解が、ビジネスの成功において重要な役割を果たすようになっています。

尾林功二氏は、神奈川県鎌倉市で鍼灸整骨院をスタートさせました。今年で23年目を迎え、全国に約60店舗を展開。400人以上の従業員を抱え、年間売り上げは約30億円に成長しました。

この成功の背景には、尾林氏が20年以上にわたる、柔道整復師・鍼灸マッサージ師としての経験が大きく関係しています。尾林氏は、患者と従業員との対話を通じて、「心のありかた」についての深い理解を見出しました。今回は、患者の治療と社員教育における共通点に焦点を当て、その成功の秘訣を語っていただきました。


患者の「心」の「串」を抜く治療

患者さんの症状の改善には、心の状態を整えることが重要です。施術によって身体の痛みが治まったとしても、本当に回復するには、施術を受ける患者さん自身が「本当に良くなりたい、これで良くなる」と思い、症状が改善すると思った気持ちを心から受け入れる必要があります。そうでないと、なぜか、また同じ症状が現れてしまいます。

私たちの整骨院では、患者さんが来院されたら、まず問診を行い、患者さんの痛みやその痛みによる心身への影響について詳しく伺います。施術者が質問を繰り返すことで、患者さんは自分の症状をより深く理解することができ、その結果、治療の効果が高まります。

多くの施術者は患者さんに対して症状を説明することに重点を置きますが、大切なのは患者さんの話を聞くことです。相手の話に耳を傾け、痛みや苦しみの原因を理解することが重要です。より効果的な治療をするためには、身体の痛みの原因だけでなく、痛みが出ている時の心の状態を知ることが必要なのです。

私は施術する時、患者さんに、「一緒に良くしていきましょう!」と声をかけます。前向きな声かけは、患者さんの治療へのモチベーションを高め、症状改善に希望を持ち、治療に前向きな姿勢で取り組んでくれるようになります。技術的な治療だけでなく、患者さんの心に寄り添うことで治療の効果も高まると感じています。

患者の「患」の文字には、「心」と「串」という漢字が使われていて、患者さんの「心」に刺さった「串」を取り除くことで良くなるという考え方があります。例えば、施術の時に身体に触れる前から、患者さんの話に親身に耳を傾けることで「なんだか楽になったわ」と感動して涙を流していただけたという体験をしたことがあります。心と身体は繋がっていると感じます。

超ボス型リーダーの私が変わったきっかけ

整骨院の人気が出てきて、店舗を増やしていこうと思った時、私は社員に私の技や知識、そして患者さんの心に寄り添うことの大切さを伝えることに目を向けるようになりました。患者さんの心に向き合う人が増えれば、もっと多くの人々に喜びを届けられると考えたからです。しかし、心という目に見えないものについて伝えるということは難しく、葛藤する時期がありました。

当時の私は「超ボス型リーダー」でした。社員教育で一番やってはいけないことは、恐怖で煽って働かせることです。「上司が怖いからやる」というモチベーションは長続きしません。店舗が増えるにつれて、私は自己中心的な考えに陥りました。当時、スタッフは各自開業するために技術や経営のノウハウを学んでおり、習得すればすぐに辞めてしまうと思い込んでいました。

考え方が変わったのは、私が35歳の時でした。私の整骨院が2、3店舗を運営していた時期に、「治療家甲子園」というイベントで、成功している治療家の方たちと出会いました。その中には、すでに10店舗、20店舗といった規模で事業を展開している方もいました。この出会いが、自分の考え方の視野の狭さに気付かせてくれました。

そこで、ふと自社の社員を見てみると、みんな仕事が楽しそうではありませんでした。社員の話を聞かず、自分の意見を押し付けてばかりいた私と社員の間には大きな壁があり、このままでは、私の思いやビジョンは社員に届かないと悟ったのです。そこで私は、変わろうと決意しました。コミュニケーションのスタイルを変え、社員の声に耳を傾け、彼らと協力しながら共に成長する環境を作りたいと考えるようになったんです。

患者も社員も「幸せ」になりたがっている

自分の考えを変えたいと決意した時、心療内科の医師と出会い、彼の後押しで心の勉強を始めました。その過程で、心についてのさまざまな本を読んだり、勉強会に参加したりする中で、気付いたことがあります。それは、表現や言い回しが違っていても根本的な部分は同じだということです。みんな「幸せになりたい」。その一点に向かっているんです。

人にはそれぞれの幸せがあります。患者さんにとっての幸せは「今の痛みから解放されて、やりたいことができる体になること」であり、社員にとっての幸せは「社会の一員として貢献し、目標に近づくことで達成感を得ること」。内容は違っていても、幸せになるという意味では目指すところは一緒です。例えば、富士山を登る時には、登り口はたくさんありますが、頂上は一つです。みんな現在の地点は異なり、見ている眺めは違うかもしれませんが「幸せになる」という頂上を目指して登っている。そのために必要なサポートも同じだったのです。

皆さんは、子供の頃に親から叱られて「そんなことはわかってるよ、でも……」と反発したことはありませんか。人から指摘を受ける時、正論は厳しく感じるものです。

伝える側は、伝える相手の気持ちをよく考える必要があります。受け取る相手がメッセージを受け入れる態勢にない場合、人に物事が伝わることはありません。リーダーと社会人1年目の社員では同じことを伝えても感じ方は全く違います。患者さんの心の状態を知るように、社員の話を聞き、心を前向きにした上で、相手に合わせてメッセージを伝えることが必要だったのです。

自分がされて嬉しいことを相手の立場で考える

私の会社には、社員全員に配布している「フィロソフィーと経営計画書」という冊子があります。その中には「相手の気持ちになって考える」というメッセージを込めています。

「相手の気持ちになって考える」とは、相手の心を考えるということです。これを言い換えると「利他」。その反対が「利己」で、自分の利益だけを考え、他人の気持ちを無視することです。「利他」の心と合わせて大切なことは「感謝」です。感謝の気持ちを失うと、謙虚さがなくなって、横柄になってしまう。対人関係が上手くいかない時は「利己的」になっている。自分自身が上手くいってない時は感謝の気持ちが薄れている。すごくシンプルなんです。

他人から親切にされると、その親切を返したいと感じることがあります。相手の喜びを真剣に考えて行動することで、自分の幸せとして返ってきます。他人の幸せを思いやることで、自己満足感を高め、心に喜びをもたらすのです。

人からいいことをされたら、お返しをしたくなりますよね。相手の喜びを真剣に考えて行動すると、それは自分の幸せとして返ってきます。自分中心の生き方よりも、他人の喜びを考えて生きる方が自分の心も喜ぶ。言葉にすると簡単ですが、実際にはなかなか実践できないものです。私は、患者さんや社員と向き合う時には、いつも相手の喜びを真剣に考えるように心がけています。人を喜ばせるためには、まず「自分がされて嬉しいこと」を思い浮かべます。でも、それだけではなく、相手の立場になってもう1度考え直します。これを怠ると、相手との間にズレが出てしまうことがあります。例えば、お蕎麦が好きな人が、相手に「旨い蕎麦屋あったよ」と一方的に言っても、伝えた相手はそばアレルギーという場合もありますよね。

前向きな心が人間としての成長を早める

物事を受け入れるためには「心」のありかたが大切です。心が前向きな時は物事を受け入れやすくなります。
仕事は楽なことばかりではありません。時には辛いこともあります。「なぜ自分がこんな仕事をしなければならないのか」と思うこともあるでしょう。しかし、そのような心で1日を過ごした後の自分の心の状態を想像してみてください。とても疲弊していて、むなしいと感じるでしょう。

前向きな心で「自分は治療を通じてたくさんの人の心に安心と希望を届けるんだ」という目標をもって仕事に取り組むと、達成できるように努力をするようになります。結果、「人に喜ばれた」「たくさんの人を元気にした」という思いで1日を終えることができたら、とても素晴らしい日だったと充実感を得ることができますし、自分の価値を感じることができます。前向きな心を持っている人は技術の習得が早く、人間としても成長します。

このような話を聞くと「確かにそうだな」と思いますよね。でも、人は忘れやすいもので、1日経つと忘れてしまう事も多くあります。もしかしたら1時間後にはもう忘れているかもしれません。もちろん、私だって忘れることがあります。そのため、私は社員の前で心のありかたについて発言する機会を月に6回設けています。そこで自らを振り返ることで、前向きな心を保てるようにしているんです。そして、社員にも同じような場を提供しています。例えば、定期的な勉強会や朝礼では、事務報告だけでなく「フィロソフィーと経営計画書」を一緒に朗読したり、私の書籍『社会人1年目の教科書』渡したりしています。自分の弱い心に打ち勝つ武器にしてほしいのです。

人は皆、誰かに教えられなくても、どうしたら幸せになれるのかを知っています。ただし、心が健全でなければ正解が見えなくなってしまいます。私がやっているのは、心を前向きにし、自分の幸せに気づかせてあげるだけのことなんです。

目標達成は「自分のため」ではない

私は学生時代バスケットボール部に所属し、チームで全国大会に出場した経験から、チームで何かを成し遂げることがとても好きでした。そこには仲間と分かち合える感動があったからです。でも自分の中で、社会に出たらあんな感動ないんだと、諦めていました。

ところが、事業が成長する中で、チームビルディング研修で足柄山でのアクティビティを通じて、チームで協力し合う感動を味わいました。この経験をきっかけに、初めて全社員を集めて経営計画発表会を開催しました。私はここで、社員に対して一方的な指示を出すのではなく、みんなで成長できる組織を作っていきたいという思いを共有しました。人は、目標があることで、希望と生きる力が湧いてきます。今の私の目標は、社員も含めて、あおばグループに関わる全ての人が幸せになれる組織づくりです。そのために、社員ひとりひとりが主体性を持って仕事に取り組み、私たちのミッションを遂行します。それは経営理念である、「人々の喜びと幸せの創造」を具現化することです。

会社を立ち上げた当初、目標達成は自分のためだけにするものだと考えていましたが、そうではありませんでした。今は、目標を達成することで周りの人々の幸福や喜びに貢献できるような組織を作りたいと思っています。例えば、オリンピックのメダリストの方の努力は、多くの人に喜びをもたらすことにつながっています。海外で活躍されている大谷翔平選手も、自分の努力が日本中の人々に勇気を与えています。

私にはそこまで大きな影響力はないかもしれませんが、目標を達成することで、周りの人々にどのように貢献できるかを意識し、他人の幸福や喜びに貢献するという考え方を持つことで目標の設定方法が変わりました。社員全員が「みんなに喜んでもらいたい」という気持ちで働ける組織を作ることで、会社に関わる全ての人が幸せになって欲しい。私は現在54歳で、引退時期を65歳と考えています。残りの10年をかけて、そのビジョンを実現する組織を築いていきます。

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