金融教育より、人を救う仕組みを。「庶民の資産形成」が変える世界


所得が高くなくても利用できる、資産形成の手段を――。

「はぐくみ企業年金」を提供するベター・プレイスの創業者・森本氏は、サービスの対象者を経済的に苦労した過去の自分になぞらえ、あえて「庶民」と呼びます。

「儲からないことはやらない」という金融業界の常識に抗うように起業したものの、お金が集まらず、自ら立ち上げた会社を追い出されて無一文に。挫折を経て行き着いた答えは、個人の金融リテラシーに頼らず、誰もが自然と資産を増やせる“仕組み”を作ることでした。知識がなくても直感的にメリットがわかり、乗るだけで将来に備えられる。業界への警鐘よりも、人々への教育よりも、まずは「金融包摂」が重要だったのです。

現在12万人が加入する「はぐくみ企業年金」を、10年後には150万人へ。生活保護へ転落する人を減らすだけでなく、資金をマイクロファイナンスなどへ回す提案を行い、世界の貧困問題を解決する。憤りと挫折から生まれた「人を救う“仕組み”」が、世界へ、未来へと広がっていきます。


森本新士(もりもと・しんじ)

株式会社ベター・プレイス代表取締役社長CEO。アリコジャパンを経て、スカンディア生命保険にて長期投資の可能性を学び、2007年に独立系の運用会社を起業するも、力不足でお金が集まらず、自ら設立した会社を追い出される。痛恨の想いを糧に、2011年に株式会社ベター・プレイスを創業。2018年に市井の人たちの資産形成を応援するための「はぐくみ企業年金」を設立。同基金は設立約8年で加入者数12万人・資産残高682億円(概算)に到達するまでに成長。公益社団法人日本証券アナリスト協会検定会員。1級DCプランナー(企業年金総合プランナー)認定試験合格。著書に『お金の心配がなくなる未来のつくり方』(幻冬舎)がある。

お金に興味を持たないとお金は増えない

私が小学生の頃に両親が離婚して、私と弟は母に育てられました。母は一生懸命働いてくれましたが、やはり苦労は多かった。ひとつのコロッケを兄弟で分け合うような生活で、自然と「お金は大事にしなければいけない」と考えるようになりました。とはいえ、お金を稼ぐこと自体にはあまり興味がなかったんです。

ところが、大学進学で鳥取から上京すると、何をするにもお金がかかります。仕送りもほとんどなく、とにかくお金がない。「興味がない」と言っていれば、ずっとこの苦労は続くのだとわかりました。

大学卒業後、入ったのはアリコジャパン(現・メットライフ生命)という保険会社です。私が関心を持っていたのは、自分たちのような「庶民」の資産形成です。ただ当時は終身保険の予定利率が下がり続けていて、保険だけでの資産形成には無理があると感じるようになりました。

そんなとき、大きな出来事がありました。弟は父の酒屋を手伝っていたのですが、商売がうまくいかず、倒産してしまったんです。弟は連帯保証人になっていて、自己破産せざるを得ませんでした。

苦しむ弟やその妻の姿を見る中で、「庶民の資産形成を応援したい」と考えるようになった頃、スカンディア生命保険という会社からスカウトがありました。早い時期から、資産形成と保険機能を両立させた会社です。その考え方に惹かれ、27歳で転職しました。

さらに大きな転機となったのは、澤上篤人さんとの出会いです。澤上さんはスイスの金融機関で活躍した後に日本に戻り、庶民向けの投資信託である「さわかみファンド」を立ち上げた方です。バブル崩壊後に日本経済が低迷する中でも、グローバル投資で資産を増やしている人たちがいる。その方法を多くの金融関係者に教えていらっしゃいました。

私もスカンディアの保険を通してグローバル株式に投資してみると、数年で資産が増えました。複利の効果を実感する中で、澤上さんから「世のため、人のために働け」と言われたことが、最初の独立へとつながっていきます。

自分で作った会社を追い出される

私が最初に興したのは、「かいたく投信」という運用会社です。庶民でも資産形成ができるように、月額1000円から買える投資信託を作りました。いまでは当たり前の仕組みですが、2007年当時に同じことをしている会社はほとんどなかったんです。

当時の投資信託は、数十万~数百万を必要とすることが多く、とても庶民には手が出ません。他社が少額商品をつくらなかった理由はシンプルで、儲からないからです。毎月1000円でも100万円でも1000万円でも、運用の手間は変わらない。でも収益は大きく変わるわけです。

かいたく投信では、グローバル株式でポートフォリオを組んだシングルファンドを用意しました。自分で投資先を選ぶ必要がなく、誰でも世界に分散投資できる仕組みです。一見するとインデックスファンドのようですが、いわゆる「運用ブティック」を組み合わせていたのが特徴です。

運用ブティックとは特定分野に特化した少人数の運用会社のことで、高い専門性を生かして大きな成果を狙います。本来は機関投資家しかアクセスできない投資先や、保険を通さなければ買えない商品も扱っています。

ただ、結果としてこの事業はうまくいきませんでした。

理由のひとつは、情報発信の手段を持っていなかったことです。いまはSNSがあり、良いものであれば自然と広がります。現在当社が主に手掛けている「はぐくみ企業年金」でも、コンセプトに共感したYouTuberが拡散してくれています。しかし当時は、そのような広がりを生む手段がありませんでした。

もうひとつの理由は、ブランド力の不足です。私が「保険会社で営業成績トップだった」と言っても、ニュースとしての価値はありません。どれだけ画期的なファンドでも、関心を持たれなければ存在しないのと同じです。結果として資産は集まらず、自分で立ち上げた会社を離れることになりました。

「俺がやらなきゃ誰がやるんだ」

会社を作るのに全財産をかけ、給料も20万円ほどしかもらっていませんでした。会社を追い出されたときには、もう無一文です。またサラリーマンをやろうか、それとも再び会社を立ち上げるべきか、とても悩みました。

ただ、手元にお金がないからすぐに動かなければいけません。友人の経営者が法人向けのコンサルティングをやっていたので、まずは1年間手伝わせてもらうことにしました。その期間に、頭を冷やして今後のことを考えようと思ったんです。

1年間を過ごすうちに、「やっぱり庶民のための資産形成を実現したい」という答えに行き着きました。私が澤上さんのもとで学んでいた頃、同じように何百人もの金融関係者が集まっていて、私より遥かに頭のいい人たちもたくさんいました。しかし、誰一人として庶民に向けた仕組みを作ろうとはしなかった。優秀な人ほど「そんな儲からないこと、なんでやる必要があるのか」と言うんです。

金融業界には、経済的に恵まれた環境で育ち、「お金を稼げるから」「スキルが身につくから」という理由で仕事を選んだ人も少なくありません。私は、お金に苦労している母親を見て育ち、自己破産をした弟の苦労も見ています。かいたく投信をつくったときの「俺がやらなきゃ誰がやるんだ」という気持ちを思い出しました。

そうして2011年に立ち上げたのが、「ベター・プレイス」です。私の強みは退職金や企業年金の制度設計で、最初の数年間は企業型確定拠出年金(企業型DC)の導入支援を中心にコンサルティングをしていました。

企業が選択制企業型DCを導入すれば、従業員は税金や社会保険料の負担が軽くなり、副次的に会社側も社会保険料の負担が減ります。将来の老齢厚生年金受給額を含む社会保障給付額が減る点には注意が必要ですが、負担の軽減はメリットといえるでしょう。ただ、導入や運用の手間がかかるうえ、加入者が少なければ企業側は十分なメリットを出すことができません。そこで、従業員の加入状況に応じた成功報酬型のサービスにしました。

そうして一気に案件を獲得できたんですが、同じ会社内でも業種や職種によって加入率にばらつきがあることがわかりました。ある地方のコングロマリットでは、ホワイトカラーの人たちは8割くらいが加入しましたが、介護部門やビルメンテナンス部門で働く人たちにはほとんど受け入れられませんでした。

エッセンシャルワーカーの人たちに受け入れられなかった理由を端的に言えば、金融や社会保障の制度が、日々の仕事に全力を注いでいる人たちの実情に合った設計になっていなかったことだと思います。老後への不安を感じても、目の前の生活を優先せざるを得ない状況では、「きっとなんとかなる」と考えるのも無理はありません。
「親には株なんかするなと言われてきた」「年金がもらえるんだから大丈夫」と言われることもありました。さらに、企業型DCは原則60歳まで引き出すことができません。「そんなの無理に決まっている」と、耳をふさがれてしまうんです。

中小企業に爆発的に広まった理由

エッセンシャルワーカーや所得が十分でない人たちにも受け入れられる資産形成として考えたのが、「はぐくみ企業年金」です。確定給付型(DB)の企業年金で、制度設計は企業型DCと真逆の発想でつくりました。

まず、はぐくみ企業年金では「株か債券か不動産か」といった投資先を、自分で選ぶ必要がありません。お金を出したら税負担の軽減効果が生まれ、投資効果を生みながら資産を育てていくことができます。

それに、積み立てたお金は企業型DCのように「原則60歳まで引き出せない」というものではありません。老後の受け取りが基本ではありますが、退職、休職、育児休業、親の介護休業などでも受け取ることができます。

ただ、こうした商品設計からローンチまでには2年かかっています。新しい金融サービスを作るというのは、ゼロから保険会社を作るようなものです。当初は自分で制度を作るとは考えておらず、他社の商品を扱うことを考えていました。

しかし、金融機関に持ち込んでも「人数の少ない会社を対象にしても儲からない」と相手にされません。ある会社の会議室で「あなたたちみたいな考え方の人しかいないから、世の中がよくならないんだ!」と怒鳴ったこともあります。

「じゃあ自分で作ろうか」と思っても、ノウハウがありません。そもそも企業年金というのはノウハウの塊で、年金数理人という専門家が緻密に制度設計をするものです。

さまざまなネットワークから専門家を探して、ようやく関さんという方に辿り着きました。三井信託銀行(現・三井住友信託銀行)で部長を務め、タワーズワトソン株式会社という世界有数の年金コンサル会社の取締役まで務めた方です。

彼に「庶民のための年金を作りたいんです。だけど自分にはノウハウがないので、手伝ってもらえませんか」と直談判しました。すると「うーん」と考えた後にひとこと、「やぶさかでもない」と。現在、関さんには福祉はぐくみ企業年金基金の理事長を務めてもらっています。

そこから制度を全国に普及させるうえでは、DXがポイントになりました。

新型コロナ禍の前までは、対面で説明するのが当たり前でした。でも、毎月何百社もの契約をいただくようになると、とても対面では対応しきれません。オンライン化が進んだことが、結果的に追い風になりました。

それから、導入時の手続きもDX化しました。企業年金を申請するときには、厚さ3センチくらいある規約を準備しなければいけません。でも中小企業の場合、就業規則や給与規程がきちんと整備されていないことも多い。当初は提出書類の95%くらいが不備になってしまっていましたが、オンラインで入力できるフォーマットを用意したことで不備率は少しずつ下がり、現在では1割以下になっています。

企業が導入しやすいようにしたうえで、従業員の方々に理解してもらうことも重要です。制度を説明するときは、誰にでもわかる簡単な言葉を使うように徹底しています。操作方法も簡単で、QRを読み取れば自動的に画面が立ち上がり、そこに自分のデータが入っていて、税負担軽減効果もわかるようになっています。難しい知識がなくても、直感的にメリットを理解して、資産形成をスタートできる仕組みです。

BtoBtoE(企業を通じて従業員に提供するビジネス)では、こうした「仕組み」が重要です。まず法人側に導入の意思決定をしてもらうためには、明確なメリットが必要不可欠です。そのうえで、誰にでも簡単に使える再現性や汎用性があること。資産形成の大切さを説くだけでは、実際の活用にはなかなか結び付かないんです。

大切なのはリテラシーよりインクルージョン

私は社会人になってからずっと、金融リテラシーを育てるための活動をしてきました。しかしいまは、大切なのはリテラシーよりもインクルージョン(包摂)であると考えるようになりました。難しい知識がなくても、制度に乗るだけで資産形成をスタートできるはぐくみ企業年金は、その手段になっていると思います。

もちろん、始めるだけではなくて、しっかり成果が出なければいけません。デフレの時代は、「増えなくても減らなければいい」で通用しました。でもいまはインフレに負けないように、ある程度増やす必要があります。現在のインフレ率が約2%だとして、はぐくみ企業年金では、同水準での利回りが安定的に期待できるポートフォリオになっています。

とはいえ、「金融包摂」だけでは十分ではありません。はぐくみ企業年金の場合、会社を辞めれば一度引き出すことになります。老後に備えるためには、別の手段で資産形成を続けなければいけないわけです。そのときに金融リテラシーがなければ、適切な商品を選ぶことができません。

知識をつけるためには、まずは興味を持ってもらうことが必要です。具体的には、積み立ての成果がどれくらいになっているのかを定期的にお知らせし、実感を持ってもらうようにしています。

同時に、これからは社会保障に関するリテラシーも伝えていく必要があると考えています。「あなたの年収の場合、厚生年金は月12万5000円くらいになります。一方で単身者の平均的な生活費は15万5000円くらいです。20年生きるとすれば700万円以上不足します。ではどうしますか?」と問いかけ、自分ごととして考えてもらうようにしています。

はぐくみ企業年金だけで、すべてが完結するわけではありません。ただし大切なのは「アクションを起こすこと」です。知識がないから何もしないのと、最初の一歩を踏み出すのとでは、その後の景色が大きく変わるのではないでしょうか。

10年後・加入者150万人で実現できること

現在、はぐくみ企業年金の加入者は12万人を突破しています(2026年4月時点)。これを10年後には、150万人にしたいと思っています。

例えば毎月2万円を積み立てて、3%の利回りで20年間運用すると、660万円くらいになります。先ほどの例のように毎月3万円足りない場合でも、83歳くらいまではカバーできますし、さらに250万円くらいの貯金があれば90歳まで備えることができる計算になります。

それによって何が起こるかというと、一つは生活保護を受給する人の減少です。

いまは生活保護を受けている方が全国に200万人います。かつて弟が自己破産した現場を間近で見て、本当に大変だと知りました。車も持てず、当時はエアコンも買えませんでした。人間の尊厳が奪われかねないような状況です。

加入者150万人のうち、仮に1%の人たちが老後に生活保護を必要とせずに済むようになれば、それだけで1万5000人を救うことになります。1万5000人が経済的な不安を抱えることなく、自分らしく生きていけるようになります。

生活保護が減ることは、日本の財政的にも大きなプラスになります。現在、国は生活保護として、一人当たり月に12万から14万円ほどの生活費や医療費を負担しています。1万5000人であれば、その財政負担は大きく軽減されます。

そのうえで、最近始めたのが「マイクロファイナンス(融資を受けにくい低所得層や小規模事業者に対して、小口で提供される融資)」への展開です。現在はぐくみ企業年金の運用資産は600億円を超える規模ですが、加入者が150万人になれば約2兆円規模になります。

資本主義の構造上、お金はお金のあるところに集まります。結果として投資はAIや宇宙産業に向かいがちです。しかし、今日を生きるのが精一杯の人たちにとって、宇宙は関係ありません。

もし2兆円のうち1割でもアジアの貧困層に向けられれば、その人たちの生活を大きく変えることができます。単なる綺麗ごとではなく、ビジネスの側面もあります。小口融資であるため一件あたりのコストが相対的に高くなり、その分、貸出金利はやや高めに設定されます。インドネシアで行っているマイクロファイナンスでは、日本円換算で7%ほどの利回りが出ています。こういった投資先をはぐくみ企業年金に提案し、採用されれば、その運用益をはぐくみ企業年金の加入者に還元する構造が作れます。

宇宙産業の市場規模が100兆円と言われていますが、マイクロファイナンスの市場も今後同じく100兆円規模に達すると予測されています。ここにお金を適切に回すことで、誰もが生活を改善でき、世界全体がより良くなっていく、そんな仕組みをつくっていきたいと考えています。

取材・文・編集:久保木勇耶(クロスメディア・パブリッシング)

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