負債1.4億円からグループ7社100億円企業へ。手探りで見つけた「大手に勝てる」生存戦略

年商7000万円に対し、借金は1億4000万円。就職活動はせず、テニスコーチになるつもりだった若者が突然呼び戻された実家で直面したのは、倒産寸前の家業でした。知識ゼロから食肉会社の二代目社長となり、M&Aや自社牧場の経営、そしてネット通販事業へと展開。静岡発のローカル食肉会社は、いかにして絶体絶命のピンチを脱し、100億円企業へと進化したのか。手数を増やし、失敗を繰り返しながら活路を見出す戦略をひも解きます。

青野博志(あおのひろし)
アオノフレッシュミート株式会社代表取締役。1972年静岡県生まれ。1994年、父が起こした食肉卸の会社に入社。年商7000万円に対して、負債1億4000万円を抱えた同社を再建。2005年の代表就任以降、精力的に新規事業立ち上げやM&Aを実施してグループを拡大。
同社は現在、傘下に7つの企業を持つ。食肉生産、卸、加工、販売を総合的に手掛け、年商はグループ全体で100億円以上に達する。

つぶれかけた肉屋の二代目として

当社は、静岡市内に本社を置く食肉会社です。1961年に先代社長である父が個人事業として立ち上げ、スーパーの中の精肉店として、肉やポテトサラダ等の総菜を販売していました。1974年には株式会社となり、食肉卸や加工事業へ本格的に事業を拡げ、法人相手の取引を通じて成長を遂げています。
私は地元・静岡県で育ち、大学入学とともに家を出て名古屋で学びました。学生時代は、家業を継ぐことについて考えたことは全くありませんでした。当時はアルバイトでテニスのコーチとして生計を立てることができていたので、そのまま働くつもりで就職活動も一切しませんでした。
ところが卒業を控えたある日、父の調子が悪いから帰って来いと連絡があったんです。慌てて帰宅したのですが、不調は私を呼び戻すための方便だったのでしょう。父はいたって元気で、その代わり会社が倒産の危機でした。年間7000万円の売り上げに対して、借金が1億4000万円。取引先の銀行の方が一緒に借入金の返済計画を考えてくれましたが、再生できるかどうか、まさに瀬戸際でした。
そうして強制的に家業を立て直すことになったのが、私の社会人人生のスタートです。思えばここが、人生で一番しんどい時期でした。


二代目といっても、私は肉についてはまるっきり素人です。肉屋を目指す人たちは、「食肉学校」という職業能力開発校で学ぶルートが王道です。そこでは、肉の成形から、加工品製造、衛生管理、原価計算、マーケティングまで幅広く教えてもらえます。私にはそんな余裕も資金もなく、丁稚のように、父と一緒に得意先を回りながら仕事を覚えるしかありませんでした。肉の見分け方や営業のイロハも、手探りで身に付けてきました。

経営の立て直しは本当に大変でした。新規事業を立ち上げたくても資金がありませんから、今ある事業を何とか大きくするしかありません。一生懸命肉のことを覚えて、営業に出て売る。その繰り返しです。
当時は、経理や簿記の知識も全くありせん。決算書の読み方についての解説本を買ってきて、独学で学びました。そこから当社の決算書を見直したところ、本当に瀕死状態であることが、改めてわかりました。ただ、同時に、どこに問題があるのかも見えてきました。
数字の読み方を覚えることで、「ただ肉を仕入れて売るだけではだめだ、価値をどう増やすかを考えなくては」という思考回路が少しずつ育っていったのだと思います。
そこから、食肉加工業界ではBSE(牛海綿状脳症)や産地偽装問題などの大事件もありましたが、豚肉を主力商品とする当社は、幸い大きな傷を負うことなく成長を続けることができました。がむしゃらに働きながら何とか経営を軌道に乗せて、2005年にアオノフレッシュミートの代表に就任しました。そこからようやく、事業の拡大に舵を切ることができたんです。

生産から販売までを手掛けるように

私の性格上、面白そうなことには何でも手を出してみたくなりますし、頼まれると断れないところもあります。当時、地元の青年会議所で役員をしていたこともあり、いろいろな方から事業の依頼や相談を受けて、食肉関係以外の事業もいくつか手掛けることになりました。
2007年に卸仲間の後輩に誘われて立ち上げたのが、肉の商社「フードクリエイト」です。
そこからさらに地元の2社をM&Aで傘下に加えました。
そのひとつが、「すぎもとミート販売」です。業績不調から「助けてもらえないか」と相談されて、引き受けることにしました。また、地元の同業であったS社はライバルとして、ずっとお互いを削りあっていました。しかし、そのような関係性を続けていてもお互いに消耗するだけで未来がないと話し合い、合併してできたのが「シズオカミート」です。


2013年には、自社グループで牧場経営をスタートしました。全国で大規模な共同体農場を展開していた農業団体があり、私は本部の方と親交がありました。その団体は、最盛期には会員が自ら開墾した50か所以上の農場で自給自足の生活を送っていましたが、徐々に活動が縮小していました。そこで当社が、閉鎖が検討されていた宮城県にある養豚場の運営を引き継ぐことになったんです。その後、栃木県、秋田県の農場も譲り受けています。
このお話は、こちらとしても渡りに船でした。今は市場の競りなどもあり自由に肉を買えますが、いずれ大手メーカーによる牧場の囲い込みが始まるでしょう。近い将来、食肉の自由な流通は難しくなると思っています。その状態になったときに生産現場を持っていなければ、会社の存続危機につながります。
それに、食肉卸は、仕入れた肉を企業に安く提供するために、自分たちの身を削らなければならないこともあります。さらに大きな成長を遂げるには、自社で全工程を賄えるようになることが必要だと考えました。
肉の生産拠点を手に入れたら、次は自分たちで値付けできるオリジナル商品と、それを売る場所が必要です。もともとベーコン、焼き豚、ハンバーグなど、肉の加工は得意だったので、あとは付加価値の高い商品を開発し、B2Cの販路を作ればいいはずです。実現に向けて、手探り状態が続いていました。

手数を増やせば活路は見いだせる

モンゴルの牧場にて


挑戦を続ける中で、当然、失敗も経験しています。今後、日本国内では人口減少によって食肉需要が減る一方でしょう。海外への事業展開は必須だと考えて、2019年にモンゴルに会社を立ち上げることにしました。モンゴルの人口は静岡県と同程度で、国の雰囲気も日本の昭和30~40年代といった趣でのんびりしています。ここでなら成長が期待できるのではないかと思いました。
最初は羊の肉を売る計画を立てましたが、モンゴル国内では羊の値段はそれほど高くなく、売ってもたいした利益にならないことがわかりました。日本やイランなどに羊肉を輸出できれば、大きなビジネスになったはずですが、モンゴルの羊肉は口蹄疫の問題から、国外に持ち出せません。ほかにも、金融業、金鉱山開発、建設機械のレンタルなどにも手を広げてみましたが、いずれも鳴かず飛ばずで、初めての海外進出は、成功したとは言えませんでした。
いま手掛けている事業は、計画的に事業を発展させてきたというより、やってみてうまくいったものです。しかし、それでいいのだと思います。手数を増やすことで活路は必ず見えてきます。
一番の成功は、ネット通販事業です。当社は長年B2Bの食肉卸を主な事業としており、経営的には安定していました。あえてB2Cのネット通販に手を出す必要はなかったのかもしれませんが、新しいものは何でも試してみたいし、そうするべきです。
2009年から肉やその加工品のネット通販を始めましたが、新型コロナ禍の緊急事態宣言で大きく伸びました。飲食店が軒並み休業して、外食ができなくなった人たちのニーズに応えたかたちです。
当社の「そのまんま肉バーグ」という商品は、静岡県で有名な某ハンバーグチェーンのハンバーグに味が似ていると、ご好評いただいています。実は、当社傘下に加わった「すぎもとミート販売」は、かつてそのお店にハンバーグを卸していたご縁があります。
「そのまんま肉バーグ」の人気をさらに加速させたのが、新型コロナ禍のキャンプブームでした。女子高生たちのキャンプライフを描いた漫画『ゆるキャン△』の中で「そのまんま肉バーグ」が取り上げられたんです。コロナ禍でホテルや飲食店向けの卸売り上げが4割減少した一方で、ネット通販の売り上げは急カーブを描いて上昇していきました。

日本テレビ「満点☆青空レストラン」で取り上げられたことも


結果的に、卸で減少した売り上げをネット通販でカバーできました。B2Cのアクセスポイントを持つことが、いかに重要であるかがわかりました。モンゴルでの失敗と、ネット通販事業の成功。どちらもためらわずに手を打ち続けてきたからこそ、結果につながったのだと思っています。

大手には真似できない独自路線

コロナ禍をきっかけに通販事業が伸びたことで、肉の卸売業だけにあぐらをかいていてはいけない、という思いが一層強くなりました。やはり、自分たちの商品を、自分たちの希望する値段で売れるというのは強みです。そこで、卸売業から製造業に本格的に手を広げることにしました。これまでに工場を3カ所立ち上げ、飲食店を10店舗出しています。
新設した工場では、商品開発を進めています。例えば、肉の未利用部位の製品化や、これまで試したことのない製法を使った新商品の開発。誰もやらないことに挑戦し、うまくいったときにびっくりしてもらえると、楽しくて仕方ありません。
いまは「ソーセージのカスタマイズ工房」というアイデアを温めています。きっかけは子育て中のお母さんたちの「子どもには添加物を食べさせたくない」という言葉でした。そうしたニーズにこたえてオリジナルソーセージをつくることができれば、必要とする方はたくさんいらっしゃるはずです。

そこで考えたのが、肉の部位や脂の量、塩分量、スパイス、スモークの有無などを選んで、オリジナルソーセージを作ることができるサービスです。工場のライブカメラで、自分のソーセージが出来上がる過程を見られるようにするのも面白いと思います。こうした「小ロット・多品種」は、大手が苦手とするところです。おいしさだけでなく、遊びながら学べる楽しさを提供できれば、話題になるでしょう。
国内だけではなく、外需に目を向けることも忘れてはいけません。日本国内では肉の消費は頭打ちだといわれていますが、世界の人口はこれからも増え続け、いずれたんぱく質の取り合いが起きることが予想されています。そこに向け、静岡大学発のスタートアップ企業に投資して、茶殻からたんぱく質を作る研究を支援しています。
一般的に食肉の会社は、大きな消費地である首都圏や、一大生産地である北海道などにアドバンテージがあります。そのどちらでもない静岡からのし上がるのは、相当大変なことです。だからこそ、人がしないことに挑戦する必要があります。大手にはまねできない独自路線で、付加価値を提供できる企業にならなくてはいけません。トップを目指すというより、「あの会社は変わっているけど、面白いよな」と思っていただけるような、ニッチで強くてオンリーワンな企業を目指していきます。

取材・文:はんだあゆみ

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