「守」と「捨」。ランチェスター経営で、クチネリを目指す

静岡県三島市で3代続く、石川商店。ブティックとして営業する会社を継いだ石川英章氏は、売上の大半を占めていたシニア顧客を手放してターゲットを刷新。さらに地方発のライブコマースへと業態を転換し、年商を10億円へと飛躍させました。 次なる挑戦は、リアルとネットを融合する「OMO業態」への進出です。自身が持つ「仕入れ力」と「接客力」をライバーたちへ継承し、属人的な経営から組織で勝つ体制へと進化を目指します。

「装いの力」を信じる石川氏が最終的に見据えるのは、アパレル販売員の地位向上と地域への貢献。イタリアの「ブルネロ・クチネリ」のように、地方から業界の常識を覆し、関わるすべての人のライフスタイルを豊かにする未来を見据えています。

石川英章(いしかわ・ひであき)

有限会社石川商店代表取締役。1975年静岡県三島市生まれ。日大商学部卒。1997年(株)丸井入社。14年間一貫して婦人服に従事し、店頭販売、バイヤー、生産管理、店舗マネジメントを経験。2011年に家業(当時、年商3000万円)に戻り、2013年から現職。2019年にライブコマース事業に参入し、年商10億円まで成長させた。

「装いの力」でライフスタイルを豊かに

石川商店は、2024年に創業70年を迎えました。1954年に祖父が洋品店としてスタートさせ、両親が60~70代向け高級ブティックに転換。そこから私が30~40代女性向けセレクトショップへ刷新し、さらにライブコマースへの参入を果たすなど、ビジネスモデルを進化させてきました。500年企業の虎屋、300年企業の中川政七商店のように、伝統とベンチャー気質を両立させた会社を作りたいと考えています。

企業が永続するためには、ブレない軸を持ちながら時代に合わせて変化し続けなければなりません。当社にとっての軸である「装いを通じてライフスタイルを豊かに」という経営理念は、私の洋服との関わりから生まれています。

私は物心ついたときから洋服が好きで、中学時代にはすでに家業を継ぐつもりでいました。理由は二つあります。一つ目は、両親が楽しそうに商売をしていたことです。木造の古い店の裏に住居があり、お客様と会話しながらの仕事で自分たちの生活が成り立っていることを感じていました。二つ目は、経営者の家庭で育ったことです。お金の心配をすることなく、やりたいことをやらせてくれる両親を尊敬していました。

高校生になると、おしゃれ好きの友人たちと東京へ行き、渋谷やアメ横で古着を探し歩くようになりました。そうして、東京にあるようなセレクトショップを経営したい、洗練された洋服を扱って家業を静岡一のアパレルショップにしたい、というビジョンを持つようになったんです。

新卒時の就活では、もちろんアパレル志望。スタイルは誰にも負けないように、ユナイテッドアローズのオリジナルスーツと流行りのバッグで面接に臨んでいました。こだわりのスタイルを褒められる中で、自分の仕草や表情、声に自信が表れ、相手にポジティブな印象を与えることに気づきました。このときに、自信と一歩を踏み出す勇気をくれる「装いの力」を実感したことが、当社の経営理念につながっています。

現場での経験と戦略の学び

両親のおかげで家業に対する愛情とアパレルビジネスへの興味が育まれた一方で、両親は反面教師でもありました。父は、30歳の頃に菓子会社の営業を辞めて事業を継ぎましたが、アパレル経験が全くなかったためか、何度か経営危機に直面したこともあります。子どもの頃、取り乱している父を見て、「こうはなりたくない」と思ったことを鮮明に覚えています。

そうしたこともあり、まずはプロとして経験を積んでから家業を継ぎ、店を立て直そうと心に誓っていました。特に「売る力」が重要だと考え、新卒で丸井に入社。静岡で店頭販売の経験を積んだ後、志願して27歳でバイヤーになりました。「利は元にあり」という言葉がある通り、経営者を目指すなら、仕入れ経験が不可欠だと考えたからです。その後31歳で小さな店の責任者、33歳で館全体の売場責任者を任せてもらい、合計14年間、丸井での実践を通じてアパレル小売りを学びました。

店頭での接客では実績を上げることができましたが、バイヤー時代はプレゼンもできず、数字も苦手で、毎日のように怒られる日々を送っていました。「お前はクビだ」と何度も言われながら、なんとか5年間食らいついたことで、俯瞰的、客観的にものを見る力、考える力が身につきました。データ分析や戦略策定など、現在の経営判断に役立てることができています。また、苦手なバイヤー業務で試行錯誤したことにより、課題を抱える部下の気持ちに寄り添うことができるようになりました。 丸井での経験を経て家業に戻る前に、1年間みっちりとランチェスター戦略を勉強しました。ランチェスター戦略は、「戦闘局面における“力=武器性能×兵数”の差で勝負が決まる」という戦いの原理を、ビジネスに応用したものです。当時の家業は、地方の零細企業であり、経営資源のない圧倒的弱者でした。兵数に劣る弱者が勝つために「戦う場所を限定し、強みに集中することで、特定領域で圧倒的優位を築く」戦略を学びました。

「捨てる勇気」で一点集中する

家業を継いでから今年で15年が経ちます。この間、経営理念を軸として、ランチェスター戦略を徹底的に実践してきました。ランチェスター戦略の要諦は、選択と集中。強みに集中するには、自分が選択した戦局以外を捨てる勇気が必要です。

当社では2013年に店を全面改装し、売上の多くを占める60~70代の既存顧客から、ターゲットを30~40代に完全シフトしました。「同じ店舗で、ターゲットを変更して売上を倍にするなんて絶対無理だ」と100社の取引先全社から言われましたが、自信がありました。自分で市場調査を行ったことに加え、14年間丸井で培った不振店対策のノウハウがあったからです。結果的に、私と妻2人で従来の売上の3倍近く、8500万円まで伸ばすことができました。

2019年には、地域密着型の店頭販売から、全国を相手とするライブコマースへ業態変更しました。人口減少が顕著な田舎では、来店型には将来性がないと考えたからです。「1対1の高い接客力」という強みにレバレッジを効かすことができる業態が、ライブコマースです。

ライブコマース上で商品を紹介して販売するライブコマーサーには、店頭での販売力に加え、不特定多数に対するプレゼン力も必要です。試行錯誤しながら後継者となるライブコマーサーも育て、2019年からの6年間で、売上を10倍以上にしました。

勇気をもって一点集中するという経営判断の背景には、市場調査やデータ分析、丸井での経験があります。しかし、それだけでは、未経験分野のライブコマースで成果を上げることはできません。チャレンジ精神と行動力でやり切る泥臭さがあるからこそ、新しい業態を確立できたと考えています。

私はこれまで、挑戦することで経験を積み、新しい力を身に付けてきました。ユニクロの柳井正社長の書籍に『一勝九敗』というものがあります。日本を代表するアパレル経営者でも「打率1割」。われわれ凡人の成功率は、100分の1でしょう。そのつもりで、考えられる限りのことは何でも全力で行動に移しています。打席に立たないと絶対に成功はない。社員にも、「失敗を恐れず、常に新しいチャレンジをしなさい」と言い続けています。

成長を支える「仕入力」と「接客力」

当社の源流であるセレクトショップでは、さまざまなブランドを組み合わせてお客様にスタイルを提案しています。これは、先行発注でリスクを取って仕入れ、売り切るビジネスモデルです。たとえば1000万円仕入れると、700万円分を定価販売し、セールで全体の95%を消化してようやく利益が出ます。薄利であるため、的確な仕入力と売り切る接客力の両方が必要です。

仕入れ力は、ブランド開拓で磨かれました。地方の富裕層は、洋服が他者と同じであることを嫌がる傾向があります。一点物を求めて、店休日に20~30社回って仕入れ、50ブランドを開拓しました。これは一般的な店舗が取り扱うブランド数の3倍以上です。

販売員に仕入れ力があることは、お客様へのサービスにも繋がります。たとえば、店頭に欲しい色やサイズがなくて、妥協して買おうとする場合、「もう少し待てば入りますよ」と、先の入荷を見越したアドバイスをすることができます。

接客力は、店頭販売で磨かれました。販売員は、人間性がすべてです。雑談を通じて信頼関係を築き、「あなただから買いたい」と思われて初めて、スタイリングを任せてもらうことができます。

たとえば1時間の買い物のうち45分は雑談。最後の15分で、5スタイルほど提案して買っていただくことができる。販売員のレベルが上がれば、一度の接客で20~30万円の売上を達成できます。誕生日にはレストランを予約してワンドリンクプレゼントをするなど、店頭以外でも喜んでいただけるコンシェルジュのような接客を行っていました。

このように、仕入れ力と接客力という強みを磨いてきたことで、当社は、店頭での1対1の接客という場面で、他社に負けない優位性を持つことができています。それが、ライブコマースでも生きています。

さらに力を高めるための新業態

事業は順調に伸び、知名度も上がったことで、ブランドから低い掛け率で商品を仕入れ、サンプルも提供してもらえるようになりました。利益率が高い上に、サンプルでユーザーの反応を見てから発注できるので、在庫ロスが発生しない安定した経営が可能となっています。売上を積極的に内部留保し、今では、一年間売上ゼロの状況でも潰れない財務体質になりました。

しかし、社員教育という点では、この構造が諸刃の剣になっています。当社のライブコマーサーは、借りたサンプルを紹介し、注文を受けてから発注できます。先行発注のリスクがないため、仕入れ力が身に付きません。バイヤー経験があるのは私のみで、ライブコマーサーに目利き力が育っていないこと、夫婦二人の接客力を伝え切れていないことがいまの課題です。

そこで、現在のライブコマース業態から、オンラインとオフラインを融合したOMO業態への転換を検討しています。具体的には、主要都市でのポップアップショップの展開や、新たなスタジオの開設を想定しています。

店舗とネットの両方でエンゲージメントを高めることで親近感が増し、客単価が上がるというデータもあります。ライブコマーサーが店舗売りもすることで、仕入れ力と接客力を習得できるだけでなく、「リアルに会えるライブコマーサー」という販売員の新たな可能性も探ることができます。

また、レディースアパレル分野でライブコマーサーの力量が上がると、美容、雑貨、家電、食品など取扱商品を拡大させることができ、総合ライブコマーサーへの展開が見えてきます。商品点数が多く、陳腐化が早いレディースアパレルは、難易度の高い商品分野といえます。そこで培ったノウハウは、アパレル以外の商品に応用しやすいはずです。当社の目利きで幅広い商品を紹介できるようになれば、今以上に、お客様の「ライフスタイルを豊かに」する機会が増え、経営理念の実現に近づくことができると考えています。

三島発のイノベーションを起こす

私たちは、お客様だけでなく、販売員の「ライフスタイルを豊かに」することも追求していきたいと考えています。現在、アパレル販売員の平均年収は、全業種の平均を下回る300万円台です。それに対して、当社には、年収600万円のライバーがいます。目指すは、販売員の年収を1000万円まで引き上げることです。

セレクトショップを源流とするわれわれにとって、販売員は、単なる売り子ではありません。お客様の魅力を引き出すために、新しいスタイルを提案し、「ライフスタイルを豊かに」するプロフェッショナルです。自信と誇りを持って働いてもらうために、ライブコマースに挑戦し、ライブコマーサーという販売員の新しい在り方を創出しました。今後、OMO業態という新たなビジネスモデルに挑戦し、販売員にも更なる挑戦と成長を促すつもりです。そうすることで、販売員の社会的地位を根本から変え、物心両面の豊かな人生を実現できると考えています。

販売員の地位向上は、東京ではなく、十万人都市の三島で実現することに意味があります。地方から業界の常識を覆すことが出来れば、日本中の同業者に勇気を与え、アパレルは人気業種に返り咲くでしょう。事業を発展させて入社希望者が増えれば、地元に人が集まり、地域経済の活性化にもつながります。実際、ライブコマースに興味を持ったUターン希望者が、当社に応募してくれています。

ブルネロ・クチネリは、人口500人のソロメオ村から世界に最高級カシミア製品を届けています。村に、職人学校を作り、劇場、図書館、公園を修復し、美しい村での人間らしい暮らしを後世に残そうとしています。彼のように、地元に愛着を持つことで会社を発展・成長させ、地元に貢献したいと考えています。

取材・文・編集:住吉慶音

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