「あなたがこの世に生まれてきた理由は何ですか?」
コーチングや組織開発の支援に携わる手計氏は、自身のコーチからこう問われたことをきっかけに自らの内面と向き合い、「徳のあるリーダーの成長を支援すること」という本分にたどり着きます。
現在は人材開発・組織開発に携わっていますが、もともとは営業職でした。転機となったのは、中国駐在中に出会ったコーチングです。学んだスキルを活かして部下と対話する中で、人が変化する場面に立ち会う面白さを知り、人材開発の道へ進みます。
コーチングを深めていく中で東洋思想と出会い、人材育成に対する考え方も変わっていきました。「物事の相互作用」を意識することで、目の前にある問題だけでなく、周囲や背景に目を向けるようになったのです。
与えるのではなく、本人の中にある答えを引き出す。
その信念のもと、一人ひとりに問いかけます。
「あなたが持つ力を、何のために使いますか?」

手計 仁志(てばか・ひさし)
株式会社東レ経営研究所人材・組織開発部門チーフコンサルタント。早稲田大学政治経済学部を卒業後、東レ株式会社に入社。中国市場向け開発営業やSCM構築などに携わる。その後、株式会社東レ経営研究所へ移り、2017年より現職。現在は東洋思想を取り入れた1on1ビジネスコーチング、人と組織のマネジメントトレーニング、リーダーシップ開発、ビジネススキル研修などを幅広く手掛けている。生涯学習開発財団認定コーチ、MTP(Management Training Program)インストラクター。著書に『リーダーとして論語のように生きるには』(クロスメディア・パブリッシング・共著)がある
管理業務に埋もれるマネージャーたち

時代の変化とともにマネージャー職の業務は増え、複雑化・高度化しています。売上の管理で済んでいたところに労務が加わり、今ではセキュリティやコンプライアンス、メンタルなど、マネジメントの対象が次々と増えている状況です。
「こんなことも、管理職がやらなきゃいけないんですか」
「開発をしたくて入社したのに、なんで部下の出勤管理をしなければいけないんですか」
マネージャー層と話をすると、こうした声を耳にすることが少なくありません。
一方で、マネージャーの立場だからこそ味わえることもあります。そのひとつが、人材をはじめとした経営資源を上手に活用することによって、一人では難しいことを実現することです。できることの幅が広がれば、やりたいと思っていた仕事はしやすくなり、より大きな成果にもつながっていきます。 管理業務が増え続けたことで、こうした醍醐味を感じられなくなっているマネージャーは少なくないでしょう。マネージャー職の面白さを味わえる環境で、リーダーとして力を発揮できるようになる。そのための支援をしたいという思いから、私は人材開発や組織開発の仕事に取り組んでいます。
コーチングに出会い自分の「本分」を見出す

私の現在の所属は、株式会社東レ経営研究所の人材・組織開発部門です。最初から人材関係の仕事をしていたわけではなく、キャリアの始まりは営業職でした。
私は昔からサッカーをしていて、採用面接の際、志望理由として「滑り込んでも火傷をしない人工芝を作り、日本中の学校のグラウンドや公園に敷き詰めたい」という話をしました。「子どもたちが安心してスポーツを楽しめる環境を増やしたい」という思いがあったからです。
しかし、入社後、思わぬ言葉をかけられました。「人工芝事業は縮小しているので、希望する部署には配属できません」。結果、別の繊維の営業を担当することになりました。そこから約19年営業の仕事を続け、そのほとんどの期間で中国に関わっていました。
中国に駐在していたとき、趣味で続けていたサッカーを通して、「コーチング」に出会いました。チームメイトに、コーチングの学習プログラムを提供する会社の人がいて、「学ぶと面白いよ」と勧められたことがきっかけです。興味がわいて学び始め、最終的には資格を取得しています。
学んだコーチングスキルは部下とのコミュニケーションで使い、「これは役立つ」と実感することが何度もありました。そうした経験を重ねるうちに、営業よりもコーチングのほうに面白さを感じるようになったんです。東レ経営研究所の人材系の部署で募集があることを知って、応募したところ採用が決まりました。
このキャリチェンジを後押ししたのは、「コーチングのスキルを活かしたい」という気持ちだけではありません。会社員としてではなく、一人の人間としてお客様に貢献している実感を持ちたいという思いもありました。
営業での取引先は企業で、いわゆるBtoBビジネスでした。その中で、お客様からいただく言葉の多くは「東レさん、ありがとう」であり、「手計さん、ありがとう」ではありませんでした。次第に、「このビジネスの中に、私がいる意味はあるのだろうか」と考えるようになり、私自身に感謝を向けてもらえる仕事をしてみたいと思っていたんです。
東レ経営研究所に移り、人材開発や組織開発の仕事をし始めた頃、コーチングのコミュニティの中で、東洋思想を研究している方に出会いました。この方が、私のコーチであり本の共著者でもある、車文宜さんです。
あるとき、車さんから「あなたがこの世に生まれてきた理由は何ですか?」と聞かれました。これを別の言葉に言い換えると、「あなたが人生をかけて社会に対して果たしたい役割は何ですか?」という、私の「本分」に対する問いなのだと思います。すぐ答えることはできず、時間をかけ、自分の中にある人材育成に対する思いや違和感を言葉にしていきました。試行錯誤の末、当時たどり着いたのが「徳のあるリーダーを育成すること」という言葉です。
本人の意思に応じた問いかけで答えを引き出す

コーチングやコンサルティングを行うにあたり、私は「答えはその人の中にある」と信じることを大切にしています。
どんなキャリアを積んでいくのがよいか悩んだり、転職するかどうか迷ったりなど、人は多くの岐路に立たされます。ビジネス上の判断に迷う方もいるでしょう。そうした迷い・悩みの主な原因は、自分の思いを言語化できなかったり、選択肢を上手に比べられなかったりすることにあると考えています。自身の価値判断基準が曖昧なことも、関係しているのかもしれません。
人は、自分でも気づいていない可能性や価値観を、内側に持っているものです。これらを外に引き出すことで、物事の捉え方や意識が変わり、主体的な行動を取ることができるようになっていきます。こうした考えから、私はコーチングやコンサルティングをするときには、極力「ああしなさい」「こうしなさい」と言わないようにしています。
もうひとつ大切にしているのが、相手の意思が生じるときと支援のタイミングです。
卵の中にいる鳥のヒナが、内側から殻を突っつくだけでは力が弱くて割れません。一方で、親鳥の力だけで外側から殻を突っついて割ってしまうと、ヒナは死んでしまいます。ヒナが卵からかえるためには、まずヒナが内側から「ツン、ツン」と殻を突き、その音を聞いた親鳥が外側から応えるように突く。そのタイミングが合ったとき、初めて殻は割れます。この様子を表した四字熟語が、「啐啄同時(そったくどうじ)」です。
私は、人材育成も「啐啄同時」が大切だと思っています。育成は、提供側が一方的に与えるものではありません。例えば、学ぶ意思がない部下に上司が「研修に行ってこい」と言うのは、親鳥が一方的に殻を突いている状態と同じです。
「こういう方向に成長したい」「こういう力を伸ばしたい」という意思が生じたタイミングで、「この研修に行ってみたら?」と支援する。やりたい意思の現れに応じて働きかけを行うことが重要だと考えています。
ここまで「育成」という言葉を使ってきましたが、私は最近、この言葉に少し違和感を覚えるようになりました。「育成」は、育てる側の視点だと思うからです。人が自ら「成長したい」と願い、その願いを実現するために支援する。本人の意思を起点とする関係性のほうが、しっくりくると思うようになりました。
全体を見て根本解決を目指す

東洋思想を体系的に学んだことで、私自身のコーチングのアプローチにも変化が起こりました。私のコーチングには、東洋思想のエッセンスが入っています。ですが、クライアントの方に「東洋思想的に言うと」という伝え方はしないようにしています。東洋思想を押し付けたいわけではなく、わかりにくい印象があったり不思議がられたりもするので、前面には出していません。ただ、私のバックグラウンドには確かに存在しており、拠りどころとなっています。
西洋思想の対症療法的アプローチと比較した東洋思想の特徴は、全体を見て根本からの解決を目指すことだと私は考えています。
たとえば、「上司とのコミュニケーションに困っている」という相手に対して、「上司にこう言ってみたらどうですか」と、直接的な解決策を伝えるのが、西洋思想のアプローチです。そうではなく、「あなたにきつく当たるその上司の背景には、何があるのか」と考えてみるのが、東洋思想のアプローチです。
もしかしたら、上司もまた、自分の上司からきつく当たられているのかもしれません。問題の根本が「上司」と「上司の上司」の関係にあるのであれば、上司への接し方を変えただけではどうにもなりません。「上司」と「上司の上司」との関係に、何か働きかけを行うことが必要となってきます。
東洋思想には、「この世界に存在するものはすべて必要であり、すべての物事は相互作用でつながっている」という見方があります。私はこの視点を得たことで、「複数の問題は一つの大きなつながりの中にある」「相手と自分は切り離された存在ではない」と捉えるようになりました。クライアントの方が問題として語る部分のみに向き合うのではなく、問題の周囲にも意識を向けてみる。それが、問題の本質を理解することへつながっていくと考えています。
自分の持つ才能を何のために使うのか

近年は、「変化が激しい時代だ」という言葉をたくさん聞くようになりました。急速に変わり続ける今の時代は、高速道路を時速100㎞で運転しているようなものです。心に余裕があれば景色や同乗者の様子を見ることもできますが、緊張状態では目の前の道路と車間距離しか見えなくなってしまいます。
状況が目まぐるしく変わり、多くのものを見失ってしまいがちな中、必要となるのは、目の前の事象だけでなく、その背景や周囲との関係性を含めて全体を見据えることです。人を導く役割であるリーダーこそ、この認識を持つべきです。
世の中に、才能のあるリーダーはたくさんいます。ただ、その才能は、使い方次第で社会を良くも悪くも変えてしまいます。重要なのは才能を向ける方向であり、その方向を決めるものが「徳」だと考えています。
「徳」と聞くと、倫理観やモラルといった言葉をイメージするかもしれません。私は、目の前の人や自然、他の生き物などと調和しながら生きようとする感覚を、「徳」と捉えています。
「あなたが持つ優れた知識やスキル、人脈や権限を、何のために使いますか?」
自分が生きている間だけ便利ならいい。自分が儲かればいい。そういった発想ではなく、次の世代、そのまた次の世代まで含めた人類がどう続いていくかを考える。数百年先も続く世界を実現しようと声をあげる人が、「徳のあるリーダー」だと思います。
私は、リーダーシップを「理想の未来を掲げ、その実現に向かって周囲を巻き込み、導いていく力」と捉えています。組織のトップだけが持つものではなく、誰もが発揮できるものとも思っています。
一方で、「リーダー」とは、役職や立場を表す言葉です。しかし、単に肩書があれば務まるものではありません。リーダーシップを発揮し、周囲から認められることで初めて定まるものです。誰もがリーダーシップを発揮できるからこそ、「持つ力を何のために使うか」を見つめ続けることが重要になると考えます。
問いを通して「徳のあるリーダー」を増やしていく

程度の差はあっても、現在の仕事に対して不安・不満を抱いている人は、少なくないと思います。私は、今の仕事に対するエネルギーが湧かないなら、無理に頑張らなくてもいい」と思います。ただ、そのうえで大事になるのが、「あなたの人生における本分は何ですか?」という問いに対する答えです。どこへ行っても、どんな立場にあっても、この問いから逃れることはできません。
私にできるのは「頑張れ」と励ますことではありません。「あなたが本当に頑張りたいことは何ですか?」という問いを、投げかけることです。
答えは、誰かから与えられるものではなく、内発的に見出していくものです。自分自身の内側から言葉にしていく必要があります。徳のあるリーダーも、知識やスキルを教え込むことで生まれるものではありません。自らの志や果たすべき役割と向き合う中で、少しずつ形づくられていくものだと考えています。
時代とともに増えてしまったマネージャー職の付帯業務を整理し、本来の醍醐味を味わえる環境をつくること。そして、徳のあるリーダーとして力を発揮する人を増やすこと。それこそが、いま私が果たすべき役割だと考えています。見出した「本分」を果たすために、一人ひとりの成長を支援していきます。
取材・文・編集:塩崎哲也













