マットレスの「エアウィーヴ」、無水鍋の「バーミキュラ」、「オーダースーツSADA」。多くの人が知るこれらのブランドに共通するのは、ほぼ無名の状態から急激に知名度を上げ、売上を伸ばした実績を持つことです。急成長を遂げた背景には、メディアを巻き込んでブランドの認知度を爆発的に引き上げるPRの力がありました。
独自のPR手法で数々の企業を成功に導くPRプロデューサーの笹木郁乃さん。メディアを通したPRは、広告とも自社の情報発信とも異なる覚悟が求められると言います。
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笹木郁乃(ささき・いくの)
PRプロデューサー。株式会社LITA代表取締役社長。
株式会社エアウィーヴでは、入社当時1億円だった年商が5年で115億円まで急成長した時代の広報担当者として、多くのメディア露出を獲得し、売上に貢献。愛知ドビー株式会社(バーミキュラ製造販売)では入社1年で、バーミキュラを12カ月待ちの人気商品へと押し上げた。その後、企業価値にPRの力を加えることで、会社が劇的に変化するということをより多くの方々に伝えるために独立。「PR塾」を主宰。現在までに8000名以上の経営者・企業家・広報担当者・広報未経験者にPRを指導。
プレスリリースは必要なのか
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PRの仕事として、プレスリリースを出す企業は多いと思います。プレスリリースは、企業がアピールしたい新商品やイベントなどの情報を、ニュースの素材としてメディアに提供するものです。しかし、正直私は「プレスリリースには意味がない」と考えています。発表直後は一時的にいくつかのメディアで取り上げられる場合もありますが、実際の売り上げにはつながりません。
プレスリリースは「こんなに素敵な商品を作りました」と一方通行のお知らせだからです。一部の人に注目してもらえたとしても、「この商品を絶対に買いたい!」というファンを作り出すことはできません。
広告費が何十億もあるような大企業であれば、広告型のPRをしてもいいとは思います。例えば、何度もCMを流せば「このCMの商品気になるな」と覚えてもらうことができます。しかし高額な費用がかかるため、多くの中小企業は簡単に真似できませんよね。単発のプレスリリースに効果がなく、多額の広告費を割くこともできないなら、情報の見せ方を工夫するほかありません。
PR会社では、メディア露出の効果を広告換算値で測定するのが一般的です。例えば、「新聞に1回掲載されたから500万円分の広告効果がある」というような考え方です。しかしPRは本来、売上に対する効果を測定しにくいものです。売上にはPRだけでなく広告などさまざま要素が影響するためです。効果がわかりづらいからこそ、現在の施策をなんとなく続けている企業も多いのではないでしょうか。
本来PRの目的は、広告換算値の目標を達成することよりも、ブランドの知名度を上げ、売上や問い合わせにつなげることです。企業の認知度を高めるには、段階的にメディア露出を図っていくことが重要です。最初はラジオや地元のメディアなどから始めて、徐々に全国の雑誌や新聞に露出し、数々のメディアで取り上げられている状態を作ります。「最近話題の会社」という認知が醸成できてきたら、全国放送のテレビを狙います。これを弊社では「シャンパンタワーの法則」と呼んでいます。
半年に1回など単発のメディア露出では意味がありません。1ヶ月に2回、3回とメディアに取り上げられ、さらに影響力のあるテレビ番組やニュースサイトなどに出続けることができると、急激に企業やブランドの知名度が上がります。誰でも知っているブランドになれば、問い合わせの数や売上がぐんと伸びて、高い状態を維持できるようになります。
企業と社会の接点を見つける
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認知度を高めるということは、多くの人にブランドを好きになってもらい、ファンを増やすということです。そのためには、「素敵だな」「共感するな」と思ってもらえるよう、ブランドの本質的な魅力を伝える必要があります。メディアに露出し、特集や記事で取り上げてもらうのは、その効果が最も期待できるからです。
同じテレビでも5秒しか紹介されない場合と、15分、30分と特集してもらえる場合ではまったく効果が異なります。例えばエアウィーヴの場合、マットレス特集で少し紹介される程度の露出では、商品の良さはなかなか伝わりません。好きになるどころか、覚えてもらうことも難しい。商品やサービスを覚えてもらうには、時間をかけて取り上げてもらうことが欠かせません。
では、どうしたらメディアに取り上げてもらえるか。それは、「企画書」を作ることです。メディアは、社会問題や視聴者に感動や勇気を与えるストーリーなど、常に「ネタ」を集めています。そこで、メディアが欲しい「ネタ」に合わせて、商品やサービスの情報をアレンジして企画を作ります。社会課題などに絡めて、クライアント企業が持つ商品開発のストーリーや、ブランド創設にかける社長の想いを伝えられる企画をメディアの担当者の代わりに作るイメージです。
ただし、企画書は簡単には作れません。プレスリリースであれば、「今度こんな新商品を出します」と、自分視点の発信なので比較的書きやすい。しかし、メディアで取り上げてもらうためには、人々の興味・共感を引く内容で作りこむ必要があります。
例えば、弊社でPRを支援させていただいている株式会社イービス藻類産業研究所さんでは、藻を作る機械を開発されています。藻は、タンパク質が多く含まれているスーパーフードと言われています。一般的に、「藻を作る機械」についてピンとくる方は少ないかもしれません。しかし、タンパク質であれば多くの方にとって身近なもので、社会的関心も高い。
「社会問題、タンパク質、データ」と検索すると、昨今のタンパク質不足のニュースなどが見つかります。このように、企業と社会の接点を見つけ、メディア露出を狙える企画を立てていきます。
一番の差別化は心を動かす「ストーリー」
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企業がPRを通して目指すべき姿は、「〇〇と言えば〇〇」という業界ナンバーワンの認知です。例えば、弊社がPR支援をさせていただいている株式会社レバレッジさんのプロテインブランド「VALX」であれば、目標は「プロテインと言えばVALX」という認知の醸成です。
日本一高い山といえば富士山ですよね。日本で知らない人はいません。しかし、二番目に高い山はどうでしょうか。日本一は誰もが覚えているのに、2位は3位や4位と印象が変わりません。
業界ナンバーワンと認知されると、企業の未来は大きく変わります。「プロテインと言えばVALX」と皆が知っていたら、プロテインを買うときは自然に「VALX」と検索する。唯一無二のブランドになれば、プロモーションコストをかけずに売上を伸ばすことができ、非常に大きいビジネスメリットがあります。それは同時に、限られた市場での消費者の取り合いから抜け出し、社会に対して大きな影響力を持つことを意味します。
「〇〇と言えば〇〇」の認知を獲得するにはどうすればいいか。現代は似たような商品やサービスが溢れていて、品質や価格で勝負しようと思っても、なかなか差別化ができません。多くの選択肢から自社の商品を選んでもらうためには、商品そのものだけでなく、「ブランドの立ち上げ背景」や「創業者の想い」など、企業が持つ「ストーリー」が重要になります。
私がPRを担当した「バーミキュラ」というお鍋は、老舗鋳造メーカーの愛知ドビー株式会社さんが製造しています。もともと船舶やクレーン車に使われる精密部品の町工場で、浮き沈みの激しい下請けだけでは将来的な不安がありました。
一方で、自分たちの精密加工技術は日本一だという誇りがあります。下請けで安く買い叩かれることのないブランドを作りたいという思いで、鋳造と精密加工の技術を生かした鍋を開発しました。2万個もの試作を重ね、2年間かけてたどり着いたのが、無水ホーロー鍋「バーミキュラ」です。全部手作りで、蓋と本体がピタッと閉まり、野菜の水分を逃がしません。
社長兄弟が力を合わせて作ったこのお鍋のストーリーには、人々を惹きつける力がありました。どの会社にも、商品やサービスに対する深いこだわりや開発秘話があるものです。それは、絶対に他社と被ることがありません。だからこそ、ストーリーは一番の差別化になります。メディアにとっても、独自性のあるストーリーは深堀しやすく、テレビなら長い尺を使って番組を作りやすい。
ストーリーを伝えるときに気を付けたいのは、成功談だけを語らないことです。苦い経験や失敗談は恥ずかしいと思うかもしれませんが、人の心を動かす話でなければ、印象には残りません。愛知ドビーさんのように、本当に苦労したストーリーを共有するからこそ、共感を呼び、応援してもらうことができます。
私も普段から失敗談をオープンに話すようにしています。ネガティブな情報は不利益になると思うかもしれませんが、むしろ逆です。人との距離が縮まり、経営者仲間にアドバイスをいただけるなど、プラスになることばかりです。
プライドが高く「私なんでもできます」という態度だったら、誰も助けようと思いませんよね。積極的に自己開示することで、多くの方に支援していただけて、自分の成長につながっていると感じます。
メディアに合わせて「伝えること」を選ぶ
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近年は、オウンドメディアやSNSで発信をしている企業も多いと思います。自社の発信にはマスメディアのような爆発力はありませんが、「どんな風に自分達を見せたいか」「誰にどう感じてほしいか」という、情報の見せ方を自社ですべてコントロールできます。
一方PRは、テレビなどのメディアを通して情報を世の中に伝えることです。自社発信の場合と異なり、「相手が求めること」を意識し、社会やメディアの興味関心に合わせて情報を取捨選択する必要があります。このとき、見せ方をコントロールできる範囲は80%までだと覚悟しなければなりません。「うちの商品、いいでしょ」と一方的にアピールする内容では、ただの売り込みになってしまいます。
ただし、コントロールできる範囲が80%である代わりに、より多くのメディア露出を狙います。テレビや新聞に第三者として商品やサービスを紹介してもらえると、企業への信用や権威性を高める効果があります。100点満点の見せ方ではなくても、露出すること自体に大きな価値がある。
例えば私自身も、新聞などで取り上げられたことがきっかけで、出身校である山形大学の学長先生からお声がけいただき、卒業生代表として講演の依頼をお受けしたことがあります。メディアに出ていなければこのような依頼はなかったと思います。
新商品の発売やイベントの開催など、メディアに露出するチャンスは定期的に生まれます。その機会を生かせるように、ご縁が続くことを意識して提案することも大切です。求められるものに応えていかなければ、二度と取り上げてもらえません。
PR会社はコネクションが大事だと言われることがありますが、本当に重要なのは企画力です。接待のお食事などではなく、視聴率や閲覧数が上がるしっかりした企画を持ち込むことで、メディアの方に喜んでいただくことが大切だと考えています。
これまで自分なりにさまざまなPR手法を試し、失敗しながら、現在のスタイルにたどり着きました。同じ商品でも、情報の見せ方で得られる反応はまったく違います。企画が面白ければメディアに取り扱ってもらえ、売上にもつながる。企業のPR担当者は、自分本位な発信になっていないか、振り返ってみるといいかもしれません。
取材・編集・文:成田路子(クロスメディア・パブリッシング)
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説明の上手い人が「最初の1分」でしていること
著者:笹木郁乃
定価:1,628円(1,480円+税10%)
発行日:2024年4月19日
ISBN:9784295409601
ページ数:240ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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