言葉が市場をつくる【編集2.0「人を編集する」前編】

シリーズ累計1,400万部を超える世界的ベストセラー『人生がときめく片づけの魔法』(近藤麻理恵著、サンマーク出版)を筆頭に、数々のヒット作品を手掛けてきた、エリエス・ブック・コンサルティング代表取締役の土井英司さん。新基準を見出すヒアリングと、自然発生する人脈を見据えたブランディングで、独自の出版プロデュースを展開してきました。

「言葉が市場をつくり、ビジネスにインパクトを与える新たなカテゴリーを確立する」。土井さんが編集において何を重視しているのか、クロスメディアグループ代表取締役の小早川幸一郎との対談でお届けします。

「編集」の役割は、書籍や動画を作ることにとどまらず、「人と企業の編集」「事業の編集」「社会の編集」へと広がっていく。本シリーズでは、編集者でありクロスメディア・パブリッシングの代表でもある小早川幸一郎が提唱する「編集4.0」をテーマに、編集の持つ価値をゲストとともに拡大していきます。

編集4.0とは・・・・
編集1.0:メディアの編集
編集2.0:人の編集
編集3.0:事業と企業の編集
編集4.0:社会の編集
※編集4.0の定義はこちら>『【編集4.0:Vol.0.0】編集とは、すでにあるものを組み合わせて新しい価値を生み出すこと』

土井英司(どい・えいじ)

エリエス・ブック・コンサルティング 代表取締役
慶応義塾大学総合政策学部を卒業後、ゲーム会社を経て編集者・取材記者・ライターとして活躍。2000年にアマゾンの日本サイト立ち上げに参画し、数々のべストセラーを仕掛けるカリスマバイヤーとして名を馳せる。2004年に独立後は、シリーズ累計1,400万部を超える世界的ベストセラー『人生がときめく片づけの魔法』をはじめ、ビジネス書、実用書を中心に出版プロデュース事業を展開。ビジネス書評家としても活動し、著書はロングセラー多数。

小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)

クロスメディアグループ (株)代表取締役
出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、デザイン事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開。

カテゴリーイノベーションが事業を成長させる

小早川 土井さんはご自身で「出版プロデューサー」と名乗られていますが、単なる本のプロデュースではなく、その先にまで影響を与えていますよね。たとえば、著者の事業が成長したり、商品やサービスが世の中に広まったり。

土井 ぼくの「言葉が市場をつくる」という考えが影響していると思います。セミナーを開催すると「出版には興味がないけれど、マーケティングや新規事業の参考になるから」と参加してくださる方が結構いるんですよ。

以前、サントリーの商品開発センターで講演させていただいた際、新たな「カテゴリー」をつくれば、そこに新しい「市場」が生まれるという話をしたことがあります。サントリーでは国内で他社に先駆けてハイボールを商品化し、いまではすっかり消費者に根付かせることができています。これはまさに「カテゴリー」をつくったからです。

ビジネスに一番インパクトを与えられるのは、最高のビールや最高のウイスキーを開発することよりも、これまでにないカテゴリーを確立することだと、ぼくは考えているんです。これをマーケティングの世界では「カテゴリーイノベーション」戦略と言っています。

小早川 そういった考え方が、書籍にとどまらず多くの経営者のビジネスにまで影響を及ぼしてますよね。

土井 「カテゴリーをつくる」というと大変なことに聞こえるかもしれませんが、要するに「名前をつける」作業なんですよ。ぼくらは、いろいろなものに名前をつけてるじゃないですか。自分たちが重要だと思うものには細かく名前をつけて、それ以外はざっくりとカテゴライズしている。そうしたざっくりと名前がついてるものに、少し細かく名前をつけてあげるだけで、新しい市場を切り拓いていけるんです。

細かなヒアリングで「新基準」を抽出する

小早川 私は「編集4.0」という概念を提唱していて、その中の編集2.0としているのが「人」の編集です。

多くの場合、編集者は目当ての人に自らアプローチするケースが多いですが、土井さんの場合は「土井さんに編集されたい」と問い合わせに来る方がたくさんいますよね。土井さんは「人」を編集するためのメソッドのようなものを持っているんですか?

土井 それもやはり「カテゴリー」をつくることです。ぼくは編集の仕事をするなかで、「〇〇といえばこの人」と言われる状態をつくれるような言葉を引き出すようにしています。

たとえば、こんまり(近藤麻理恵)さんの場合、出会った当時は書籍に「プリンセス」というワードを使いたいと言っていました。しかしすでにカテゴリーとして存在しているし、どうしても書籍ターゲットを女性に限定するようなイメージになります。それに女性のなかには、プリンセスと聞いて「自分には関係ない」と受け取る方もいるため、結果的に市場が全体の4分の1くらいになってしまう。

せっかくいいコンセプトを持っていても、既存のカテゴリーに当てはめた途端にターゲットが狭まってしまうんです。

小早川 言葉で新たな市場をつくることができる一方で、市場を限定してしまう場合もあるんですね。

土井 そうなんです。でもなんとか新しい言葉を引き出したくて、「物を捨てるか捨てないかは、どうやって判断しているんですか?」と質問したときに、「ときめくか、ときめかないかで決めるんです」と返ってきて、「それだ!」と思いました。

「必要か、必要じゃないか」では捨てづらくても、「ときめくか、ときめかないか」を判断基準にすると、大半の人は捨てる量が増える。物量過多の現代における、取捨選択の新基準としてすごくおもしろいと感じました。

小早川 誰でも、新基準になるようなキーワードは出てくるものなんでしょうか?

土井 すぐに出るわけではありませんが、決定的なキーワードが出るまで、何度も何度もヒアリングします。『「朝4時起き」で、すべてがうまく回りだす!』(マガジンハウス)著者の池田千恵さんも「朝4時起き」というキーワードが出るまで、かなりヒアリングを重ねました。

彼女は大学受験でフェリスに合格した後に仮面浪人して慶應大学へと入学し直したり、外食チェーンを展開する「ワタミ」から外資系コンサルティング企業へと転職したりしてきました。そこで「なぜそんな数々の挑戦ができたんですか?」と聞いたときに、「朝4時に起きて勉強していた」という言葉が出てきたんです。

小早川 土井さんは相手との対話からおもしろい言葉や、ありそうでなかった言葉を拾い上げるのが抜群に上手なんですね。

土井 その人自身を構成するキーワードから、独自の市場をつくることを意識しているんです。そして生まれた市場と著者本人とを紐づけてあげるところまでが、ぼくの仕事だと思っています。

市場がどれだけ小規模でも、独占しているプレイヤーは強い。企業だけでなく「人」でも、そうした状態をつくっていきたいんですよね。

マーケティングは、他者の文脈を知る手段

小早川 「ときめき」という言葉で新たな市場をつくり、世界的ベストセラーを生み出したのは、あらためてすごいことだと思いました。

土井 海外でものを売るときに一番大事なことは、文脈づくりです。その国の文化に沿った文脈で価値を提示できないと、買ってもらえません。有名なところでは、海外で受け入れられなかった博多の明太子を「博多スパイシーキャビア」と名づけた途端に人気が出たという話もあります。

ものごとを新しい文脈で表現すると、感じる価値までも変わります。その視点を持てると、商品のどこをどうアピールするべきか、最適な文脈が見えてくるはずです。商品を人に置き換えても同じです。自分のいいところ、キーワードになるものを客観的に判断して抽出できないと、売れるものは生み出せません。

小早川 人のことはよくわかるのに、自分のことになると正しい判断ができないということはよくありますよね。

土井 そうですね。だからこそ他者の視点を知る必要があります。他者の視点、他者の文脈を知るための作業が「マーケティング」だと、ぼくは思っています。

人は価値観だったり、専門知識だったり、いろいろなフィルターを通してものごとを見ますが、そのフィルターは人によって違います。あるお店を見て、おしゃれで素敵だと思う人もいれば、エアコンがちょっと老朽化してるなと思う人もいる。捉え方が変わると、表現にも影響を与えます。

素敵なことを言ったつもりでも不快に思う方は一定数いるように、純粋な表現技術だけではなく、受け手の体験によって最終的な価値は決まります。

他者からの見え方、他者にとってのメリットが見えてくると、どこをアピールするべきかを理解できて、売るための文脈づくりができると思います。

自分が思う自分像って間違っている場合も多いじゃないですか。ぼくは、なるべく人を傷つけないよう多方面に配慮して書評を書いていたつもりが、「辛口書評で有名」と紹介されて凍りついたことがありました。

小早川 土井さんと私はもう20年以上の付き合いですが、出会った20代当時から目上の人や著名人に対して、ズバズバものを言ってましたよね。今でも立派な経営者ほど、土井さんにズバズバ指摘されてうれしそうにしていますよね。「その格好から変えなさい」なんて言われても「わかりました!」みたいな感じで。

土井 役に立つアドバイスをしたくて一生懸命に話しているだけなんですけどね。あとから聞くと、本当にひどいこと言ってるなとびっくりするときがあります。

小早川 土井さんがズバズバ言わなくなったら、具合が悪いんじゃないかって心配しちゃいますよ(笑)。

>【後編の記事はこちら】テクノロジーで進化する、編集の未来

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