マーケティングを目的化しない。時代の変化を掴むセンスの磨き方

近年、D2C(Direct to Consumer)市場が急成長を遂げる中、企業にとってD2Cは不可欠な生存戦略となりつつあります。D2C市場で独自の存在感を放ち、注目を集めているのが「株式会社SUPER STUDIO」です。同社は自社ブランドのECを成功に導くために様々な試行錯誤を重ね、2017年にEC業界に本格的に参入。統合コマースプラットフォーム「ecforce」を開発しました。ecforceは現在、多くの大手企業でも採用されており高く評価されています。

SUPER STUDIOがecforceで成功を収めた背景には、自社でD2Cブランドを運営しているという独自の視点と顧客に寄り添う姿勢がありました。

今回は、常に進化を追求し、変化の激しいD2C業界をリードし続けるSUPER STUDIOのセールス&マーケティング部門と自社D2C事業を管掌する執行役員CMOの飯尾元さんに、クロスメディアグループ代表の小早川幸一郎が編集者で経営者ならではの視点でインタビューをしていきます。

飯尾元(いいお・げん)

株式会社SUPER STUDIO 執行役員 CMO。大学卒業後、楽天株式会社に入社。その後外資コンサルファームにて、新規事業開発やビジネスモデル変革等のプロジェクトに従事。 2019年にSUPER STUDIOに入社し、2021年に執行役員に就任。現在はCMOとしてecforceのセールス&マーケティング部門と自社D2C事業を管掌。著書に『D2C THE MODEL』(クロスメディア・パブリッシング)がある。

小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)

クロスメディアグループ(株)代表取締役。出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開中。

顧客と共に成長し続ける統合コマースプラットフォーム「ecforce」

小早川 最初に、SUPER STUDIOの事業内容と今のビジネスを始めたきっかけを教えてもらえませんか?

飯尾 もともと当社は、EC業界にD2Cメーカーとして参入しました。自社D2C事業を成功させるために必要な機能を開発し、独自のシステムを実装したところから生まれたのが「ecforce」という統合コマースプラットフォームです。このシステムを他のEC事業者の方々に利用していただいたところ、業界内で口コミで広がったことがきっかけとなり、EC/D2C事業者をはじめとする多くのお客様に導入いただいております。今ではこのecforceの開発・提供が、当社のメインビジネスとなっています。

また、自社のD2C事業も続けており、市場のトレンドを肌で感じながら、次の時代に必要なシステムを研究・開発(R&D)することで、ecforceのアップデートと新たなビジネスチャンスを追求しています。

小早川 SUPER STUDIOが展開している事業の特徴は何ですか?

飯尾 私たちは、ただシステムを開発して提供するだけの会社ではありません。自分たちもお客様と同じECでビジネスを行っているため、事業者としてのDNAを強く持っています。それが社員一人ひとりのコミュニケーションにも反映されているため、お客様との密な関係構築につながっています。これにより、お客様が直面する課題や要望を解像度高く把握することができるため、迅速にプロダクトにフィードバックしていくサイクルを実現しています。

私たちの最大の強みは、作り手であり、売り手であり、使い手でもあるということです。この多角的な視点から生まれる独自のアイデアが、他社との差別化となり、お客様にとって真に価値あるものの提供につながっていると感じています。

小早川 お客様と密接に関わり、事業者の立場で高い鮮度の情報を得られることが、迅速なシステムアップデートにもつながっているというわけですね。

時代を捉えるセンスを磨くためには

小早川 飯尾さんの役職はCMO、つまり「最高マーケティング責任者」ですよね。これまでのキャリアでも、主にマーケティングを担当されてきたのでしょうか?

飯尾 私はマーケティングだけではなく、事業戦略全般のコンサルティングを担当してきました。

まず、新卒で楽天株式会社に入社し、楽天ブックスの事業担当を務めました。そこではECモールの事業拡大の基本戦略として商品の品揃えの充実に重点を置いていました。マーケティングよりも、サプライチェーンの管理やシステムの改修といった、事業全体の戦略を考えることが多かったですね。その後は、外資コンサルファームに転職し、デジタル戦略やデータ戦略、IoT(Internet of Things:あらゆるモノをインターネットに接続する技術)など、デジタル関連のプロジェクトを多数担当しました。

小早川 現在のSUPER STUDIOでの仕事内容はどのようなものですか?

飯尾 セールス&マーケティング本部の統括を任されています。この中には自社D2C事業も含まれおり、当社のビジネスの拡張全般を見ているという立場です。

小早川 SUPER STUDIOのCMOとして、マーケティングをどのように捉えていますか?

飯尾 私が最も大切にしているポリシーは、マーケティングを目的化しないことです。マーケティングは、事業の成長や売上利益の向上を目指す手段の一つに過ぎません。

単にマーケティングの知識や手法を駆使するだけではなく、ビジネスモデル全体や商品開発、MD(マーチャンダイジング:商品計画)、プロダクトの質にも同じようにこだわりを持って業務を進めています。マーケティングがお客様との最初の接点となり、そこからセールスへとつながる過程を、ビジネス成果を最大化するという視点を持って広く見ています。

小早川 事業全体を把握できる視点も、飯尾さんのこれまでのキャリアが活かされているのですね。D2Cのように変化が激しい分野で成功するには、時代やトレンドを読むセンスが必要だと思いますが、そのセンスはどのように磨かれてきましたか?

飯尾 経験値の集合体だと考えています。時代に柔軟に適応しながら経験を積むことで、センスは磨かれていくと考えています。

私たちの事業で例えるならば、かつてのマーケティングは、マスメディアを活用して商品やサービスの認知を広げることをメインとしていました。なぜならば、その時代はユーザーが「知っている」ところから購入体験をスタートさせるケースが多かったからです。しかし、現在多くのユーザーは、D2Cチャネルを通じて「まだ存在すら知らない」ところから購入体験をスタートします。この変化により、ただ露出を増やすだけであった従来のマーケティングアプローチは、現在効果を発揮しにくくなっています。

デジタル化が加速するこれからの時代、過去に成功した方法が必ずしも通用するとは限りません。そのため視野が狭いと、知っている範囲内で物事を考えることしかできなくなります。マーケティングの範囲にとどまらず、事業全体を包括的に見る視点がより重要になっています。

これまでの経験を踏まえつつ、時代の流れに沿った柔軟なアプローチでセンスを磨くことができる人は、変化する未来においても活躍し続けることができると思います。

企業の可能性を最大化する社内ブランディングとは

小早川 私は、マーケティングとブランディングは地続きで、マーケティングが成功した結果、ブランドが確立されると考えています。飯尾さんは、ブランディングについてどのような見解をお持ちですか?

飯尾 私も同じ考えです。

ブランディングといえば、多くの人はクリエイティブやキャッチコピーにこだわることを思い浮かべるかもしれませんが、これらはブランディングにおける要素の一部です。ブランディングの本質は、STP(セグメンテーション、ターゲティング、ポジショニング)を基に、多くの競合の中から企業や商品・サービスが選ばれる確率を高めることです。ブランディングもマーケティングと同様に目的化しないことを常に大切にしています。

ブランディングにはもう一つ重要な側面があります。それは社内ブランディングです。社内の従業員一人ひとりがブランドを深く理解し体現することが、外部へのブランディングに影響します。例えば、自社商品やサービスを競合と比較して劣ると感じているセールスパーソンが、不安を抱えながら商品・サービスを売りに行った場合、「この商品・サービスで本当に良いのだろうか」という自信のなさがお客様に伝わってしまいます。

しかし、お客様側からすると商品・サービスが競合と比べて劣る部分があるかどうかは必ずしも重要ではありません。本当に重要なのは、その商品・サービスが顧客の抱える課題をどのように解決するかということです。

小早川 社内ブランディングがうまく機能していないと、社外へのアプローチが弱くなってしまうのですね。例えば、社内ブランディングができている状態とはどのような状態なのでしょうか?

飯尾 例えばAppleは、社外だけではなく社内にも効果的にブランディングが行われている企業だと思います。市場に高性能なデバイスが次々と登場している中で、Appleの製品がすべての機能で他社製品より優れているわけではないかもしれません。しかし、Appleショップの従業員は自社製品に自信を持ち、毎日プレゼンをするように熱心に接客をしています。自社製品を心から信じている姿勢はお客様に強く伝わり、その従業員がおすすめしている製品にはブランディングの力が宿るのを感じます。

社内ブランディングがうまく機能すると、セールスパワーやマーケティングの効果が高まり、結果として企業全体が生み出すあらゆる成果が最大化します。当社でも、社内ブランディングを意識することで、優れたパフォーマーが次々に生まれています。このような取り組みが企業の成長をさらに加速させると考えています。

本の出版がもたらしたマーケティング効果

小早川 クロスメディア・パブリッシングから出版した『D2C THE MODEL』は、2023年9月に発売されてからとても好評で、Amazonランキング16部門で1位を獲得していましたね。今回、デジタルではなく紙の本として出版することを決めたきっかけを教えてください。

飯尾 私たちのノウハウをできるだけ多くの人に届け、実際に活用してもらいたいという想いから、紙の本を出版することを選びました。今、情報はデジタル化が進んでいますが、デジタルの情報は流し読みをされがちです。

読者に紙の本を手に取ってもらい、ページをめくりながらじっくりと内容を読み進めてもらうことで情報の浸透度が高まり、理解が深まると考えています。出版業界での経験から、特にノウハウを詰め込んだテクニカルな本は、デジタル化が進んでも紙の本を求める人が多いと感じています。実際に、本から得た情報を事業で活用していただくシーンは、デジタルの情報に比べて圧倒的に多いという感覚があります。

紙の本を出版することは、私たちが持つ知識や情報を本当に求めているお客様にアプローチできる、最も優れた手段だと考えました。

小早川 今回の本の内容は、単なるマーケティングの知識だけでなく、実際に活用できるフレームワークが数多く含まれていますね。飯尾さんが実際に行っていることを惜しみなく執筆いただき、そのこだわりが感じられる、非常に素晴らしい本になっています。

飯尾 実際に自社D2CブランドのECを運営する中で得たノウハウと経験を基に、事業運用と成長の進め方、適切な考え方を、すぐに実践していただけるフレームワークとしてこの本に詰め込みました。

D2Cはまだ歴史が浅く成功事例のバリエーションも少ないため、これから事業を始める企業様は多くの課題に直面すると思います。出荷や顧客対応といった定常業務や販売チャネルの構築、管理、データ分析など、やらなければならない業務が多すぎる。この状況を解決するために、私たちが開発したフレームワークを実際に採用していただき、D2Cビジネスの新たな成功事例を一緒に創り出し、業界を一緒に盛り上げていきたいです。

小早川 本を出版してから、実際にSUPER STUDIOさんのマーケティングやブランディングに影響はありましたか?

飯尾 私は今でもセールスの現場に行くことがあるのですが、お客様と直接お話しする中で、お客様が私たちに対して持つイメージや情報が、私たちが望むブランドイメージと一致しているとき、ブランディングが成功していると感じます。

クロスメディア・パブリッシングから本を出版したことで、初回面談でお客様が既に私たちのことを本当によく理解してくださっていると思うシーンが増えました。これは本による効果が表れていると感じた部分です。

さらにセールスの現場でも、お客様が本に書いてあるフレームワークを参考にして作った事業企画書を持って商談に来てくださることが増えています。

『D2C THE MODEL』の執筆では、流行り廃りに左右されない、長期的に活用できる内容にこだわりました。そのため、時間が経っても失われない価値がこの本にはあります。これからの未来につながるマーケティングツールとして、本を活用していきたいですし、会社の信頼度、信用度を上げるための手段として本の出版が最も有効だと思っています。

D2Cビジネスで未来を豊かにするために

小早川 飯尾さんは今後の会社の展望をどのようにお考えでしょうか?

飯尾 ecforceをはじめとした当社のソリューションを多くのお客様にご利用いただき、できるだけ多くのコト、モノを世の中に届けたいと考えています。そのために、お客様が実際に直面している課題を解決するための先進的なプロダクトを開発し続け、お客様への提供価値を常にアップデートしていくことを追求していきます。

個人として、当社の未来に大きな可能性を感じています。その可能性を最大限に引き出すために、現在の事業範囲に留まらず、常に新しい視点で多くの挑戦をしていきたいと思っています。

小早川 クロスメディアと、SUPER STUDIOを含む東京の企業5社が連帯し、専門領域から地方企業の商品・サービスの全国展開、世界進出を支援する、LOCAL GROWTH CONSORTIUMが2024年3月に発足しましたね。同年4月にはトークイベントを開催し、300名以上の参加者を迎える大盛況となりました。このイベントではECやデジタルマーケティングに関連する話も多く取り上げられ、特に自社ECサイトの潜在的な可能性について、改めて実感する機会となりました。

飯尾 特にD2Cは、日本の人口減少を背景に日本のビジネス環境の中で不可欠な戦略となりつつあります。

スーパーやドラッグストアなどの従来のビジネスは人口に依存していましたが、D2Cでは個人に対して直接マーケティングを行い、顧客一人ひとりとつながることができます。

まだまだビジネスに活かせる仕組みはたくさんあり、その中で私たちが提供できていないものも多数存在しています。いつの時代も、人々の生活を豊かにしつづけてきたのは持続可能なビジネスの発展です。コト、モノ作りに関わる多くの人々に私たちのノウハウを伝えることが企業の発展につながり、私たちの生活を豊かにすると信じています。私たちがD2Cの未来を牽引していきますので期待していてください。

編集・文:渡部恭子(クロスメディア・パブリッシング

D2C THE MODEL

著者:花岡宏明/飯尾元
定価:2178円(1980+税10%)
発行日:2023年10月1日
ISBN:9784295408840
ページ数:256ページ
サイズ:188×148(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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