クリエイティブディレクター・水野学氏、放送作家・小山薫堂氏、コピーライター・谷山雅計氏。日本を代表するクリエイターたちの思想や考え方を、世の中に伝えてきた編集者がいます。クリエイティブに関する書籍編集に長く携わってきた松永光弘氏は、企業のブランディングや情報発信を支援する「顧問編集者」のパイオニアとしても知られています。いま企業に求められるのはどんなブランディングなのか。「らしさ」「メッセ―ジ」「文脈」「ストーリー」といったキーワードから、ひも解きます。
松永 光弘(まつなが みつひろ)
編集家
1971年、大阪生まれ。「編集を世の中に生かす」をテーマに、出版だけでなく、企業のブランディングや発信、サービス開発、教育事業、地域創生など、さまざまなシーンで「人、モノ、コトの編集」に取り組んでいる。20年あまりにわたって、コミュニケーションやクリエイティブに関する書籍を企画・編集。企業のアドバイザーもつとめており、顧問編集者の先駆的存在としても知られる。自著に『「アタマのやわらかさ」の原理。クリエイティブな人たちは実は編集している』(インプレス刊)、編著に『ささるアイディア。なぜ彼らは「新しい答え」を思いつけるのか』(誠文堂新光社刊)がある。2023年の6月に新刊『伝え方――伝えたいことを、伝えてはいけない。』を出版。
顧問編集者とは、何をする仕事なのか?
──松永さんは、“顧問編集者”のパイオニアとして知られています。顧問編集者として働くきっかけはどんなことだったのでしょうか。
松永 顧問編集者という肩書きで企業に携わるようになってから9年近くになりますが、「編集」を事業活動や社会活動にも生かせるのではないかと考えはじめたのは、それよりもずっと以前、たしか17、8年前だったと思います。
出版社で本の打ち合わせをしていたときに、たまたまほかの編集者と「僕らのやっていることって、一般の企業の仕事にもきっと役に立ちますよね」という話になって、それがその後もずっと引っかかっていたんです。
もし企業に日常的に関わるのだとしたら、どういう立場がいいのか。アドバイザーなら“顧問編集者”だな、そこで「編集」を使って何ができるだろう……などと、あれこれ考えるようになりました。それで、折に触れて、いろんなところでその話をしていたら、ある企業の社長にやってみてほしいと言ってもらえました。
最初は本当に手探りですからね。とにかくいろいろ試してみようということで、顧問先の企業にも協力してもらいつつ、まずはさまざまなケースで実際に「編集」を使ってみるところから始めました。
小さな文書の修正や決算報告書のチェック、投資家向け資料の作成といった文書に関わるものから、経営者の壁打ち相談やサービス価値の整理、クレーム対策、社外コラボレーション支援のように、必ずしも文字を扱わないもの、形のないものまで、あれこれ当てはめながら「編集」の可能性をかなり模索しましたね。
そこで、「編集」が意外とほかにはない考え方なんだということや、「編集」の本質をきちんと意識すればいろいろやれる、ということがわかってきたのですが、中でも「編集」と親和性が高いと感じたのがブランディングでした。企業からブランディングを手伝ってほしいという相談もけっこうあったので、スタートアップ企業を中心にブランディングに関わるところで、経営者の相談に乗ったり、支援したりすることが多くなりました。
──経営者の相談相手だから、「顧問」編集者なんですね。企業にとってブランディングが必要になっている背景については、どのように考えていますか?
松永 企業からすると、ブランディングを「したい」というよりは、「せざるを得ない」状況にあるのではないかなと思います。
個人の話に置きかえて考えるとわかりやすいのですが、たとえば、デザイナーに何かしらのデザインを頼みたいとしますよね。でも、世の中にデザイナーという職種の人はたくさんいるわけですよ。そのうちの誰に頼めばいいのか。
安くやってくれればいいというものでもないし、高ければいいというものでもない。デザインを頼むということは、それによって実現したい何かがあるわけですから、ちゃんとそれを叶えてくれる人に頼まないといけませんよね。でも、それぞれのデザイナーが「どういう腕を持っているのか」がわかっていないと頼めない。デザイナーの側から言えば、「自分はこういうテイストのものをつくります」「こういう仕事が得意です」という、「その人らしさ」が見えないと選んでもらいにくいということです。
いま、さまざまな企業が置かれている状況も、これと同じなんじゃないかなと思います。何をやろうとしているか、何を考えているかがわかりづらい企業には、生活者は関わりづらい。だからまず、生活者にとっての「関わる理由」をわかりやすく見せる必要があるのではないかと思うんです。
──その会社に関わる理由を見せる。そのためにはどんなブランディングが必要なのでしょうか。
松永 ブランドとは “らしさ”だ、とよく言われますが、どんな“らしさ”でもいいわけじゃない。その企業の商品を買いたい、応援したい、つまりは「関わりたい」と思ってもらえるような“らしさ”を、ビジョンや社名、ロゴ、あるいは日々の活動自体にちゃんと表面化させておく必要があるんです。
僕の師匠で、雑誌『広告批評』を主宰していた天野祐吉さんは、よく「外見はいちばん外側の中身だ」と言っていました。この言葉は本当に言い得て妙だと感じているのですが、逆に言えば、中身がはっきりしないと外見もはっきりしづらいということでもあります。
その意味で言うと、ブランディングに携わる顧問編集者としての僕のいちばんの役割は「編集」を用いて企業の“中身”をはっきりさせることでしょう。その上で、ビジョンや社名、ロゴ、日々の活動といった“外見”がきちんと“中身”を背負ったものになるように、さまざまな側面で支援していく。あくまで僕の場合の話ですが、基本的にはそういう立ち位置で支援しています。
ー─応援したい。「関わりたい」と思ってもらえるような“らしさ”とはどんなものでしょうか。
松永 “らしさ”とは個性の話なので、厳密に「こうでなければいけない」というものがあるわけではありません。ただ、いくらその企業らしいと言っても、ネガティブな個性や反社会的な個性は適切とは言えないですよね。ひとりの人がたくさんの個性を備えているように、ひとつの企業にも個性はたくさんありますから、その中のどれかを強く打ち出すことになるわけですが、少なくとも社会の中に歓迎してくれる人がいる個性であったほうがいい。そういう意味で、ぼくは「社会に誇れる個性」と言えるものが、打ち出すのにふさわしいのではないかと考えています。
ぼくが関わらせてもらうときは、コアに据えるメッセージとして、その企業が社会に提供したり、実現しようとしたりしているものをまずひとつの文として表現することが多いですね。
たとえば、立ち上げから顧問編集者として関わっている、大阪大学発のThinkerというスタートアップは、画期的なセンサー技術によってロボットの“認知”に革新を起こすような取り組みをしています。それを次のようなメッセージで表現しています。
「その場、その場で自分で判断する思考力をロボットにもたせることで、人との協働を可能にする」
こうしたメッセージをまず定めた上で、必要に応じてクリエイターさんの力を交えつつ、コピーに落としたり、ビジュアルに表現したりしていきます。
──なるほど。“らしさ”を言葉にしたメッセージが必要なんですね。
松永 2023年6月に出させていただいた『伝え方』という本の中でも、何かを伝えるときには、「どのようにそれを届けるか」という方法や技術以前に、「伝えるべきこと」、つまりはメッセージをまずしっかりと定めることが大事だと強調しています。「いいメッセージがあるから、いい伝え方ができる」ということですが、これはブランディングに関してもそのままあてはまることだと思っています。
余談ですが、この「まずメッセージありき」という考え方は、いわゆるコミュニケーションだけでなく、事業活動自体にもあてはまるものです。事業はやっぱり、「社会をこうしたい」「生活をこう変えたい」というメッセージがあってはじめて始められるものなので。
実際に、以前あるところで「文章はメッセージを書き言葉で表現して伝えるもの、お話はメッセージを話し言葉で表現して伝えるもの、デザインはメッセージをビジュアルで表現して伝えるものと位置づけている」と話したら、それを聞いていた連続起業家さんが「ぼくらがやっていることも同じですよ。メッセージをビジネスモデルで表現して伝えるのが事業です」と言っていました。どんなものであれ、働きかけには起点にメッセージが必要だということでしょうね。
その企業“らしさ”を文脈にして、意味をつくっていく
──「社会に誇れる個性」をメッセージ化して、それをアピールしていくのがブランディングなんですね。
松永 アピールというよりは、日々のいろんな事業活動や発信を意味づけていくと言ったほうがいいかもしれません。ちょっとややこしい言い方なのですが……。ぼくの言葉で言えば、その企業の“らしさ”を文脈に、事業活動や発信を「編集」していく、ということですかね。
「編集」というと、どうしても出版やメディアの作業のイメージがありますが、いまお話ししているのはもっと普遍的な意味です。そもそも「編集」って、出版やメディアだけじゃなくて、いろんなところで使われていますよね。当然、そのすべてに通じる原理があるはずで、それは何かというと、「文脈を操って、ものごとの意味や価値をコントロールすること」なんです。
普段の生活の中でも、ときどき「○○の文脈で言うと……」という言い方をしますよね。たとえば、「あのアート作品は、文化の文脈で言うと革命だけど、青少年育成の文脈で言うと犯罪に近い」のようなことですが、そういうときは、話している対象を「○○という文脈」を用いて解釈して意味づけています。要するに、話している対象を「編集」しているんです。
まあ、実際には細かな「編集」のメカニズム、つまりは「編集の原理」がそこにはあるのですが、ぼくの場合は、その編集の原理を意識的に用いて、いろんな課題を解決しています。
──「文脈」を企業のブランディングにどのように活用されるのでしょうか。
松永 ブランディングには、立ち上げるフェーズと、浸透・維持していくフェーズの2つがあるとぼくは考えているのですが、後者の取り組みに絞っていえば、さっきお話しした企業の“らしさ”を文脈として、それによって日々の活動や発信を意味づけていきます。事業活動をしていると、自社で新しい取り組みを始めたり、イベントがあったりと、折に触れて何かしら“事件”がありますよね。それをその都度、その企業“らしい”文脈で解釈して意味づけていくんです。
たとえば、2021年にテニスプレイヤーの大坂なおみさんが心の健康などを理由に、全仏オープンを棄権したことがありましたよね。大坂さんに関係する企業は、「棄権」という事実を受けて、そこでいろんな対応を考えたと思うんです。見守るということもできるし、すごくシビアに「話が違う」と契約を解除することもできるかもしれない。実際に大会主催者は彼女に罰金を科しましたよね。
その中で大坂さんとスポンサー契約していたナイキは、こんな声明を出しました。
「われわれの思いはなおみと共にある。当社は彼女を支持し、心の健康に関する自身の経験を共有してくれた彼女の勇気を称えたい」
最後の「勇気を称えたい」の辺りは、まさに「Just do it」を掲げて、アスリートを応援するナイキらしさですよね。そつなく対処しているのではなく、ちゃんとナイキらしく対処して、ナイキらしいコメントを出しているんです。これを読むと、内容に共感するだけではなく、「ああ、ナイキってそういう企業なんだ」と、ブランドとしての理解も深まっていきます。
いまのはわかりやすい例ですが、やっぱり生活者の企業に対する理解は、企業の情報や活動に触れる中で進んでいくものだと思うんです。そう考えると、一般の企業でも新商品を発表したときや、店舗での接客など、どんな瞬間でも、ちゃんとその企業らしさが宿っていることが大切になる。
ぼくはさすがに接客の部分のアドバイスはしませんが、広報やメディア向けの発信といった影響力の出やすい部分では、その企業“らしさ”を表現できるようにお手伝いしたい。そのときに欠かせないのが、「ものごとをどう意味づけるか」という文脈による解釈のコントロール、つまりは「編集」なんです。
──なるほど。メッセージにそった発信が必要ですね。
松永 そうですね。一般にブランディングというと、ブランドメッセージをつくったり、ロゴをつくったり、デザインを統一したりと、ブランドの立ち上げの部分が注目されます。もちろんそこはすべての方向性が決まるところだし、大事なのは言うまでもありません。でも、せっかくそうやって大本の部分を固めても、メディアに載った社長のインタビュー記事が“らしくない”ものだったら、台なしになるわけじゃないですか。
ブランディングは立ち上げも大事だけれど、それを馴染ませていく浸透・維持のプロセスも大事なんです。それには、広告のような自分たちが起点となる情報発信だけでなく、大坂なおみさんの大会棄権を受けてのナイキの対応のように、偶然起こった状況も味方につける必要がある。そこにさっきお話しした「文脈」とそれによる意味づけ、つまりは「編集」が生きてくるんです。
ビジネスと「ストーリー」の関係とは?
──近年、ビジネスの世界では「ストーリー」という言葉をよく聞くようになりました。「文脈」とも似た概念のように感じますが、どう考えられていますか?
松永 ビジネスにおける「ストーリー」という言葉が世間でどう解釈されているのかわかりませんが、ぼく自身は、先ほどからお話ししている「文脈」を“ある情報量をもってかたちにしたもの”がストーリーなのではないかと考えています。要するに、まず企業のサービスや商品、活動などがあって、それを解釈するための物差しとなるものということです。
たとえば、ボクシングのタイトルマッチのテレビ放送では、だいたいボクサーの生い立ちや家庭環境、デビューからの戦績といった背景を深掘りしたVTRが流れますよね。あれを見ると、それまではたくさんいる選手のうちの一人くらいにしか思っていなかったそのボクサーが、いろんな社会のしがらみや夢、志、コンプレックス、大勢の人生などを背負ってリングに立っている特別な存在に見えてきます。VTRのおかげでボクサーに意味づけがなされるんです。それがストーリーの本当の役割なんじゃないかなとぼくは思います。
「文脈」という言い方が難しければ、理解を助ける補助線と言ってもいいかもしれませんが、いずれにせよ、ストーリーはものごとに奥行きを与えるものです。それはスペックとか、機能とかといった冷ややかな価値に縛られてきた人たちを、熱のある世界へと誘うものでもあります。そういう意味では、本当の豊かさの鍵を握るものとも言えるかもしれません。
──ありがとうございます。では、最後に松永さんが編集家として、これから取り組んでいきたいことを教えてください。
松永 ある詩人は「なぜ詩をつくるのか」と聞かれて、「日常の言葉の記号性を打破するため」と答えています。要は、この言葉はこういう意味だと決めつけてしまう“とらわれ”から解き放たれる、自由になるということですが、これになぞらえるなら、「編集」は「日常のものごとの記号性を打破するためもの」です。 少しお話したように、ものごとの意味や価値を自在に変えることができる価値化の技法ですから、「編集」は人の思考や発想を自由にしてくれます。
ぼくはそんな「編集」のものの考え方、使い方を、もっと広くいろんな人に身につけてもらえたらと思っています。そうすれば、きっと世界の見え方が変わってくるし、誰もがよりたくさんの可能性を手にできるはずですから。そのために、これまで長年にわたって「編集の原理」について研究し、理論として体系化してもきました。今後は編集家として、さまざまな領域でさらに「編集」の実践に取り組むとともに、そんな「編集」の考え方や使い方の普及、教育にももっと力を入れていきたいですね。
伝え方
著者:松永光弘
定価:1738円(1580+税10%)
発行日:2023年6月11日
ISBN:9784295408369
ページ数:312ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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