【編集4.0:Vol.1.0:後編】知的好奇心というアイデアの種が「渦」を生み出す

「さんまのスーパーからくりTV」や「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」など、数々のヒット番組を手掛けた角田陽一郎さん。「コンテンツとは、フレームを満たすためのものではない」と語ります。知的好奇心というアイデアの種がコンテンツとなり、マルチユースされることで、渦を生み出す。

後編では、角田さんの考える「編集」とはどういうことなのか、クロスメディアグループ代表・小早川幸一郎がインタビューします。

※この記事はクロスメディアグループが2024年8月に主催したイベント『本とテレビを編集する』の内容をもとに、編集を加えたものです。

>【前編の記事はこちら】編集の現場で満たされる知的好奇心とは

「編集」の役割は、書籍や動画を作ることにとどまらず、「人と企業の編集」「事業の編集」「社会の編集」へと広がっていく。本シリーズでは、編集者でありクロスメディア・パブリッシングの代表でもある小早川幸一郎が提唱する「編集4.0」をテーマに、編集の持つ価値をゲストとともに拡大していきます。

編集4.0とは・・・・
編集1.0:メディアの編集
編集2.0:人の編集
編集3.0:事業と企業の編集
編集4.0:社会の編集
※編集4.0の定義はこちら>『【編集4.0:Vol.0.0】編集とは、すでにあるものを組み合わせて新しい価値を生み出すこと』

角田陽一郎(かくた・よういちろう)

1994年 に東京放送(TBSテレビ)に入社。「さんまのスーパーからくりTV」 「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」「EXILE魂」「オトナの!」など、数多くのバラエティ番組を担当。2016年12月にTBS退社。現在は、テレビ番組のほか、youtube動画、メディアブランディングなど、さまざまな革新的アイデアを基にビジネスを創造し続けている。2019年4月からは東京大学大学院人文社会系研究科文化資源学研究専攻文化経営学修士課程の学業にも打ち込む。

小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)

クロスメディアグループ(株)代表取締役。
出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開中。

非合理なことが合理的になる

小早川 先ほど、角田さんが演者を経験して、その気持ちがわかるようになったことで編集が上手になったというお話がありました。ロジカルな部分ではなく、ヒューマンスキルのような部分にポイントがあるのは面白いですね。

角田 この前、東京大学の文化資源学の先生と議論していたとき、先生は「“情報の時代”と言っている人は古い。最近はAIが情報を集めて勝手に編集してくれる。その情報を人間がどうコントロールするかが大事だ」と話していました。僕もまさにそうだと思っています。自分のスタッフに、決まった能力は一切要求しません。やる気だけあれば、その人の適性や好みに合わせて適材適所に動けると思います。

小早川 東京大学の元総長、現在の三菱総研理事長である小宮山先生に「これからのビジネスに必要なことは何か」と聞いたら、「気合い」と言っていました。環境学の権威で東大の工学部の教授だった方がそう言うんです。

角田 ロジカルな思考だけでは、「めんどくさい」を超えられません。人類の最大の敵は「めんどくさい」だと思うんです。朝起きられないときや、今日みたいな悪天候の日に外に出るのは「めんどくさい」。その壁を乗り越えるには、気合いしかないですよね。

小早川 非合理なことが、合理的になっているということですね。

角田 そういうことです。究極的に合理的なものはない。以前、ある方が自社の経営者に企画のキャッチコピーをプレゼンしたら、ダメ出しをされてしまったそうです。どのようなキャッチコピーなのか聞いたところ、「○○しない」といったネガティブなフレーズでした。もちろん、きちんとマーケティングをして、ロジカルに考えたものです。フレーズがネガティブであることだけを理由に却下されたことに不満そうでした。

小早川 なるほど。経営者がネガティブな言葉を嫌うのはわかります。自社や自社のサービスはポジティブな表現にしていなければ、ネガティブな要素を引き寄せると思ってしまうんですね。

雨が降るようにアイデアがインプットされる

角田 僕は今54歳で、50を超えてから、映画も観ても小説を読んでも、何でも面白いと感じるようになりました。その作品に出会った貴重さを考えれば、つまらないと感想を言うのはおこがましいのではないかと思うんです。

僕は、海の近くに住んでいます。夕方に海に行くと、夕景の色が毎日違うんですよ。オレンジだったり、ピンクだったり、少しだけ青になっていたりします。同じ風景を見ているはずなのに、微差がある。それがたまらなく面白い。

映画を見てつまらないとか、役者や脚本がどうこう言うのは、むしろその映画のことがわかっていないんです。たまたま書店で手に取った本や、新聞の書評欄で見かけた本を買う。その偶然に、すでに価値があるんです。

小早川 面白いですね。一方で、そうやって好奇心を持っていろいろなことに触れる中で、知識やノウハウがストックされて、編集する場面で活用できているということもあるでしょうか。

角田 ストックというよりも流体、水のような感じです。自分の頭の中に雨が降るようにインプットされていて、必要なときに湧き出てくる。テレビマンになってちょうど30年が経ち、今までに没になった企画がいくつもあります。そうするクライアントとの打ち合わせで、「15年前に思いついたあの企画に少し手を加えれば、形になるな」と、すぐにアイデアを出すことができるんです。

衰退しているのはフレームであり、コンテンツではない

小早川 私は「編集力とは何か?」と聞かれた時には、「デザインは他人の頭の中を可視化する作業であるのに対して、編集は他人の頭を言語化する作業だ」と答えています。さらに「具体的に何をやるんですか」と聞かれたときは、「編集とは企画と制作。単なる企画屋ではなく、制作まですること」とお伝えするようにしています。角田さんにとっての編集とは何でしょうか。

角田 僕は、見えないものを可視化してデザインをすることが編集だと思っています。自分の頭の中を編集というものを、『東大理三の悪魔』という小説を読んで言語化することができました。東京大学理科三類を卒業して、現在は沖縄でお医者さんをされている方の作品で、なぜ受験に成功したのかという自伝的な要素もあります。

主人公は、「情報と言語は1次元である」と捉え、それらを2次元に変えるだけで、不得意だった数学ができるようになっていきます。1次元から2次元に情報を変えることができないから、問題を解くことができない。あらゆることを2次元の図にすることで、理解できるようになる。そうわかったら、数学だけでなく物理もできるようになり、東大理三に入ることができた。そして、3次元は「体験」だそうです。立体的なものを1次元の「情報」で処理をしようとするから、勉強ができるようにならないということです。

僕も、編集という作業を通してそういうことをやっていたんだと気づきました。僕は、コンテンツを「フィルム」だと思っています。それを短く切ってつまんでわかりやすくする。ところが、タレントさんのトークを編集してさらに面白くするためには、1次元の情報をどう2次元の台本にするのか、2次元の台本を現場でどう3次元に具現化するかを考えることが必要です。

小早川 最近はコンテンツが衰退しているとも言われますが、いかがでしょうか。

角田 一般的に、コンテンツとはフレームの中を埋めるものだと思われています。映像だったらテレビ、音楽だったらCD、文章だったら本というフレームです。今はテレビもCDも本も衰退してきていますが、それはフレームが衰退しているだけで、コンテンツ自体は衰退してないんです。

映像も音楽も文章も、インターネットで楽しまれている。みんながこんなに映像を見ている時代はないですよね。音楽も、多くの人がサブスクで聴いている。文書だって、みんな毎日読んでいます。コンテンツは、むしろ盛り上がっているんです。

僕は、コンテンツによって渦巻きが生まれると捉えています。ヴォルテックス(渦)の中心に存在しているのは、知的好奇心というアイデアの種です。その種を咲かせるために、例えばイベントを開催します。2時間のイベントを撮影して1時間に編集すれば、Youtube番組になる。文字にすれば本にもなるし、記事にもなる。それらを繰り返せば、スクールとして提供することもできます。

1つの種をグルグル回すマルチユースには、フレームを増やすイメージがありますが、僕は渦を作ることだと思います。この渦にどうやって何を巻き込むかを考えてプロデュースするのが、僕の仕事なんです。

ジェネラリストのスペシャリストを目指す

小早川 角田さんが学生の頃は「編集」といえば、なにをイメージされていましたか?

角田 やっぱり映像ですね。

小早川 僕は出版業界にずっといるので、やっぱり書籍をイメージしてしまいます。でも今の学生はみんな編集といえば動画と言いますよね。人それぞれなのか、興味関心で違うのか、時代性なのか。角田さんが映像に興味を持ったきっかけはなんですか?

角田 僕は筒井康隆さんの小説の映像化や、ムーンライダーズというバンドのミュージックビデオの制作に携わりたいと思っていました。自分では素晴らしい小説が書けたり、素晴らしい音楽を作れたりしないから、人が作ったものを映像にしたいと思ったことが原点にあるように思います。

もともとエンタメも好きでしたが、自分がエンタメ業界に入ろうと思っていませんでした。高1の時に近所で糸井重里さんと川崎徹のトークイベントがあって、すごく面白かった。僕もCMを作る人間になろうと最初に思ったのは、そのときかもしれません。

ところが一緒に行った友達4人は、別に面白いと思わなかったと言っていました。改めて聞いてみると、そんな話をしたことを覚えてすらいない。僕にとっては人生変えたぐらいのことだったのに。同じものを見てエンタメ業界に足を踏み入れるきっかけになることもあれば、まったく忘れている人もいると思うと、人間って面白いなと思います。

小早川 なるほど。テレビ局に入られたのはなぜですか?

角田 大学時代に演劇活動をしていたことが理由の一つです。先輩の中に、いまでは有名な俳優さんがいますが、そんな人でもバイトをしながら生活していました。そこまで自分は演劇を頑張れないなと思った時に、エンタメに関われる仕事は何かと考えて、思いついたのがテレビ局でした。

バラエティよりもドラマのほうが演劇に近いのに、僕はバラエティをやりたいと考えました。なぜなら、ドラマは助監督から監督まで出世するのに、7~8年かかるんです。ところがバラエティだと、頑張ればADからディレクターまで2~3年でなれる。バラエティは作ることのできる番組の幅が広い。自分が偉くなってから、バラエティでドラマをつくってしまえば良いと思ったんです。実際にバラエティの制作を始めて、2年ほどでディレクターになることができました。

小早川 バラエティという言葉の語源には「変化」や「多様」という意味があります。そう考えれば、何でもありですよね。

角田 僕は、汎用性の高いものを身につけた方がいいと思っています。高校の選択科目で、日本史か世界史か迷った経験がある人もいると思いますが、僕は迷わず世界史を選びました。世界史には日本史の要素も入っていてお得だからです。

クロスメディアで出していただいた書籍『教養としての教養』のサブタイトルは「広くて、そこそこ深い」です。僕の持つ教養はめちゃくちゃ広いんだけど、水深5センチぐらいの沼なんです。どのジャンルの話もできるけれど、どの専門家にも負ける。でも、そのほうがどんなことにも面白さを感じることができます。

来年、大学院を卒業した後は、新しい学問を作るという野望があります。「複合人文学」という名前で、英語で言うと“コンポジットヒューマニティ”。一つの学問を深く掘るのは専門家に任せて、それをどう連結させると面白くなるか、あるいはどう役に立てるかを考える学問を提唱しようと思っています。

小早川 角田さんが、知的好奇心を求める姿勢。その「広く浅く」を深く研究するということですよね。

角田 そうですね、ジェネラリストかスペシャリストのどちらかではなく、ジェネラリストのスペシャリストを目指そうと思います。

>【前編の記事はこちら】編集の現場で満たされる知的好奇心とは

教養としての教養

著者:角田陽一郎
定価:1848円(1680円+税10%)
発行日:2023年5月21日
ISBN:9784295408338
ページ数:304ページ
サイズ:188×130(mm)
発行:クロスメディア・パブリッシング
発売:インプレス
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