映像制作から始まり、企業の「本質」を伝えるブランディングへ。創業から20年以上経ち、株式会社揚羽は、映像プロダクションとしての出発点から、人的資本経営に基づく企業ブランディングの専門家集団へと進化してきました。その背景には、代表・湊剛宏さんが一貫して大切にしてきた、「企業の内側にある価値に光を当てる」という思いがあります。
本対談では、「編集3.0 ~事業と企業を編集する~」というテーマのもと、編集者でクロスメディアグループ代表取締役の小早川幸一郎が湊さんにインタビュー。企業の過去・現在・未来をどう切り取り、どのように社会へ伝えていくのか、編集と経営の交差点から新たなブランディングの方法を探ります。
「編集」の役割は、書籍や動画を作ることにとどまらず、「人と企業の編集」「事業の編集」「社会の編集」へと広がっていく。本シリーズでは、編集者でありクロスメディア・パブリッシングの代表でもある小早川幸一郎が提唱する「編集4.0」をテーマに、編集の持つ価値をゲストとともに拡大していきます。
編集4.0とは・・・・
編集1.0:メディアの編集
編集2.0:人の編集
編集3.0:事業と企業の編集
編集4.0:社会の編集
※編集4.0の定義はこちら>『【編集4.0:Vol.0.0】編集とは、すでにあるものを組み合わせて新しい価値を生み出すこと』

湊 剛宏(みなと・たかひろ)
株式会社揚羽代表取締役社長
早稲田大学卒。1992年リクルート入社。新卒採用、中途採用、教育研修の営業を7年間経験。1999年テレビドキュメンタリー制作会社に転職。AD、ディレクター、プロデューサーを経て、2001年揚羽プロダクション(現株式会社揚羽)設立。趣味:ラグビー、ダイビング スキル:ほめ達研修2級

小早川幸一郎(こばやかわ・こういちろう)
クロスメディアグループ(株)代表取締役
出版社でのビジネス書編集者を経て、2005年に(株)クロスメディア・パブリッシングを設立。以後、編集力を武器に「メディアを通じて人と企業の成長に寄与する」というビジョンのもと、クロスメディアグループ(株)を設立。出版事業、マーケティング支援事業、アクティブヘルス事業を展開。
映像制作プロダクションから始まった揚羽

小早川 今日は「編集3.0 ~事業と企業を編集する~」というテーマで、お話を伺います。よろしくお願いします。まずは揚羽という会社について、あらためて教えていただけますか?
湊 2001年に創業した会社で、最初は映像制作プロダクションでした。今は140名ほどの社員を抱える総合的なブランディング会社として、2023年には東証グロース市場に上場しました。
小早川 具体的にどのような事業をされているのですか?
湊 企業の「人的資本経営」に則ったコーポレートブランディングを強みにして、事業を展開しています。自動車やビールなどの商品ブランディングではなく、企業のミッション・ビジョン・バリューといった理念をつくり、それを社内外に伝えるのを伴走支援するのが主な役割です。
小早川 映像制作から、企業の「内側」をつくる方向にシフトされていったんですね。
湊 今は売上の8割が映像やWebサイトなどのクリエイティブ制作、2割がブランドコンサルティングです。その2割を、今後さらに大きくしていきたいとも考えています。
ドキュメンタリーへの憧れとリクルートが原点
小早川 そもそも湊さんがクリエイティブな仕事を志した原点は、どこにあるんですか?
湊 小学生の頃に見ていたドラマ「奥さまは魔女」で、CMプランナーの仕事を知ったんです。こんな仕事あるんだ、面白そうだなと思ったのが最初ですね。映画やドラマはよく見ていました。
小早川 学生時代は早稲田大学でラグビーをされていたんですよね?ハードなスポーツとクリエイティブな仕事に相関関係はありますか?
湊 ラグビーで培った体力と集中力はかなり活きていると思います。当時、クリエイティブな仕事は長時間作業も多く、気合と根性が必要だったので(笑)。
小早川 湊さんは新卒でリクルートに入社されていますが、やりたい仕事はドキュメンタリー制作だったとか?
湊 そうなんです。浪人生だった頃にオリバー・ストーン監督の映画『サルバドル/遥かなる日々』を見て感動して。エルサルバドルの内戦を描いた社会派の作品で、こういう映像を自分もつくりたいと思ったんですよ。でも大学ではラグビーに打ち込んでいたので、映像とは無縁の4年間を過ごしていましたね。
営業活動の中でクリエイティビティを発揮
小早川 では、就職活動があらためて夢を追いかけるきっかけになったんですね?
湊 そうですね。テレビ局の採用試験も受けましたが、結果的にリクルートに声をかけてもらって。雑誌を数多く出していたので、「編集の仕事ができるかも」と思い入社しました。
小早川 ところが、実際は営業配属だったんですよね?
湊 そうなんです。「何言ってんの? まず営業だろ!」って言われました(笑)。でも、広告営業の中で、キャッチコピーを自分で書く仕事がすごく楽しかったんですよ。自分で取材して、言葉を考えるというプロセスが性に合っていました。
小早川 クリエイティブな仕事がお得意だというイメージはあります。
湊 営業成績は人並みだったかもしれませんが、まだ無名な会社でも採用応募者を呼び込むのがすごく得意でしたね。それが今の事業にもつながっています。
起業とプロデューサーとしての転機
小早川 リクルートでは7年働かれて、その後映像業界に?
湊 ラグビー部の先輩の紹介で、ドキュメンタリー制作会社に入りました。30歳にしてアシスタントディレクターから再スタートをし、年収は1,000万円から200万円へ。雑巾がけから始まりました(笑)。
小早川 それはすごい変化ですね……。そこでは映像の編集者として活動されていたんですか?
湊 映像制作会社に2年間在籍し、アシスタントとして働いていました。ただ、規模の小さい番組では自分で企画から取材、編集まで担当させてもらっていましたね。編集するときは必ず長時間作業。納品できたらまた次の企画をテレビ局に出して、取材する。この繰り返しで、毎日大忙しでした。BSやCSの番組制作では、早い段階から現場を任せてもらったおかげで、自分一人で企画・撮影・編集まで一通りできるようになりました。
小早川 その後、独立へとつながっていくんですね。
湊 番組制作と並行してつくっていた企業のプロモーション映像が思った以上に収益につながったこともあり、家族を養うために企業プロモーションの映像制作会社として独立しました。
ビジネス視点でのクリエイティブ
小早川 リクルート時代の経験や人脈が、そこで活きた?
湊 その通りです。リクルート時代の先輩方が人材コンサルティング会社を立ち上げていて、採用映像をつくれるかと聞かれました。「もちろんです!」と。実際の経験は2年ほどだったので自信はありませんでしたが、優秀なディレクターとカメラマンに恵まれて、とても高品質な映像ができたんです。そして、それを大変高く評価してもらいました。
小早川 そこから“頼まれごと”が増えていった感じですか?
湊 そうですね。映像だけでなく、パンフレットやWebにまで依頼が広がっていって。そこでも、「できます!」と答えました。最初は友人との小さな事業でしたが、仲間を集めて次々に広げていき、気づけば組織も大きくなっていましたね。リーマンショックを経験するまでは、右肩上がりにどんどん成長していきました。
経営者としての意識と「会社を作品にする」という考え方
小早川 独立をして、経営者としての自覚が芽生えたのはいつからですか?
湊 創業当初は経営者という意識はまったくなく、少し時間がかかりましたね。でもリクルート時代の優秀な同期や後輩が入ってきてくれたおかげで、初めて“組織をつくる”という経営者としての自覚が生まれました。経営者といっても1人でできることは限られているので、様々な人を巻き込んで組織をつくっていく必要があります。経営者はある意味、プロデューサーです。
小早川 今は現場から離れて、経営に集中されているとお聞きしました。
湊 現場の判断は信頼するメンバーに任せていて、私はなるべく口出ししないようにしています。でも正直、経営者よりも現場で働くほうが性に合っているんです(笑)。だから、いつか引退したら、夢だったドキュメンタリー映像をつくりたいなと思っています。
小早川 今、経営で力を入れていることは何ですか?
湊 人事・組織制度を整えたり、社員がやる気になる仕組みをつくったりして、「すごくいい会社」にしたいですね。私が思う「いい会社」は、「めっちゃ楽しい会社」。仕事が充実していて、経済的にも充実していて、仲間とも楽しくやっていける。この3つが揃っているのが「楽しい会社」だと思います。そういう会社を“編集”して、作品としてつくり上げたいと思っています。
小早川 「会社そのものが作品になっている」という感覚、すごくよくわかります。
価値を掘り起こす「企業ブランディングは“編集”」
小早川 企業のブランディングを手がける中で、「編集的だ」と感じることはありますか?
湊 めちゃくちゃあります。たとえば、創業100年のスプリンクラーメーカーに訪問したときのことです。応接室にいろんな型のスプリンクラーが山積みになっていたんですよ。「もう使わないもの」とのことでしたが、会社の歴史そのものじゃないですか。そこで「博物館にしましょう!」と提案したんです。
小早川 その会社にとっては“当たり前”でも、外から見ると価値がある。
湊 そうなんですよ。他にも、ある椅子のメーカーさんが「うちは地味にコツコツやってきただけなんで」とおっしゃっていたんですが、過去から現在の社内報を見ると挑戦の連続だったことがわかって。「このチャレンジ精神は、御社のDNAじゃないですか?」とお伝えしたら、「そんなふうに見たことなかった」と言われました。
小早川 まさに「視点の編集」ですね。
湊 同じ事実でも、見せ方次第で「すごい会社」へと印象をガラッと変えられるんです。それを社員にも、ステークホルダーにも伝える。会社の良さを気づかせてあげることが私たちの仕事であり、編集の力だと思っています。
小早川 私は30年間、書籍の編集者をする中で、10万部を超えるベストセラー書を何冊も編集してきましたが、自分が著者として書いた本をベストセラーにする自信はありません(笑)。自分で自分を編集するというのは難しいということですね。
湊 小早川さんが誰かのインタビューを受ければ、いい本ができると思います。我が社も、自社のブランディングはまだまだ。他の会社に客観的に見てもらいたいと思うことがあります。
小早川 「灯台下暗し」という感じで、自社の足元を誰かに照らしてもらえるといいですよね。
社長交代は“作品”のバトンタッチ
小早川 湊さんは今後、社長の立場を次世代に譲ることも視野に入れているとお聞きしました。
湊 「自分が抜けたほうが会社は伸びる」と思ったら、その時点でバトンタッチしようと思っています。今は30代〜40代の役員たちと毎週ディスカッションしていますし、経営の勉強もしてもらっていて、彼らを一生懸命育成しているところです。
小早川 私自身は、健康でいられる限り経営者であり続けたいのですが、会社自体は「一代限りの作品」だと思っています。湊さんはどう思われますか?
湊 私が社長をしている間は“自分の作品”ですが、次世代にバトンを渡したら「お前たちの作品だよ」と言いたいです。株主としては残るかもしれないけど、経営に口出しはしたくない。リーダーは「いるかいないかわからない存在でいい」ということを聞いたことがあって。要は権限移譲をしておくこと。経営者がいなくなっても、問題なく会社が回ることが大切だと思いますね。
編集力とは「主観と客観を行き来すること」

小早川 ブランディングの現場では、若手にもどんどん責任を持たせているとお聞きしました。
湊 はい。1つだけ伝えているのは、「多面的な視点を持て」ということ。若手はどうしても自分のアイデアを通したくなっちゃうんですよ。でも、色々な視点に立って物事を見ないと、いい仕事はできないと話しています。若い頃は経験が少ないので、視野も狭いですよね。私自身、当初は希望していなかったブランディングの仕事をさせていただいたおかげで、視野が広がりました。色々な仕事をする中で、ドキュメンタリーについても幅広く考えられるようになったと思っています。
小早川 映像出身の湊さんだからこそ、伝える責任についてもお考えがあると思います。
湊 ドキュメンタリー映像は、100時間撮影して5分の作品をつくりあげる世界です。見せる5分は嘘じゃないけど、切り取り方次第で印象が変わります。だから、作り手の“良心”がすごく大事なんです。
小早川 伝えたい熱量だけでは、伝えたいことが届かないこともありますか?
湊 あります。若い頃は“伝えたい”が先行しすぎて、視聴者のことが見えていなかった。いいドキュメンタリーをつくる人は、面白くて、視野が広くて、客観性がある。そういう人でないと、人に届くものはつくれません。
小早川 今の湊さんがドキュメンタリーをつくられたら、たくさんの人に見てもらえる価値ある映像ができあがるんだろうなと思います。やはり経験は大きいですね。
湊 年齢を重ねて、ようやく客観的に物事を見られるようになりました。若い頃は、主観にパワーが乗るけれど、それだけでは届きません。編集も経営も、主観と客観を行き来できる力が必要なんですよね。
小早川 たしかに、いい編集者、いい経営者、いいプロデューサーは主観と客観の“往復”がうまい。クリエイティブなことに関わる中で、育まれた力かもしれませんね。
湊 それを私は「編集力」と呼びたい。手を動かすときは主観で、考えるときは客観で。リーダーはそういう視点を持っていないと、組織が独りよがりになりますから。
「企業の編集」を進化させ価値を生み出す
小早川 企業の潜在的な価値を言語化し、可視化していく。私たちが取り組もうとしている“編集3.0”は、まさに湊さんの活動とつながっています。
湊 「企業を編集する」とは、そこにある価値を並べ替えて見せること。社内にいる人間には当たり前のことでも、外から見れば驚くような強みがたくさんあります。それを編集の力で引き出し、社会に届ける。そのために、私たちは“企業の編集者”でありたいと思っています。
小早川 湊さんがおっしゃる「編集力」は、まさに今の時代に求められている能力だと感じます。情報が溢れる中で、何が本当に価値のある情報なのかを見極め、それを的確に伝える力は非常に重要です。
湊 本当にそう思います。特に企業のブランディングにおいては、表面的な情報だけでなく、その企業が持つ本質的な価値、つまり「らしさ」を伝えることが大切です。それを引き出し、整理し、最適な形で表現するのが、私たちの仕事だと考えています。
小早川 今後、揚羽としてどのような展開を考えていますか?
湊 これまで培ってきた「編集力」をさらに進化させ、企業のブランディングだけでなく、社会全体に対して価値を提供できるような存在になりたいと思っています。例えば、地域活性化や教育分野など、様々な領域で「編集力」を活用できるのではないかと考えています。
小早川: 非常に興味深いですね。最後に、読者に向けてメッセージをお願いします。
湊 どんな企業にも、必ず独自の魅力や価値があります。しかし、それに気づいていない、あるいはうまく伝えられていないケースが少なくありません。もし、自社のブランディングに悩んでいる方がいらっしゃれば、ぜひ私たちにご相談ください。私たちは「編集力」を駆使して、その企業の「らしさ」を最大限に引き出し、社会に届けるお手伝いをさせていただきます。
小早川 湊さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。
湊 こちらこそ、ありがとうございました。

編集4.0(記事一覧)
■【編集0.0】編集とは、すでにあるものを組み合わせて新しい価値を生み出すこと
■【編集1.0:前編】編集の現場で満たされる知的好奇心とは
■【編集1.0:後編】知的好奇心というアイデアの種が「渦」を生み出す
■【編集2.0:前編】言葉が市場をつくる
■【編集2.0:後編】テクノロジーで進化する、編集の未来
■【編集3.0:事業と企業の編集】
■【編集4.0:社会の編集】